4-3 らい病患者たち
恐る恐る振り向くと、そこには薄汚れた白いサリーにくるまって、顔の半分が崩れたような女がいた。どす黒い顔をして、充血した目を僕に向け、ほとんど歯がこぼれてしまっている口をおもむろに開けると、絞り出すような声で、
「バクシーシ!」
と叫んだ。
まずい、癩病患者か。
あわてて、つかまれた手を振りほどこうとしたが、女の手の力は思いのほか強く、しっかりと捕らえられたまま身動きが取れない。女は、もう一方の、奇妙に捩じれて色も変わってしまっている手で、ブリキの皿のようなものを僕の目の前につきだした。そして、さっきよりさらに凄みのある声で、
「バクシーシ!」
と、繰り返した。
僕は混乱した。金を渡せばいいのだろうか。そのブリキの皿に小銭を放り込めば事は済むのだろうかいいのだろうか。だが、そうするにも僕は体がこわばってしまって、ポケットに手を伸ばすことすらできない。いや、そもそもこの女は僕に敵意を持っているのではないか。でも、そうだとしたらいったいどうすればいいのか。
頭蓋骨にかろうじて皮を張っただけのような女の顔が近づいてきた。僕の目を真っ直ぐに見るその充血した目と潰れた目には異様な迫力があって、僕はほとんど金縛りにあったように立ち尽くしていた。
僕は、その場からどのように脱出したらいいのかはもちろん、とりあえず何をすればいいのかといったことにもまったく見当がつかないまま、呆然とその女と向き合っていた。
長い時間が経過したように思えた。
両足の力が抜けて倒れ込みそうになったその時、遠くの方から、「マイ・フレンド!」という声が聞こえた。
気が付くと、金髪の、僕と同じくらいの年の男が駆け寄って来ていた。そしてその男は、
「マイ・フレンド!、マイ・フレンド!」
と言いながら、その女と僕を引き離してくれた。
あんなに堅固に思えた女の手からようやく解放され、見ると、その女は放心したように地べたに座り込んでいた。そして、その回りには、同じような癩の男や女が、それぞれに体をねじ曲げながら、ブリキの皿を持って、道ゆく人に「バクシーシ!」を繰り返していた。
僕は、その金髪の男に引っ張られるようにその場を逃げ出し、雑踏をぬけてガンジスのほとりの階段まできて座り込んだ。暑さのせいだけでなく、びっしょりと汗をかいているのが分かった。