8話 告白
ハンクはフローレンスの言葉を噛みしめながら、看護覚え書に滲み出る
「衰弱した人間には、まず最優先に衛生が、何よりも重要なことである」
という強い主張を思い出していた。
スクタリで実施した看護とは明らかに違うその方針に、彼は読後何とも言いえぬ違和感を覚えていたのである。
そしてその違和感は、彼女の残酷な断言で理解がいった。
きっと帰国後、彼女は自分のような有閑女性であっても戦地において身を律し有益な看護を行えるのだと、世間に示せたことを誇りに思ったはずである。
だからこそ彼女は胸に義心を秘め、誰も成しえなかった兵士たちの待遇改善を行うべく軍の改革運動に加わったのだろう。
しかしその一年後、フローレンスの熱い義心は不意に浴びせられた冷たい真実によって無惨にも砕け散っていた。
追求するがごとに露見していく過去の過ちに痛烈な辱めを受け、身を潰すほどに自身を拒絶したフローレンスは、クリミアでの熱病が再発したと噂されるほど深刻な虚脱に陥ったのである。
彼女は一体どれほどの驚愕で自身の存在を打ち砕いたのであろうか。
その高尚な魂にうっすらと影を残す悲愴の色に、ハンクは目を伏せて言った。
「……確かにこの本では、
収容環境の衛生管理に重きを置いています。
けれど、だからといって過去の看護が――」
「いいえ、それが全てよ」
鮮やかなほどの凛然がハンクの言葉を打ち切る。
そして彼女は眉一つ動かさず、淡々と声を響かせた。
「衰弱した患者には減った体力を補える食事や適切な治療をすればよい、
としていた私の看護は、
人が自ずと備えている『回復しようとする力』を完全に無視していました。
それは野外に置いた水瓶の穴を塞がぬ愚行と同じ。
なぜなら水瓶は、穴さえ塞いでやれば自分の力で雨を湛えられるのですから。
この穴は患者にとっての衛生や換気であり、
物品の充実ではなかったのです。
私が行ったスクタリ遠征は、完璧なる失敗に終わりました」
怒りも悲しみもまとわず整いきった言葉を連ねる彼女は、名誉輝く過去の自分をその手でしっかりと絞め殺していた。
恐らくは何度となく繰り返されたであろうその片鱗を目の当たりにし、ハンクの心は書籍の重みで押し潰されそうになった。
しかしフローレンスは今一度、十八年前の自身に手を掛ける。
「なぜなら私は無知と盲信から患者を過密状態に置き、
結果として一万四千人もの兵士を殺したからです」
フローレンスの薄く平たい唇が、スクタリで行った看護やそこで培ったはずの自信を完膚なきまでに打ちのめしていく。
まるで俗世界から脱したような目をして言葉を放つ彼女に、ハンクは細く息をつめることしかできなかった。
「この明らかなる喪失を、
女王と政府は公表させてはくれませんでした。
なぜなら国民が私に抱いている妄信的な名声を、
もうしばらくは政治に利用したいと考えていたからです。
だからといってそれが、
この明らかなる教訓を葬り去る正当な理由であるとは、
私には到底思えませんでした。
ですから私はこの間違いがまた未来に起こらぬよう真摯に学び、
そしてその教訓を広く市民に認知して貰うための『行動』を起こさなければならなかったのです」
ハンクがはっとして看護覚え書とフローレンスの顔を交互に見やる。
すると小さく表情を緩ませた彼女は、長い間苦しめられたであろう虚しさや喪失感を少しだけ軽くしたような雰囲気で頷いて見せた。
その視線は十数年という歳月をかけて乗り越えた壮絶な失望から幾分暗いものになってはいたが、辛い真実を追求して現実を受け入れたという強さが存在していた。
それはまるで剣をおさめた騎士が後ろを振り返り、血塗られた焦土を眺めるような印象であった。
フローレンスがハンクを見つめたまま、重々しく言葉を続ける。
「私はその本を出版する事で自身の無識を告発したつもりだったのだけれど、
残念ながらそこまで深く検証をして下さる賢人は
『クリミアの天使』と持ち上げられた駻馬を、
厳しく鞭打つ勇猛さにだけは欠けていたようです」
皮肉を織り交ぜて放たれた彼女の言葉を、ハンクは引き裂かれる思いで受けとめていた。
公権力による隠蔽に心ならずも同意してしまったというその後悔は、言葉の端々に滲み出て強い罪の意識を感じさせる。
そんなフローレンスの姿は自分の記憶にある自信に満ちた彼女とはまるで別人のようであった。
だがその反面、自意識を挫く経験をした事で、より一層の判断力と研ぎ澄まされた心眼を得ているようだった。
ベッドの上のフローレンスが頭を覆っているスカーフを少し引き、明るい窓の外へと眺めを移す。
その仕草につられ、ハンクも窓へと視線を走らせた。
心地よい風がふわりとカーテンを揺らし、窓辺に咲く花の香りを運んで来る。
彼は自分の馬車がロンドンに差し掛かった時、昔のように口元をストールで覆わなかったことを思い出していた。
それは看護覚え書が大きく貢献した「市民に芽生えた衛生観念」の賜物であった。
ロンドン市民は母の教えを守るかのようにせっせと室内の換気を良くし、常に溜められていたおまるの糞尿や町の通りまでをもきれいに掃除するようになっていた。
◇
以前のロンドンは屋内で出た野菜くずや大小の汚物、屠殺後の血液や臓物などを通りに投げ捨てることが普通であった。
それらはそのうち鳥や獣に食べられるか、雨や風が土へと還してくれていたのだが、産業都市となり工場労働者が多く犇くようになった住宅街では、その循環のバランスがみるみるうちに崩れていった。
飽和状態となった大量の汚物とゴミは溝からテムズ川へと流されるようになり、それと同時に様々な工場からは鉱物や薬品、毒物までもが無制限に垂れ流されていった。
テムズ川の汚染は日々深刻なものとなり生活用水として使用することもためらうような代物になっていた。
けれども公共の下水道は相変わらず川にゴミと汚水を流し、そしてその川から濾過も行わない水を街へと供給し続けたのである。
そのうえ交換時期を何度も過ぎた楡の水道管はすっかり腐り果て、上水道とは名ばかりの「土中の穴」となっていた。
この中を進む危険な上水は、むき出しの土壌から民家の生活汚水を取り込みつつ流れていき、各家庭の蛇口から流れ出す頃には「恐怖のカクテル」となって人々へと供されていたのである。
汚染された給水施設からチフスやコレラが伝染していると、優れた有識者と共に政府を叱責したフローレンスは、一八四八年に発足しながらも半年程度で廃止になった公衆衛生法を再び見直すようにと強く迫った。
その結果、彼女たちの考えに賛同した多くの市民は、死が遠ざかるならば高額な公的資金を上下水道に費やすこともやむなしと主張を始め、ロンドンでは衛生改革とも呼べる大きな変化が起こったのであった。
フローレンスは決して自分から進んで語ろうとしなかったが、帰国時に彼女が当惑したほどの名声は今も尚こうして人々を動かす力を秘めていた。
テムズ川の水を浄化することまではできなかったにしろ、上下水道が土中で交じり合うことなく独立した水流を保てるようになったのは、一八四八年当時に
「衛生を強要されるくらいなら病にかかって死んだほうがまし」
と主張していた工場労働者たちにとって、彼女の発言が政治家のそれよりも信頼できるということに他ならなかった。
【ブローチ】
戦地から戻ったフローレンスは、その功績を称えられてヴィクトリア女王から、立派なダイヤのブローチを授与されました。
プリンス・コンソートであるアルバート公がデザインしたブローチには「クリミア」と「慈悲深い心に祝福あれ」と刻まれています。
しかし当のフローレンスは、このブローチをまったく役にたたない物としか捉えていなかったようです。




