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9話 蓄積する不満

「何であいつらのせいで、あたしらが倍以上も働かされなきゃなんないのさ! 

大体仕事を覚えるために人をよこせだなんて、生意気もいいとこじゃないか! 

あいつら大好きな布教活動ができないからあんな嫌がらせして来たってのに、

婦長はなんで真に受けちまうのかねぇ!?」


 軍の備品庫内に遠慮のない大声を響き渡らせたジェイン・ショー・スチュアートは、その長身と顎の肉垂れを無駄なく動かしながら、シラミ取り粉や梳き櫛の用意を少々乱暴な仕草で進めていた。


四角いそばかす顔を怒りで赤くしたマーサ・クラフも、がっちりとした体格に感情をみなぎらせて声を出す。


「まったくだね! 

せっかく医者とも上手くやれるようになったのに、

ここへ来てあんな足手まといをいっぺんに教育しようだなんて、

婦長は疲れでどうかしちまったんだよ!」


 彼女の隣でリネンを運び出していた小柄な修道女は、困り果てた表情で悲しげに呟いた。


「二十五人ものシスターがずっと揃ったままで同じ病室に行き、

掃除や手当てを教えながら進行するとなると……、

一体どれほど効率が落ちるのでしょう……? 

昨日と一昨日だけでも、かなりの後れがあったはずなのに……」


 騒がしい音を立てて揃えられた品物は、マーサ率いる第一陣の八人によって見事な連携で各ワゴンへと準備されていく。


その完成したワゴンを廊下へと並べ、必要品の最終確認をするのがマーサ隊の一員であるハンクの仕事であった。


彼は焼けるような胸の悪さを、自分の提案を採用してくれたフローレンスはスタンレーを邪険にできない立場なのだから仕方ないとすることで爆発を堪えていた。


  ◇


 この日、第二陣の育成を重視した看護作業は、滞りながらも計画通りに終了した。


しかしながら一陣と二陣の衝突は終始避けられず、あらゆる病室内からは言い争う大きな声が漏れ聞こえて来る始末であった。


彼女たちの言い争いが白熱する前に病室を訪れなければならないフローレンスは、机に着く時間を早々に諦めると、束になった書類を手に病院内を見回ることにした。


しかしその行為は実に遅々とした事務処理しか行えなかったため、移動する彼女の腕の中には筆を待つ書類ばかりが刻々と増幅していった。


 全ての馬鹿馬鹿しい作業によってリタの病室を訪れることができなかったハンクは、看護婦塔に戻った後、リタの世話をしたという修道女から様子を訊ねた。


「リタは、リタの具合はどうでした!?」


 彼のすがるような視線に、修道女は少し眉を寄せて言う。


「……あのね、サマンサ。

その……、リタの皮膚なんだけど、土色っぽくなってきているわ。

それに今日痙攣もおこしたの、

だから無理やりスープを流し込んで様子を見ているところよ」


 彼女の言葉にゆっくりうなだれるハンクを、シスターはそっと抱き寄せて


「気を落とさないで、大丈夫よ」


と慰めた。


その言葉を、ハンクは誰よりも強く願っていた。


  ◇


 次の日。


マーサ隊を従えたフローレンスが、溜まりに溜まった書類を抱えて特別室の扉を開けた。


二十五人の最後尾で飛び込まんばかりの様子を見せていたハンクに、フローレンスは厳しい視線を走らせる。


看護婦たちの隙間を矢のように飛んで来た注意喚起にたしなめられ、ハンクははっとして背筋を伸ばすと平静を装った。


その様子に小さく頷いて今後の礼節を命じたフローレンスが、視線を戻して最前列に並んだスタンレーとその後ろに控える花々に向かって声をかける。


「さぁ今日はこの病室からです、

皆さん指示した以外の事はしないように。

第二陣の看護婦は解らない事があれば勝手をせず、

一陣の看護婦に聞いてから行うように」


 一同から発せられた了解の返事で、本日の看護である清拭と入浴の介助が開始した。


楚々として動き始めた第二陣の後ろで、看護婦のマーサが酒焼けした赤い鼻をふんと鳴らし太い声を出す。


「ちょっとあんたたち、遅すぎて邪魔だよ! 

先陣は駆け足してと言ったでしょ」


 すぐ後ろから聞こえて来たその言葉に、「んまぁ!」と不服を表した一人のレディがくるりと振り向き、可憐な声で反論した。


「失礼な! ちゃんと走りましたわよ!?」


 優雅なドレープを舞わせながら高飛車な態度でそう言い放ったレディを、マーサは顔以上に四角張った態度で突っぱねる。


「あんた走る目的解ってんのかい? 

前にいるなら部屋の一番奥にいる患者からお世話してと言ってるの! 

一番先に入った人が一番手前のベッドで止まったんじゃ、

後がつかえてどうしようもないじゃないか。

まったく、こんな事も言わなきゃ解んないのかね?」


 腰に手を当てていたマーサがふてぶてしく手を下ろし、アヒルでも追うような手振りでレディたちを奥へと追いやった。


追われながらも憎々しげにマーサを睨みつけて来るレディをマーサは毅然と睨み返す。


火花を散らした二人の間に、にこやかなスタンレーが割り入って言う。


「まぁまぁそんな、お二人ともおやめになって。

ここは病室でしょう? 

さぁ! きょうも笑顔で、患者さんのお世話を頑張りましょう」


 その様子を怪訝な表情で見守ったフローレンスは、平穏とはいかないであろうこの先を思いつつ、書類の束に目を通し始めた。





【女性に求められていた気質】

 テューダー朝に生きる女性たちは、皆感情的であることが求められていました。なぜならそれが、一つの女性らしさを体現する方法だったからだとか。このため意にそぐわないことがあるたび、女性たちはこれでもかと騒ぎたてて機関銃のような口撃をし、挙句過呼吸で失神するのがお決まりでした。この時代、女性のための気付薬は必需品だったそうです。


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