#02 『模擬戦』
#02 『模擬戦』
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今から11年前。
それまで連綿と平和を享受していたい世界は突如として動乱に包まれた。
海の底から見たこともない化け物が次々と姿を現したためだった。どれも色を失いモノクロで、鋼鉄のような鈍い色を放つものから、ぶよぶよとしたゼラチン質のようなものまで様々。どこかのマッドサイエンティストが生き物と生き物を掛けあわせて作り出したホムンクルスのように、化け物たちの姿はどこか地上の生物を彷彿とさせる姿をしていた。その生態は今でも解明されておらず、あくまで呼称として『魔物』が与えられた。
最初に発見された当時から幾度となく相対し、研究は進められたがまだ多くの謎が残されている。その中で、一つ明確に分かっていることがある。それは――人を狙って襲い掛かってくること。
最初にその存在を確認された魔物達は、海上で近づく船を狙って襲い掛かった。漁船や民間船はおろか、魔物の報を聞きつけた武装船、軍艦まで当たり構わうことなく襲い掛かった。対する人間たちはそれに抵抗し、いくつかのことを知った。
―――魔物たちは海の底、地の底から湧く。
―――魔物たちは人間の肉を求め、人間へ襲い掛かってくる。
―――魔物たちに遠距離からの攻撃は通用しない。
様々な近代兵器が使われたものの、それらは全て魔物を囲むようにして現れた謎の障壁に弾かれ意味を為さなかった。障壁に邪魔されない範囲は人間から約50mまでの距離。故に、人間は魔物との肉弾戦を余儀なくされた。
初めはマリアナ諸島付近のチャレンジャー海淵からその姿が見受けられたが、次第に出没位置が増えた。魔物は海溝や火口などの、いわゆる地下世界からわらわらと人間求めて出没した。
結果、人間たちの活動圏は縮小された。頼りにしていたミサイルやイージス艦、はたまた核爆弾などの近代兵器は効果を示さず、周囲を壁で覆うという消極的な方法で仮初の平和を手に入れた。
時を同じくしてか、人類は能力という力を得た。元々あったものが、危機的状況で覚醒されたというべきか。今まで使えなかった超常的能力がふと気が付くと使えるようになっていた。人類の半数に上る数の能力が発現され、それが魔物に有効であるとわかると人間たちは歓喜に沸いた。
―――これで魔物たちを駆逐できると。
しかしながら、現実はそう甘くなく、人間と魔物の戦いは今日も続いている。人類はその戦いの中でより多くの戦力を得るべく、未来ある子供たちを教育することを決めた。それによって、義務教育の中に能力の開発・練達・発展や対魔物戦闘などが盛り込まれることとなった。
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俺、竜胆集司は今、朝日が輝く運動場の隅で三条静と相対していた。
俺の得物は訓練用の木刀。右手に持ち、半身になってゆるく構える。左手は何も持たず、だらりと下げるだけ。相手がどのような行動を起こしてきても対応できるように、それを意識した型だ。気を抜いたような、それでいて気を抜かない――これを身に着けるまでは何を馬鹿なことをと思った――構えで、今の俺がもっとも得意としている構えだ。
一方、三条はと言うと左手に拳銃―マカロフPMだろうか―を、右手に大振りのナイフ――訓練用に刃を潰してある――を持ち、拳銃の銃口こそは向けられていないものの引き金にはすでに指が掛けられていた。自然体だというのに、体から殺気が溢れている。気を抜くとあっという間にナイフで首を掻っ切られそうな、そんな感じがする。
「さて、始めようか」
「あぁ、そうだな」
相手の言葉に首肯の意を伝え、模擬戦が始まった。
これは、非公式の模擬戦で審判もいないが、どちらかが参ったと認めたら終了だ。それまでは互いの実力を存分に発揮して戦う。パーティを組む相手の実力を知るための模擬戦だが、どうにも三条の殺気が気になる。一体全体、何があったというか。
模擬戦の開幕を飾る一撃は、俺ではなく三条の斬撃だった。地面を蹴り、地を這うように急接近しながら下から振り上げるナイフの一撃。それは一切無駄な動きがなく、一種の芸術品のように美しく見えた。
対する俺は、足に力を入れた勢いで左から右へ木刀を振り下ろし、ナイフの斬撃と木刀を合わせた。ぎんっ、と鋭い音を立てて互いの得物はぶつかり合い、その動きを止める。ふむ、思ったより一撃が重い。正直女性でナイフで、その上力の入りにくい斬り上げだからそこまで力は強くないと思っていたが、それは間違いだと気付いた。これはなかなかに鍛えている。
一撃を止められた三条は軽やかな動きで後ろに飛び下がると、今度は強く踏み込んで上段から右袈裟切りを仕掛けてきた。これをこちらも同じ右袈裟切りで応対する。今度は上からの攻撃なので先ほどより力強い。ただそれでも男の俺のよりは弱い。そもそもナイフで木刀と斬り渡ろうとするのに無理がある。
三条は幾度となく斬っては離れ、斬っては離れを繰り返す。それを俺はただ木刀で受け止める。正直こっちから打って出てもいいが、殺気と左手の得物が俺に攻撃を躊躇わせる。
何度も斬り合いを続けていると三条の顔に苦々しいものが浮かび上がってくると共に殺気が膨れ上がる。
そして、三条はそれまで握っていたナイフを投げつけた。ナイフは真っ直ぐ剣先を俺に向けて飛ぶ。投擲用のナイフはもっと小さくて軽い。それを三条はサバイバルナイフで投擲し、しかもそれがぶれず、歪まず、弓から放たれた矢のように俺へ飛んできた。
それを俺は叩き落とすように袈裟掛けに斬り付けた。その瞬間、ぞくりと嫌な予感が俺を襲った。予感に従って体を左に捻れば、ばすんと右腹に衝撃が伝わった。直撃こそなかったもののその余波を喰らった。なんだ、これは新手の能力……いや、おそらく三条の拳銃!
体を転ばせながら地面に飛び込んだ俺の頭の上を2発目が襲う。銃声こそしないものの、これは間違いなく銃撃。ナイフを投擲し、切り払う隙を狙ったというのか。まったく銃声が聞こえなかったぞ。
銃撃を避けて体を起こした俺の目の前には、両手に拳銃を構えた三条の姿があった。引き金を引くと同時にマズルフラッシュ。銃声は当然しない。俺は無意識のうちに木刀を動かす。重い感触が木刀を通して伝わり、銃弾が木刀によって斬り払われたのがわかった。俺は地面を強く蹴り付け、三条との距離を詰める。ここは勝機。
三条の体を木刀の刃が捉えるというところで、先ほど見たのと同じナイフが行く手を阻む。完全に抑え込むことができずにナイフは弾かれたものの、肝心の斬撃は三条の体を捕えることは出来なかった。弾かれた衝撃を受けて三条の体は俺から離れていく。猫のような挙動を見せてくるりと着地した三条を見て、俺はため息をついた。
最初は拳銃を使わずに様子見――けして俺を侮って手を抜いていたとは思いたくない――だったが、今の三条は本来のスタイルである銃と剣の二刀流を駆使している。対魔物戦闘において魔物から距離を取る銃の扱いは難しい。距離を取れば、障壁が立ち塞がる。障壁を無視できる距離で攻撃しようとすると魔物の強靭な肉体が銃弾を受け切ってしまう。そんな理由で銃は今日使われない傾向にあるが、それでも対魔物以外の戦闘では猛威を振るう。しかも、おそらく能力のせいだろうが、三条の使う銃は発射音がしなく、なおかつ銃撃の反動がないらしい。まったく反則技といいたいぐらいだ。
拳銃を片手で構え、発砲。その動作に一切の無駄がなく、それでいて軌道は読みやすい。目に見える速さではないし、発砲音が聞こえないが、それでも構える三条の姿を見れば銃弾がどこへ飛んでくるのか視える。
――そこ、捉えた。
ちょうど、俺の心臓を狙うように中心部を穿つ軌道。そこに添えるように木刀を置き、空いている左手に意識を半分集中させる。銃撃の好機を逃すほかはない。
――衝撃。
木刀に痺れるような衝撃を感じると共に、引き金を引いた指に狙いを定めて、ポケットの中から左手へ『引き寄せた』ダーツを投げつけた。ダーツは真っ直ぐに飛び、三条の拳銃を上へ弾いた。残念ながら手から拳銃を落とすことは叶わなかったが、このまま俺に拳銃を突き付けさせることは不可能であればそれでいい。
俺は一飛びに三条との距離を詰めた。勝機はここしかない。正直こっちの切れる手札はそう多くない。それ以上に、相手が全力を出す前に片を付けないとジリ貧になる。
木刀の刃を振るう。ちょうど、三条の首元に突き付けるように。
そうして闘いは終わった。
俺の剣は三条の首元に突き付けられ。
三条のナイフが俺の首元に突き付けられ。
……つまり、この模擬戦の勝敗は引き分けに終わった。
「ふぅ、悔しいわ」
「よく言うよ。まさかあそこでナイフを使ってくるとは思わなかった。驚いたぞ」
「ふん、勝つつもりで戦って、結果的に勝てなかったんだから、どうしようもないわ」
三条はとても悔しそうだ。まぁ、本気を出せば俺なんて一蹴できただろうからそれだけに悔しいのだろう。俺からすれば、できれば勝ちたかった程度なのでそこらへんはあまりどうこう思わないが。べ、べつに悔しくなんてないんだからね。……なぜ、俺は心の中でツンデレ風に呟いているのだろう。
「まぁ、いいわ。あなたの実力はよーくわかったわ。あなたがまだ隠していることも含めてね」
「はぁ!? いや、今のが俺の全力だぞ」
「そう言うことにしておいてあげる」
まったく心外だ。今の模擬戦は俺の全力を出したというのに。
「それで、俺は認められたってことでいいのかな」
「えぇ、合格よ合格。私はあなたをパーティリーダーとして認めるわ」
昨日、演習書類のことを嗅ぎ付け無理矢理パーティに入って来た(無理矢理とはいえこちらとしていえば戦力が増える分にありがたかったのだが)三条は俺に対し、模擬戦でパーティリーダー足り得るか確かめたいと言った。こちらとしても同じパーティとなるのだから戦力を実感しておきたいと思っていたので渡りに船だった。
「よろしくね、竜胆リーダー」
「こちらこそ、三条」