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#01 『脅迫』

#01 『脅迫(トリート)


 ■■■


 空が燃える様に赤く染まっている。

 眼下に広がる海が夕日に照らされて空と同じく赤く染まり、岸にぶつかりざざんざざんと音を立てる。

 海の方から吹く風がびゅうびゅうと音を立てて、海の傍に佇む俺の体を揺らす。


 俺はそんな光景の中、ため息をつく。なんでこうなったのか、ただ俺はなんとなく海を見たかっただけなのに。理由はなんとなく察せられるが、まさかこんなに早く来られるとは思ってもみなかった。




「あのさ、いい加減その手に持っているものを下ろしてくれないか? こうやって突き付けられたままだとさすがに気分良くないんだけどなぁ」

「……そういう台詞は、余裕綽々に私の銃を抑えた人が言うものではないと思うのだけど。こうもいともたやすく対処されると、ね」

「悪いな、反射的に体が動いてしまうんだよ。それで、なんの用だ、クラスメートの三条(さんじょう)さん」

「それはさっきも言ったはず。あなたが先ほど職員室から持ってきたものは何なのかしら? クラスメートの竜胆(りんどう)君」


 俺は相手の物言いに口元を引き攣らせる。やはり、見られていたというのか……まったく。


 俺に銃を突き付ける少女の名は三条(さんじょう)(しずか)

 背中まで伸びる濡れ羽色の髪が美しく、日本人離れした色白の肌が妖艶な雰囲気を醸し出している美少女だ。なんでも親がロシア人のハーフとかで、彼女自身クオーターということになる。それならその日本人離れした美貌も納得がいく。

 彼女は俺が通う学園で同じクラスの委員長で、いわゆる優等生と言う奴だ。正直あまり目立たない俺とはこれまで接点がなく、せいぜい挨拶を交わしたくらいだ。

 正直、なぜ俺がここで問い詰められなければならないか理解に苦しむところはある。わざわざ不正まがいの行為を嗜めに来たというところなのか?




「……説明しないなら、引き金を引く」

「それは勘弁してくれ。話すから」


 さすがに銃を突き付けられてそう脅されては相手の要求に従うしかないようだ。

 俺は空いている左手を敵意が無いようにふらふらと頭上で振る。


「ほら」

「わかったわかった。逃げも隠れもしないからとりあえず銃を下ろしてくれ」

「……」


 俺に銃を突き付けた張本人は何か焦れるようにしながら徐に銃を下した。

 俺はようやく重圧から解放されて息を深くついた。先ほどまで三条の銃に打ち合わせていた得物を確認する。うん、ただ合わせただけだから特に傷ついていないようだ、よかった。


「……いつそのボールペンを引き抜いたの? 気づかなかった」

「これか、いつも胸ポケットに入れているからな」


 俺は右手に握っていたシンプルなデザインの黒ボールペンをひらひらと揺らす。なんてことない文房具屋で売っている普通のボールペンだ。


「それで、竜胆君。あなたは『特別討伐演習参加書類』を持っているね」

「あぁ。これでもばれないようにやったつもりなんだけどね」


 『特別討伐演習参加書類』。

 俺が通う学校が毎年行っている、外層に出て魔物との戦闘訓練を行うための参加必須書類だ。これに名前を書くことによって参加することができ、この書類は全部で6枚しかない。1枚に書ける名前も5名と少なく、つまりは特別討伐演習に参加できる人数は限られているということだ。この書類は強靭・複製不可・汚れ知らずと特別製で、この書類を巡って戦いが起きる。


 そんな書類を俺は持っている訳だ。


「やっぱりね」

「なぁ、どうやってわかったか教えてくれないか」

「ふふ、それは私の能力(スキル)のおかげよ。私の能力(スキル)は人より良く音が聞こえるの。その書類って結構特殊でね、立てる音も特殊なのよ。それであなたが持っているのがわかった」

「……あーそれは想定していなかった。凄いな」


 能力(スキル)というのは、この人知を超えた異能力と言い換えることができ、例えば手のひらに炎を生み出せることや、一瞬にして移動してしまうことなどである。生まれながらにこの力を持つ者もいれば後天的に力を得る者もいて、基本的に総能力所持者は人類の約半分に上る。そのため能力(スキル)の存在は重要視され、より強力であれば強力であるほど学力と同じように進学や就職に影響を与える。


 能力(スキル)にはその程度を、国が定める基準に乗っ取って8つのランクに分けられている。 ランクは下から順にF・E・D・C・B・A・S・SSの8段階である。

 Fランクは、一般的に無能力と呼ばれ、能力を発現できなかったことを言う。これが大よそ人類の半分である。

 Eランクは、微能力とも呼ばれ、手のひらの上にライターのような小さな火の玉を作ったり、そよ風を吹かせたりと人に危害を与えられない程度の能力のことを言う。

 DからAまでのランクは順に能力が強くなっていき、Aランクであれば手のひらから炎を生み出し、目の前の空間を焼くことができる。

 その上のSランクともなると容易に人を殺すことが可能となる。風で人を切り裂けたり、大量の水で人を圧殺できたりする。そのため、Sランクは国に監視と保護がなされている。Sランクが何人もいれば戦争に影響を与えることも造作ない。

 そして、その上のSSランクは事実上伝説のランクである。

 SSランクの人間は本当に数が少なく、国に一人いるかいないか程度である。その能力は想像を超え、Sランクなんて比較にならないものである。戦争を一人で終わらせることができるほどだ。



 話は戻るが、三条が言うところの『よく聞こえる』能力(スキル)は言葉通りのものではない、もっと想像以上のスペックを誇るものだろう。紙がかすかに立てる音だけを聞き分けて、俺のところまでたどり着けるというのは只者ではない。もっとも彼女は、学園でも噂に聞くほどの才女だ。それほどの能力を持っていても不思議でない。

 俺は書類を見つからないように手に入れることばかり気に掛けていて、その後のことは考えていなかった。まったく間抜けな話だ。


「一応、職員室前で始まった乱闘を余所に周辺を見張っていたんだけどね、私が気付けたのはあなたが隣の給湯室から出ていくところだった。一体どうやって手に入れたのか教えてくれない?」

「あぁ……教えたところでどうにもならないから教えるよ」


 俺は一向に拳銃から手を離さない三条さんを前に説明した。


 『特別討伐演習書類』は職員室の中にある教頭先生の机の上にケースの中に入れられて保管してある。生類を手に入れるには、職員室に赴いて教頭先生に書類の件を話し、その場で軽く面接してから特に問題なければ書類を手渡される。注意すべきことは職員室内で暴れないこと、ただそれだけだ。

 書類を貰いその場で名前を書いてしまい、1週間後に再び教頭先生に渡せば演習に参加できる。ただそれだけの話なのだが、参加したい生徒たちによる書類を求めて場外乱闘が起きる。三条の言った乱闘と言うのも、それの一つで職員室前で起きる書類入手戦闘だ。職員室内では戦闘しないこと、また書類は放課後下校時間までしか渡さないこと、のルールに従って生徒たちは血と血で洗う闘いを繰り広げる。あまりにひどいと先生が乗り込んでくるのだが。

 その他にも書類を手に入れてまだ枠の空いている生徒目掛けて奪還戦闘(これも放課後のみ)が行われる。書類には名前を一度書けばその特殊な力によって汚れることなく、また消されることもなく、そして破られることもない。もっとも消したい場合は教頭先生に掛けあえば、対処してくれるそうだ。


 それはともかく、そんな戦闘が行われている最中、俺は書類を手に入れるべく動いた。


 俺の能力はCランク念動力系(サイコキネシス)能力(スキル)。強力だったり特徴的だったりすると能力(スキル)に名前が付けられるものだが、俺の能力(スキル)にそんなものはない。俺の念動力系(サイコキネシス)能力(スキル)は物を自由に動かせる、訳ではなく限定的であるが対象としたものを自分の手元に引き寄せることができる。引き寄せられる範囲は目が届くところまで、あくまで引き寄せるだけであるので、物を遠くに飛ばしたり自分の体を移動させたりは出来ない。


 この能力(スキル)は勝手が悪そうだが、引き寄せることに関してはかなり自由度が高く、机の上にある書類をこっそり床に落とし、そのままするすると自然な動きで職員室の隣にある給湯室へ誘導した。運よく職員室前で戦闘が行われていたお蔭で不審な動きを見咎められることはなかった。本来は教頭先生から手渡されるはずの書類だが、最終的に素知らぬ顔で提出してしまえばこっちのものだ。何よりこの演習参加戦争で、敵にその存在を悟られないことが勝利条件の一つだろう。何よりあの乱闘で勝利するのは骨が折れる。楽して勝てるなら楽するべきだろう。


 そう説明すると、潮風に髪をなびかせたままの少女はくすくすと笑い声をあげた。


「呆れた。そんなやり方で手に入れるなんてね。想像もしなかった」

「特にやり方を指定されたわけじゃないし、それこそ書類を手に入れたもの勝ちだろう。そもそも俺は悪いことに手を染めたつもりはないし」

「そうね、故意に書類を隠したわけではないだろうし。あとたぶん何人かの先生は気付いていたんじゃないかしら、きっと」

「そうか?」

「感知系に優れた先生だっているもの。気付かないはずがないわ。見逃されたのよ」

「そうだとしても、いやそうなら俺のやったことは認められたってことだろうな」


 ふぅとため息をついて、俺は三条さんから視線を逸らし、海を見る。夕日に照らされた海は波を立て、自分のいる世界がいかにちっぽけかを伝えてくるように思える。ふと、あの海の向こうには人知の及ばぬヤツらがいることを思うと、目の前に広がる海がどこか恐ろしいものに変貌したかのように思える。そんな自分に俺は―――




「さて、書類を手に入れた君に言いたいことがある」


 思考の隙を縫うように差し込まれた言葉に、俺は思考から浮かび上がり目の前の相手に向き直った。

 書類を手に入れた俺に言いたいこと。俺から書類を奪い取るために戦闘の雄たけびを上げるか、それとも自らの名前を書類に記すことを希うか。


「私を君のパーティに入れなさい、竜胆君」


 答えは後者、と言いたいが訂正する箇所があった。希うのではなく、それを脅迫してきた。いつの間にか構えられてた拳銃が俺の心臓に狙いを定めている。


 否と答えれば、間違いなく引き金が引かれることだろう。いくら殺す気はないにしても――ないことを願いたい――かなり痛い思いをするのは間違いない。この距離では得物を取り出すこともできず、防ぎようもない。ここは是と答える他ない。そもそも是と答えることに拒否感があるわけではない。まだパーティメンバーも集まっていないし、何より三条静という見るからに出来る人は歓迎だ。足手纏いになることはなく、むしろ戦力になるだろう。あと美人だし。

 ただ、なんというか、脅迫されてそれに屈せなければならないことが男の矜持に引っかかっただけだ。


 俺はしばしの時間を置いてしぶしぶといった体で、その要求を了承した。




 風に飛ばされないように書類を握り締め、地面に座るようにして名前を書いている姿を横目に俺は思った。


 ―――女って強いな、と。






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