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短編

物理的な意味ではない「距離」に離された恋の話

作者: 池田瑛

 白露(9月6日頃)の夕暮れに目が覚めた。後宮仕えに暇を頂戴しており、考え事をしていたら、いつの間にかうたた寝をしていたのだろう。うたた寝の間に夢にあの人がでてきた。

すだれを上げると、真っ赤な夕陽が見えた。太陽が毎朝登り、そして沈んでいくのと同じように、人も生まれ、そして死んでいく。私たちの恋も同じなのであろう。雲の上の存在となったあの人と私は、もう逢う機会はないだろう。遠目にでも見る事もないかも知れない。


 夢では、あの人は昔の姿のままで、優しく微笑んでいた。自由に妻を選べる身分になって、かならず迎えにくる。そういってくれた

のは幾年前であったであろうか。あの人は、これまで縁談が持ち込まれても、首を縦には振らなかったという。


「思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを」


 夢と知っていたのであれば、私は夢から醒めたくはなかった。殿方の読んでいた漢詩に、胡蝶の夢という物語があった。荘周が蝶なのか、蝶が荘周なのか。

 私は、もしこの身か蝶か、どちらかが夢であると選べるのであれば、この身が夢でありたいと願う。この幾重にも重ねた服を脱ぎ去り、軒を数件越えたところにあの人はいる。あの人の袖で止まり、羽を休めたい。


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我が輩はニコである。ゴールデンリトリバーで、体重は20キロを超えた男盛りだ。


盲導犬としてのトレーニングを受けたが、どうも我輩の性分に合わなかったらしく、ペットとして飼われることとなった。そして、我輩を受け入れてくれたのが今のご主人ということになる。


自慢ではないが、盲導犬となれる資質は両親から受け継いでいるので、一般の犬と比べると品行方正、頭脳明晰と言わざるを得ない。

だから、ご主人に怒られるようなことはしないし、十分すぎるほど可愛いがわれている。


ご主人は、朝と夕方、二回散歩に連れて行ってくれる。家を左折してしばらくまっすぐ行くと小学校にぶつかり、その小学校とその近くにある競技グラウンドを一周する。


ちょうど、小学校から競技グラウンドに続く道には植木道があり、ちょうど8本目の植木。


ここに毎日2度、来ることが私の喜びとなっている。


ここからが本題なのだが、実は私には恋人がいる。いつもこの8本目の植木に匂いを残していく女性だ。

まだ会ったことがないけれど、その人の残り香からその人は、健康的で素敵な女性であることがわかる。


昨日も昼過ぎにあの人は訪れたのだろう。今日もあの人が元気でいてくれる。その確認の日々。


いつも通りにその女性の匂いが残っている部分を囲むように放尿して自分の匂いを残す。

恋人には「あなたをいつも想っています」というメッセージになり、他の駄犬共には「俺の女だから手を出すなよ」と威嚇するという2つの意味がある。


 いつか、あの人と会ってみたい。今のご主人には不満はないのだけれど、不満があるとすれば、生活のリズムが規則正しすぎるという点だ。朝と夕方の散歩の時間は、いつも定刻通りに始まる。たまには、ご主人が寝坊をして、散歩がお昼になるというようなルーズさが欲しいものである。

 そうすれば散歩の時間がずれ、あの人と散歩中に出会えるチャンスが生まれる。そんな素敵な偶然が訪れる日を、我が輩は日々、夢見ているのである。

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分もちょうど短歌で話を書いていたので、 同じような表現方法をとられる方がいらっしゃるんだなと思って読みました。短いけれどもきちんとお話をまとめられている点が素敵だと思います。
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