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Wild Horses

 風の粒子がランの金髪を通り抜けていく。正面から、時には横から。風をこんなにも意識することなど普段はない。

 バイクのスピードが速いことはシートの振動でわかる。それでもバイクは苦しい様子を微塵も見せ、ず在り余るパワーを無限に放出出来るかのように思えた。

 前方にカーブが見えた。しかしハイジはスピードを緩める気配を見せない。リズムよくバイクをバンクさせ吸い込まれるようにコーナーを通過していく。今何キロで走っているのかわからない。だいぶ速い気がする。

 恐怖はない。掴まるハイジの身体には幾分の緊張の強張りもなく、自転車を操るかのようにハンドルをさばいている。時折咥えたタバコを手で持って煙を吐きだしている始末だ。

 運転手とバイク。二人(1人と1台か)がみせる圧倒的な安心感がこの殺人的なスピードを別次元の世界に仕立て上げていた。周りの世界が制止して、私たちだけが世界を進んでいるかのような。

 ランは初めて見るこの世界が至極気に入っていた。

 先の信号が赤に変わった。ブレーキを多用せずエンジンブレーキで緩やかに停止させる。身体に負担が伝わらず進行ベクトルと荷重を絶妙のバランスで調和している。

 ハイジが後ろを振り向く。

「大丈夫か?怖くねーか?」

 私は笑みを浮かべ答える。

「うん!全然大丈夫!むしろすっごい楽しいよ!バイクっておもしろいんだね」

はは、とハイジがカラカラ笑う。

「だろ?バイクって最高だよなー。もう俺の身体の一部になっているわ」

――身体の一部――そんな言葉が言い得て妙に納得できた。

「たしかこの先曲がったらもう学校だったよな?」

「うん。あの信号曲がって少ししたら。ていうか何でハイジはウチの学校の場所知ってんの?」

 だいぶ前から気になっていたことを伝える。あのスピードではハイジに喋りかけても聞こえないだろうと思って止まったら聞こうと思っていたが、中々止まらないので驚いた。ハイジは信号のタイミングを知っているのかと思うくらいに信号で掴まらない。ここまでほとんどノンストップみたいなものであった。

 ハイジは懐からもう一本タバコを出し咥え火をつけた。

「んぁー、昔知り合いが燐華に通ってたんでな。それで」

「へぇー」

 それは男なのか、女なのか。しかしハイジといるとそんなことはどうでもいいようにおもえるから不思議だ。きっとハイジにとって友人に性別など些細なことなのだろう。罪深い男のようにも思えるが。

 信号機が青に変わりバイクはまた滑らかに進みだした。じわりじわりと私の身体が後ろに引っ張られる感じがする。ちょっとだけハイジを掴む手に力を込める。ギュッと。


 最後の交差点を曲がり少ししてくると学校が見えてきた。そこでちょっと迷った。さすがにこの登場は派手な気がした。でもまぁ、いっか。些細なことだ。

 しかしバイクは門の真正面停止した。・・・・さすがにこれは気まずい。他の登校してくる生徒が不思議そうな顔で私たちを眺めている。恥ずかしいよぅ。

 当のハイジはどこ吹く風、そんな私の気概も感じていないらしく、呑気に「とーちゃーく」と言っている。なんだか笑えてるくる。せめて、友人がこの場にいないことを願うばかりだ。

 私はバイクから降りてヘルメットを外す。ハイジが手を指し伸ばしているのでその手にヘルメットを渡した。

 時間は8時15分。凄い早さだ。完全に遅刻と諦めていたのが嘘みたいだ。

エンジンを止める。バイクは大人しくご主人の命令を聞くしつけのきいた犬の様だ。いや、馬かな?

「間に合ってよかったー。ちょっとだけ頑張っちゃったよー俺。いやーさすが俺」

 頑張ってたのか。全然そんな感じはしなかったが。

「うん、本当にありがと。速いし風が気持ち良くて楽しかったよ。」

「ほほー。それが分かるとは中々見どころありますな。さすが俺のベーシストだ」

ベーシスト。改めて私のベースが認められたことを実感する。嬉しいなぁ。

「それじゃあ俺はそろそろ行くわ。学校頑張れよ」

「ありがとね。帰りにハイジの家に自転車を取れに行けばいいでしょ?」

「そうしてくれ。多分俺も家にいると思うし」

「わかった」

 そう言うとハイジはヘルメットを後部座席にセットしてバイクのエンジンを始動させる。バイクはまた元気よく軽快な音を発する。

 さて行こうとしたハイジが「あっ」と何かを思い出したようにこちらを振り返る。

「男のバイクで登校なんざ、ヤンキー娘も大変だねぇ」

と、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべた。

 こいつ・・・・分かってたのか・・・・。


 予想通り教室に入ると友人たちの質問責めにあった。

――ちょっとランあのバイクの人誰よー!

――ランって男の影がしないから安心してたのに・・・・

――バイクで一緒に来るってことは昨日一緒にいたの?

――私にも紹介しないさいよ!男の人の友達でもいいからさ!

 みんな一様に興奮している。なにより私が男といたらおかしのか?

あれはバンドのメンバーだよ。と言うとみんな疑いぶりながらなんとかその場は収まった。私がバンドをやっていることはみんな知っているから。しかし『年上の』男ということでみんなまだどこか諦めきれないと言った感じだった。

 みんな男とか彼氏とか、恋愛が好きなんだなぁ・・・・。勿論私だってそのことは分かる。好きな人と一緒にいれて、付き合えて。それは凄く楽しいことだ。私だって今まで何回か告白されたことがある。デートなどにも誘われた。

 だが付き合うということは少ない。みんな魅力的な部分はあったと思うし、私だって恥ずかしくなったり、ドキドキしたりした。しかし、ちゃんと付き合うといったことはないかもしれない。それがどうしてかなのか、あまり上手く説明できない。

 だけど、それはきっと心の配分にあると思う。私の心の大半が音楽で埋め尽くされている。音楽の、ロックの、バンドの。あの全身をゾクッとさせ、心にまで響く旋律を知ってしまったからだろう。詰まる所、私はロックに取り憑かれたのかもしれない。

 そして、私はベースを愛している。今はそれに夢中だ。

そんな愛しいベースを越える異性などいるのだろうか。最近他に興味を示したと言えば、ハイジのギターだ。それにバイク。

 どれも・・・・人間じゃないな・・・・。やっぱり私は少しおかしいのかもしれないな。

 机に頬杖をついて悩み、溜息が口からこぼれた。


 つつがなく4時間目まで授業を終え昼休み。友達といつものように中庭でお弁当を食べていた。この学校には校舎とグラウンドの間に中庭が存在する。小さい池があり木々が植えられており、私たちは良くここでお弁当を食べる。木漏れ日が心地良い。昨日の天気が嘘みたいだ。

 いつも弁当を作って持ってきている私だが、今日は時間が無かったので購買でパンとパックのミルクティーを買ってきた。カレーパンをモフモフと食べながらノートを見る。このノートは五線譜ノートだ。いつも持ち歩いており、思いついたフレーズなどを書き込んだりしている、いわゆる私のアイディアノートだ。

 他の3人の友人もそんなランを見慣れているのか、気にせず話しかけてくる。もっぱらその話題のほとんどが朝のバイクの登校なのだが。

「ねぇねぇラン~。ほんとにあのバイクの人とは何もないの~?」

そう聞いてくるのはサキちゃんだ。人当たりが良く可愛らしい女の子と言う感じの子。実際に可愛く、色素の薄いセミロングの髪に軽くパーマをかけた柔らかいボブが良く似合っている。

 他の子も続けて聞いてくる。

「そうだよランー!あの人背が高いし雰囲気凄い良かったっていうじゃない。まったくランも隅に置けないなぁ」

 そう言って笑みを浮かべるのはチアキちゃん。キリッとした顔にショートヘアーの美人さん。

「でも羨ましいなぁ。年上のお兄さんとバイクで登校なんて、私憧れちゃうなぁ」

 うっとりした顔で言うのはアミちゃんだ。夢見る乙女といった感じの、茶色でロングの髪を指でクルクル弄っている。

 三者三様で一見ランとは無縁そうだが、馬が合うのか入学当時から一緒のクラスで仲良くさせてもらっている。女の子特有の粘着したグループをあまり得意としないランだが、この3人は気が許せる友達だ。本当に助かっている。実際私みたいな子は高校じゃ友達ができないんじゃないかと危惧していたからだ。

 3人もあまりグループに固執するタイプでなく、みんなそれぞれ色んな交友関係を持っている。他の子に誘われればその子たちとご飯を食べるが、それ以外はいつもこのメンバーだ。私は五線譜に採譜するのを止めノートを脇に置く。

「だからーそういうんじゃないってー。あの人は本当にバンドメンバーなの。だからみんなが考えているようなことはないよー」

 私は苦笑いで応える。3人がジーっと私の顔を眺めてくる。私は後ろにたじろいでしまう。

 そして3人が息を合わせた様に溜息を吐く。

「はぁ。まぁランだしなー。」

「そうだね~。ランって意外とガード固いしね~」

「ランちゃんってすごいよねぇ。この前も田原君を断ったんでしょう?」

ブブッ!ランは咥えていたストローごとミルクティーを噴き出す。

「なな、何でそんなこと知ってるの!?」

「それはねー?」

「「ねー?」」

 3人が首を傾けて言い合う。

「そりゃアンタ、この狭い界隈ですもの。直ぐに広まるわ」

「ランちゃんって気付いてないけど、倍率高いんだよぉ」

「ねぇねぇ、何でフッたの~?」

 ニヤニヤしながらランの方をみる3人。ランはバツが悪そうにストローを口に入れて横を向く。

「いや、別に何でって言われても・・・・なんでだろう?」

「なんでだろうって」

「私たちに聞かれてもなぁ」

「田原君ってけっこうカッコイイじゃん。良いと思うけどなぁ」

 みんな好き勝手言ってくれる。確かに同級生の田原君にはこの前告白された。普段たまに顔を合わせて話す程度しか面識はなかったたと思うが、その分余計にびっくりした。

 サッカー部に所属していて爽やかな印象だった。実際にその通りな正確で、告白も誠意がこもったものだと思う。

 しかしまぁ、なんといいますか。ちょっと私とは違うと思うんだよなぁ。悪い人じゃない分、断るのには少し心が痛む思いがした。

「ランって派手そうな割にそういうとこしっかりしてるよねー」

「別に派手じゃないでしょ?」

「えー?だって金髪だしー?」

「これは地毛だって」

「それにしたってやっぱり派手だよぅ。綺麗な髪で羨ましなぁ」

「そ、そうかなぁ?アミちゃんのが綺麗だよ」

「まぁでも、そこがランの良い所なのかもねぇ~」

「たしかに」

「そうだねぇ」

「なんなんだよ・・・・」

 ランは大きい溜息を1つ吐いた。

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