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注・殺人描写あり
夜間の大神殿は神官や神兵のみで、関係者以外いない。
新の月3日目、この時期は関係者ではない、明日の儀式のための生贄がいる。
決して逃げ出せないように、魔法の掛かった檻の中。
滅多にないことらしいが、生贄の身内が入り込まないように、いつもより多くの神兵が控えている。
カナトは1人の神兵を昏倒させ、神兵服を頂いた。
すぐにばれるかと思いきや、意外にばれない。
今のところカナトに不審の視線を送るものはなく、心を読んでみるとなるほど、明日の儀式のことでいっぱいいっぱいのようだ。
思ったよりも順調に大神官に近付けそうだ。
大神殿のトップは大神官。
神国には王がいるものの、その大神官が実質トップのようなものだ。
王は象徴であり、飾り。
そんなことは国民の誰しもが知っている。
外交には王が立ち会うが、国内の政はすべて、大神官の判断で行われる。
名ばかりに会議はあるが、その内容は会議ではなく発表なのだ。
それは即ち、大神官さえ押さえてしまえばこちらのものということだ。
◇
明朝。
大神官が広間にやって来て、朝の挨拶をする。
夜番はこれが終われば睡眠を取り、他の者はそれぞれの配置に着く。
暫らくすると受付が開くのだが、今日は違う。
儀式の日は神殿は閉ざされ、一般開放の時間はない。
国民の多くもそれぞれの家で一日中祈り続ける。
自分が見捨てた子供を思って。
朝の挨拶が終わり、夜番の者は仮眠をとる。
その間に準備が進められ、夜番が目覚める正午、儀式が始まる。
神官全員が立ち会うのだ。
大人数の相手は疲れる、狙うのは夜番の仮眠中。
大神官は儀式まで執務室にいる。
儀式の準備は神官の仕事だ。
見張りの神兵を昏倒させ、魔法で通常通り立っているように見せ掛ける。
扉を2度、ノック。
「はいりたまえ」
室内には3人の神官と、大神官がいた。
「何用だ」
「はい、本日の儀式、取り止めにして頂きたいと」
訝しげにカナトを見、鼻で笑う神官。
「何を馬鹿なことを」
「命が惜しくば」
言い放ち、神官の首を、刎ねた。
「ひっ」
大神官は目を見開き、2人の神官も短い悲鳴を上げる。
ごろごろと、神官の首は転がり、壁に当たり、止まった。
見開かれた目がカナトを見つめる。
カナトはそれに微笑みかけた。
「これはこれは。俺を殺した神官だったみたいだな。ちょうど良かった」
首は前世のカナトを笑いながら捌いた神官だった。
「とにかく、儀式で楽しんで捌いてたやつは問答無用で殺す。逆らうやつも、嘘をつくやつも、殺す」
にこりと、大神官に笑い掛ける。
「儀式は未来永劫、必要のないものだ。取り止める」
「そ、そんなことをしては、国が・・・!」
「滅びない」
「何故・・・」
「儀式は災害を起こさないため、実り豊かにするためだろう。確かに助けられている部分は多くあるが、それは生贄を出すほどのものか?現に他国では儀式なく、国は成立している」
他国の年間死者と、生贄の数。
それは決してイコールではない。
それどころか、生贄の数と神国の死者を足しても他国の死者を上回るのだ。
豊かな実りと、起きるかもわからない災害や疫病による不安を取り除くためだけに、生贄を出し続ける。
カナトにはそれが正しいとか間違っているとか、そんなことは関係ない。
ただ、気に食わないだけだ。
生贄に賛同するのはもう生贄になることがないとわかっている大人たちだけだ。
「ふん。たとえ国が滅びようとも関係ないね。俺が気に食わない、それだけで儀式中止の理由になる」
1人の神官に近付き、腹を突き破った。
「が、あ・・・」
ゆっくりと体が崩れ落ちて行く。
「こいつも、笑ってたんだ」
◇◇
助けを呼ぶ間もなく、神官2人は殺害された。
叫んだ瞬間、殺される。それくらい力量に差がある。
それを悟った大神官は、時間稼ぎの意味で内容の薄い質問を繰り返す。
「その神官が、お主を、殺したというのは・・・」
「そのまんまの意味だ。俺は昔、生贄にされた1人だから」
大神官は、この男は狂っているのだと思った。
黒い髪に灰色の瞳。
整った顔立ちをしているが、どこか狂気を孕んでいる。
細身ながら程良い筋肉が付いた身体。
神兵服を着ているが見憶えがない。
「・・・生まれ変わりとでも?」
「そうなのだろう」
生まれ変わり、転生については神教で一般的な教えだ。
だが記憶を持つという話は書に出てこない事例である。
「そんなことはどうでも良い。儀式の時間まで、助けは来ない。無意味な質問はやめな」
「・・・・・・」
「それから俺は、生憎と狂ってない。見憶えがないのも当然。この神兵服は借りものだよ」
「!?」
「整った顔立ちって、男に褒められても嬉しくないがな」
大神官は愕然として、カナトに見入る。
「嘘をつくやつは、殺す。嘘かどうかは簡単に解る、心を覗けば、な」
にやりと笑ったカナトに、大神官は言葉もない。
神国は終わった。
ただそう思った。