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本当に予想通りなことになり、カナトはうんざりと溜息を吐いた。
優勝したのはディルシャ。
二位がオウザイアス、三位がダイ。
宣言していた通りに優勝者には宝剣を、オウザイアスにもダイにもそれに準ずる賞品を渡した。
そして、優勝者が騎士団に入団を希望したため、受け入れることになった。
不本意だが。非常に不本意だが。
本人が気に食わないことはもちろんだが、ニイナに近付くことも気に食わない。
何よりニイナに問い質しても、ディルシャとの会話の内容を口にしないことが問題だ。
憂鬱な気分のまま、ニイナと祭りの最後を飾る花火を眺めた。
「皆知ってるとは思うが、優勝したディルシャだ。騎士団に入ることになったからよろしく頼むぞ」
「家名はなく、ただのディルシャデス。よろしくお願いしまス」
すごく嫌だが、公言したことを覆すわけにもいかない。
ディルシャと、その他上位の希望者を騎士団に入れた。
十名程度の増員で多くはないが、これを機に少しずつ増えると良いが。
「家名がないって……名前からしてもガデスの人間じゃねぇよな? どこ出身なんだ?」
「産まれはガデスですけどネ。我らは家名がないのデスヨ」
「我ら?」
「えぇ、マァ、もうほとんど残っておりませんがネ」
ディルシャたち新入りをダイに任せ、カナトは執務室に戻る。
祭りの後処理が山積みなのだ。
日が暮れるまで執務室に篭もり、書類を片付けた。
それでもまだ半分以上ある。
期限はあってないようなものなので急ぎはしないが、溜まっていると何となく鬱陶しい。
「カナト様、お食事をお持ちしました」
「あぁ、すまんな。そこに置いてくれ」
ナカが持って来たのはサンドイッチのようだ。
食べやすいものにしてくれたのだろう。
「あと、すみません、ディルシャが……」
「ディルシャ? 何だ?」
「お話がしたいそうで、外でお待ちです」
カナトが嫌そうにすると、ナカが溜息を吐いた。
「私も話を聞いたんですけど、判断に困る内容でした」
「何だそれ」
「なので、嫌なのはわかりますが少し話をしてください」
「しょうがない……呼んでくれ」
必要以上に会いたくないんだが。
入室したディルシャはカナトの前に跪いた。
「……ここではそういった挨拶の習慣はない」
せいぜい納税の時、あとは重要な場面だけで、ここは謁見の間でもなんでもなく、執務室だ。
しかしディルシャは構わず続ける。
「王ヨ。ここにはいつまで滞在する予定なのデスカ」
「は?」
ここ、はガデスの城のことか。
では滞在は?
いつまで王でいるかということか?
「……後任を見つけるまでは離れる気はないが」
神殿に負けない人間を王にするまでは、王を辞することなど出来ない。
儀式を復活させないこと、それだけがカナトの望みだ。
「何故そんなに人間に肩入れするのデス」
「お前、さっきから何を言ってるんだ」
のらりくらりとしたディルシャに、カナトの苛立ちは募る。
見兼ねたナカが助け舟を出した。
「突拍子もないことだとは思うのですが、ディルシャが言うにはカナト様は魔王だそうです」
「は?」
「そんなに魔力を保持していて魔王の自覚がないなんてオカシイ」
「は?」
こいつら何の話をしてるんだ。
カナトは頬杖をつき、跪くディルシャを眺めた。
「で、ディルシャは魔族だそうです」
「だから我らが王、か」
「その通りデス」
魔王に魔族ねぇ。
この世界に来てその単語を聞くのは初めてだ。
前の世界だってゲームや小説の中でしか見たことがないのだが。
「魔族と人間とどう違う?」
「根本的に別物デスヨ。見た目は同じに見えても魔力の保持量も身体能力も寿命だって違いマス」
魔力や身体能力に関しては、確かに人間離れしているとは思っていたが。
「普通なら生まれてすぐに魔族としての意識が目覚めるはずなんですガネ」
ディルシャは首を傾げた。
思い当たる原因は一つだけだ。
「人間の前世の記憶が残ってるからな、魔族とは普通思わんだろ」
「前世の記憶! 珍シイ! 加えて生まれたばかりとあれば仕方ないことかもしれませんネ」
「は? 生まれたばかり?」
「エェ。まだ生まれて半年くらいデショウ?」
「俺が赤ん坊に見えるか?」
「魔族は幼体か成体で生まれるんデスヨ」
これはもしやあれか。
目覚めて記憶がないと思ったのは、生まれたてだったからってことか?
見た目高校生に見えるのに中身は生後半年?
ありえん。
「いやしかし……そうだ、服を着ていた。服を着て生まれるとかないよな?」
「魔力で精製したのデハ?」
そう来たか……。
「我ら魔族は魔王の生まれた時と亡くなった時、場所もわかりマス。王が生まれてすぐに気配を消し移動しなければ、すぐにお迎えに行けたというノニ」
気配を消して移動した覚えはないのだが。
「とにかく、王は人間の王ではなく、魔族の王。早々に魔族を統べて頂きタク」
「魔族を統べるって何をするんだ」
「その御力を持って魔族の頂点に立つ。反逆者など出さぬようニ」
「反逆者ねぇ……魔族ってどれらくらいいるんだ?」
「前々魔王の死亡時にかなりやられてますからネ。百もいないのではないでショウカ」
「少ないな。前々魔王の死亡ってなんだ? 内乱か?」
「前々魔王は前魔王によって屠られたのデスヨ」
それはつまり……内乱? 反逆?
カナトの周りには人間が多くいる。
巻き込まれるとまずいな。
「魔王を討てば討ったモノが魔王にナル。しかし魔王の死魔力を受けて寿命は大幅に減ル」
「毒魔力って何だ」
「寿命以外で死亡すると噴射する魔力なのデスヨ。周囲の魔族、他の生物もかなりの確率で死亡シマス」
カナトは眉を顰め、思案する。
人間相手に今更負ける気はしないが、魔族は別だ。
ディルシャ以外の魔族は知らないが、一対一ならともかく、数で来られては負ける可能性がある。
もしも負けたらその死魔力とやらで、周りにいる人間が死ぬ確率が高い、と。
その前に守りきれず、魔族に殺される可能性だってある。
気配を消す消さないに関わらず、ここまで派手に動いているのでは、カナトの居場所はバレバレだ。
仕方ない。
早急に王を仕立て、カナトはどこかに雲隠れ。
これが最良であろう。
ニイナを置いていくのは不安だが、連れて行くよりはおそらく安全。
「魔王として城を構えるというのならコスタが良いかと思うのデス」
「コスタ?」
「エェ、前々魔王の死亡した地デス。十年もう死魔力は変化して良い具合になってると思うノデス」
十年前のコスタってまさか。
「それ、もしかして謎の疫病の正体か?」
「アァ、人間の間ではそうなってるみたいデスネ」
カナトとナカは顔を見合わせた。