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「ちょっと良いかしら?」
笑い掛けられた筈なのに、何故かナカは悪寒を感じた。
目の前にいるのはニイナ。
カナトの前世の妹。
神教では、前世や来世といった単語が教えの中に存在する。
さすがに記憶がある、というような記述はないが、まぁカナト王だし、というノリだ。
その為使用人達はニイナをカナトの妹として扱っている。
ナカは神教徒ではないが、長年ガデスで生活している。
前世という単語を怪しいと思うことはないし、カナトがそう言うのであればそうなのだろうという程度だ。
そのカナトの妹であるニイナに連れ出されたナカは、現在ニイナの部屋にいる。
侍女のエイミの淹れてくれた茶を飲みながら、話が切り出されるのを待った。
「教えて欲しいことがあるの」
予想通りだった。
大方カナトに聞き難いことを聞かれるだろうとアタリをつける。
差し詰め女関係といったところか。
再会した兄の後宮に、5人も姫がいればそれも当然かもしれない。
「後宮に身籠っている姫がいるでしょう?」
「ええ。ローレル姫ですね」
「そう、そのローレル姫のお腹の子は、本当にカナトの子ではないのかしら?」
「ローレル姫は後宮に入ったときから身籠ってましたから。カナト様の御子ではありませんよ」
エイミがお茶のおかわりを淹れてくれる。
カナトの好みで執務中、珈琲が主流になっているので、ハーブティは久しぶりだ。
「カナトは人質として送られてきたって言ってたけど……だから手を出さないというのは成り立たないわ」
「そう、ですか?手を出してしまったらいざという時に面倒なことになるかもしれませんし」
「面倒なこと?」
「はい。他国から言い掛りを付けられた場合、手を付けてない場合送り返せる可能性もありますし。御子が出来てしまえば他国の侵略のキッカケを作ってしまうかもしれません」
カナトが姫に手を出さないのはそういうことなのだろう。
儀式の復活さえなければ王の座など喜んで手放してしまいそうだが、他の人間が王になったところで神殿に勝てるとは思えない。
儀式の復活も時間の問題だろう。
ナカ自身は儀式などどうでも良いと思っているが、カナトは儀式を良しとしない。
ならばそれに従うまでだ。
ただ新しい王が好みだっただけでついてきたナカだったが、今は一応忠義心も持ち合わせているのだ。
「そう……カナトの相手は姫ではないのね」
「だと思いますが」
「では誰なのかしら?あの年齢で全くいないなんて有り得ないわ」
「さあ……存じ上げませんが」
いわゆる目が笑っていない、だ。
嫌な汗が滲む。
さすがカナトの妹って言ったところか、威圧感が半端ない。
娼婦をしていればそれなりに修羅場も潜る。
それなのに一婦人に対してこの低落。
「まぁいいわ。何か分かったら教えて下さる?」
「はい」
ニイナが来てから、カナトと夜を過ごしたことはない。
不満ではあるが、これからもきっとない。
ナカのことを知るのは初期のメンバーのみなので、ニイナに話が伝わることはないだろう。
「夜にそう言った気配がないから、きっと昼間だと思うの」
その言葉に心臓が止まるかと思った。
「特に……私が訓練中」
その通りだった。
最近は夜油断ならないので昼間というパターンになりつつあった。
ニイナの言う通り、訓練中。
それが一番安全だからという理由で。
「よろしくね?」
ニイナが艶やかに笑う。
これはあれだ、宣誓布告。
負け戦はしない主義だ。
早々に降参しよう。
◇
カナトは大神官と神官数名を交えた会議を行っていた。
事前に資料を作成し、それを元に進行していく。
この国では珍しい方式で、何というか会社勤めしているみたいだと思う。
慣れている所為か遣り易い。
祭りは儀式の日からちょうど半年後から3日間行われる。
大神殿に寄付をすることで城下町の屋台が使い放題になる。
3日間食べて飲んで踊るという、何とも馴染めない祭りだ。
前世では裕福な生まれではなく、寄付など到底も出来なった。
しかし屋台の手伝いに駆り出されていたので、祭りを眺めることは出来た。
「今年からワインを増量する」
去年までは9割が麦酒だった。
ワインの輸出を行い始めたので、知名度を上げるためだ。
この3日間で飲み慣れれば常飲するようになるかもしれない。
「剣術大会募集要項も資料に入ってるな。各自読んでおいてくれ」
各国への親書に募集要項も混ぜてもらう。
大きな変更点はこの2つくらいだ。
「それでは本日の会議は終了する」
一同解散。
2日後にまた会議を行うので、それまでに細かい調整をしなければならない。
不明瞭な点も出てくるだろうからきっちり詰めないと、後で面倒だ。
「さて……」
「カナト」
最後に退室しようとしたところで、声が掛かった。
「ニイナ、どうした?」
腕を絡め、見上げてくる。
「色々お話したいことがあるの。部屋に行きましょう?」
「ニイナ?」
「なぁに?」
その微笑みが怖い。
が、そんなことも言えず黙って着いていくしかなく。
「何でもない……」
「変なカナト」
これからのことを想像すると溜息しか出なかった。