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「ベビー服がかわいくない」
おかしい。
ベビー服とはもっとかわいいものではなかったか。
カナトは記憶の奥底にあるベビー服を引き出してみる。
うん、確かにもっとかわいいものだった。
「王?何をおっしゃってるのですか?」
「ガデスのベビー服はかわいくないなと」
「はぁ・・・私はかわいいベビー服がどんなものかわかりかねますが」
「ベビーベッドもがらがらもないし、この世界の赤ん坊はどうしてるんだ?」
「は?」
城下町で見たベビー服は一言でいうならば、布、だった。
生まれたての赤ん坊を包む、あれだ。
すこし大きくなるとスモッグになる。
生地は生成りだし、飾りも何もついていない。
カナトが求める着ぐるみはどこを見ても見当たらなった。
希望は虎だ。熊も良い。プー○んはないのか。
考えてみればぬいぐるみさえ売っていない国である。
着ぐるみなんてある筈がない。
なければ作れば良いだけだ。
しかしカナトには手芸など向いていない。
絵も無理だ。曲線が描けないのである。
描けるものといえば設計図くらいだ。
◇
「ナカ、ローレルの部屋を移動させてくれ」
「畏まりました。どちらに移動させましょう?」
「一つ下の階の端だ。部屋を広くしてある」
後宮の部屋はすべて3部屋続きとなっている。
姫の部屋が2部屋に侍女の部屋が繋がっているのだ。
今回その部屋に隣の3部屋も繋げたのである。
「ローレル様を正妃にされるのですか?」
「いや?」
「では何故広い部屋を?」
「ヲウルに聞いてないのか?腹に赤ん坊がいるらしいぞ」
「はぁぁ!?いつの間に!!」
「崩れてるぞ。勘違いするな。俺の子じゃない。詳しくはヲウルに聞いてくれ」
「カナト様の子でなければ良いです」
「あぁ、それでおもちゃとかベビー服のかわいい店はないのか?」
「ないと思いますけど。・・・リリスフィアがファッションの国と呼ばれているようですが」
「そうか。リリスフィアの商人にでも訊いてみよう」
◇◇
―――その頃のヨハリア領―――
「ニイナ様。お話があります」
「なあに?エイミったら、畏まって」
エイミがぼんやりとお茶を飲むニイナに声を掛ける。
声を掛ければニイナははっとしたようにいつも通りを振舞う。
そんな生活をもう何年も続けて来た。
エイミがこの屋敷に来てから、ずっと。
「ニイナ様は、このお屋敷が好きですか?」
「好きよ。お部屋は豪華だし、お庭は綺麗だし、エイミもいる」
「ニイナ様・・・」
その”好き”には年上の義息子様も、義娘様も、他の屋敷の使用人たちも、入っていないのでしょう?
自由に部屋から出ることも出来ず、食事も常に一人ぼっち。
ニイナ様の趣味に合わない豪華なだけのドレスや宝石が与えられても、自由はない。
飢えることはなく、苦労もせず、生活出来る。
確かにそれは魅力的だ。
この世界にはたくさん、飢えて死んでしまう人達がいる。
それを考えれば何て幸せ。
でも・・・。
「ニイナ様が望むのなら、お城へ行くことが出来ます」
「お城?エイミ、何を言っているの?」
「新しい王様が、ニイナ様がもしもこの屋敷から出たいというならば、お城に頼って来ても良いとおっしゃって下さいました」
「新しい王様って・・・虐殺王のことでしょう?」
「はい。でも、そんな悪い王様ではないと思うんです」
「虐殺王なのに?お城へ行ったら私も殺されてしまわないかしら?」
「それはないと思います」
「そう、なの・・・。でも王様は何故私に良くしてくださるのかしら?エン様とお知り合い?」
「えぇと・・・よくわかりませんが、以前街で会ったときからニイナ様のことを気にしてらっしゃいました」
「よくわからないけど、そうね。私は邪魔者だもの。次の献上品にでもしてもらおうかしら」
「ニイナ様の美貌でしたら確かに喜ばれそうですね」
「いやあね、違うわよ。使用人になるの。これでも平民出ですもの、掃除も洗濯もお手の物よ」
クスクスと笑うニイナに、エイミは居た堪れない気持ちになる。
旦那様が生きていればそんな苦労はしなくても良かった筈なのに。
「ニイナ様・・・でもでもきっと、大丈夫です。カナト様はきっとそんなことさせません!」
「え?」
ニイナは笑い声を引っ込めた。
「今、カナト様、と?」
「はい?」
「新しい王様はカナト様とおっしゃるの?」
「はい、そうでございますよ」
「カナト・・・!生きてたのね!」
「お知り合いですか?」
「えぇ!そうなのね、カナトが生きてた!なるほど、カナトが残虐王、ぴったりだわ!!」
「・・・残虐王がぴったりな、お知り合い、ですか」
エイミは以前出会ったカナトを思い浮かべる。
残虐王がぴったりとは、あまり思えないのだが・・・。
「あぁ!次の納税が楽しみだわ!早速引っ越しの準備しなくっちゃ!」
どうやらニイナの中では決定事項らしい。
「それでは私も、色々準備致しますね」
王様の使者にお返事をして、それから・・・。
再会まであと23日。