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旅路シリーズ

風雷の狭間にて〜草原の魔女追放の日〜

作者: 楠木遥華
掲載日:2026/08/16

 はぁ……はぁ……。


「探せ、まだ近くにいるはずだ!」

「魔女め、逃げられると思うなよ!?」


 走っても走っても追いかけてくる騎士団。

 霧のおかげでウチの姿が見えないみたいだけど、どの方向に向かえばいいのかわからないのはウチも同じだった。


 ウチはイザベル。貧しい村、貧しい家に生まれたけど平穏な日々を過ごしていた。

 でも、突然騎士団が村に現れて、ウチを拘束しようとしたのだ。

 理由はわからない。ウチが一番知りたい。


「くそっ、大した力もない魔女だから油断していた!」

「まさか従属の首輪を破壊されるとはな」

「弱くても災厄の血を引いてるってわけか」


 必死に魔法を使って逃げたけど、村を出ても国を出ても騎士団の追跡は終わらない。

 本当にウチが何をしたと言うのか。盗みを働いたことも人を傷つけたこともない。善良な国民だったはずだ。


 それとも、ウチに流れる血が原因?


 さっきから何度も聞こえてくる「魔女」という単語。

 それは祖国だけでなく大陸全体で悪といわれている奴らだ。

 大陸全土を闇魔法で支配したことから始まり、国一つを滅ぼす力に他者を意のままに操る力、長命で魔法技術がとにかくすごい。


 人は強い力を持つ者を恐れる生き物だ。負の歴史も合わさって、魔女という存在自体が悪と言う人もいる。

 ウチにもそんな血が流れていると判断されたのだろうか。ウチなんて、()()()生きていても宮廷魔法使いと同等の力しかないのに。


「だが、あの程度の強さならば力でねじ伏せられるぞ」

「魔女のことを調べられるといいな」


 理由はわからないけど、捕まれば何をされるか想像したくない。

 だからウチは、騎士の声が聞こえない方向を目指して逃げ続けた。


「おい、霧で見づらいがこの先は……」

「人喰い……の縄張り……」


 騎士達の声が遠ざかって何を言っているかわからないけど、上手くまくことができたみたいだ。

 霧は一層濃くなり、逃げ切りを確信したウチの目の前に、突如壁が現れた。

 いや、壁ではない。切り立った崖だ。


 ――向こうにそびえる大きな山にはね、昔から人喰い熊が住んでいるといわれているんだよ。


 不意に故郷で聞いた長老の話を思い出す。

 晴れた日には切り立った山が遠くに見えた。まさかその入り口に立っているのだろうか。


 騎士がいなくなったのも、人喰い熊が住んでいるから?


「……上等だよ」


 騎士に捕まるくらいなら、いるかどうか定かでない熊に怯えることなく山に逃げ込んだ方がましだ。

 今は力がないけど、ウチが本当に魔女なら大いなる力に目覚めるはずだし、何十年も前に聞いた長老の話なんてあてにならない。

 人喰い熊がいたとしても寿命で死んでいるだろう。何も恐れることはないのだ。


「水噴射!」


 ウチは地面に向かって水魔法を放ち、その勢いで崖を飛び越える。

 さらに高い崖が待ち構えていても、おかまいなしにぐんぐん進んでいく。


 でも、ひたすら走って逃げたことで自分が思っていたより疲労が溜まっていたようだ。

 標高が高くなるにつれ呼吸もしづらくなり、体力を魔力で補いたくても魔力も足りない。


「あっ」


 ウチは道の半ばで石に躓いて転び、起き上がる気力もなく視界が暗転した。




「ん……」


 目を覚ますと、ゴツゴツとした岩肌が目に入った。

 起き上がろうとしたけど、全身に痛みが走る。

 どうやらつるりとした岩の上で眠っていたようだ。

 体の上下に布が敷かれているけど、薄くてあまり役に立っていない。


「よくこんなとこで寝ようと思ったね、ウチ。あれ、でも……」


 自分の図太さに驚いたけど、問題はそこじゃない。


「ウチ、道端で倒れたんじゃなかったっけ? ここはどこ、誰かが助けてくれたの?」


 痛みを(こら)えながら体を起こして、周囲を見渡す。

 周囲は岩の壁で一つだけぽっかりと空いた入り口に、入り口の手前で燃えているたき火。

 洞窟の中だろうか。


「おーい、誰かいる?」


 ウチをここまで運んで寝かせてくれた人がいるはずだ。火がついているのだから、それほど遠くには行ってないだろう。

 そう思って外に向かって呼びかけていたら、洞窟の入り口を何かが塞いだ。


 逆光でどんな見た目をしているかわからない。

 でも、入り口をすっぽりと覆い隠してしまう巨体が人間とは思えなかった。


 ――あの山には人喰い熊が住んでおるんじゃよ。


 今度は別の長老の声が蘇る。

 まさか本当に……


「目覚めたか」

「ででで、出た、人喰い熊だ!」

「む!」


 人の声が聞こえたような気がしたけど、きっと気のせいだ。

 ウチはひたすら水魔法をぶつけて人喰い熊を追い払おうとするけど、びくともしない。

 人喰い熊が何かを構えて首を左右に振った。


「どこだ、人喰い熊!」

「ぎゃあ! 人喰い熊が喋った!?」

「人語を解する熊よ、どこに隠れておるのだ?」

「また熊が……んん?」


 初めは逆光でわからなかったけど、よくよく見ると人の形をしていた。

 ウチより頭二つ分以上大きくて、ガタイが良くて、巨大な槌を持っていて、胸の辺りが妙に膨らんでいるけど、恐らく人だ。人喰い熊ではない。


「神出鬼没な熊め、卑怯な真似をせず我の前に姿を見せよ。我と戦うのがそれほど恐ろしいか?」


 強面かつ低い声で言われたら、人喰い熊も恐れをなして姿を隠しそうだ。

 でも、ウチが人喰い熊と呼んだのは見えない何かではない。人喰い熊を探しているこの人だ。


「どこだ、人喰い熊!?」


 自分が人喰い熊と疑われたとは夢にも思ってないのか、巨体はまだ探している。

 さすがに申し訳なくなってきた。


「いや、もう探さなくていいよ! ウチの気のせいだから」

「……む、しかし……」

「それより、あんたがウチを助けてくれたの? ありがとう、おかげで獣に食われずに済んだよ」


 その命の恩人に食われるかと思ったのは言わないでおこう。


「ウチはイザベル、あんたは?」

「ガートルードである」

「ガート……何だって?」

「……ガートでよい」


 巨体改めガートは厳しい顔でウチを見た。


「起きたのであれば、この山から疾く去るがよい」

「……え?」


 戸惑うウチにガートが告げる。

 この山はまもなく戦場になる、と。


「え、戦場になるってどういうこと? いつ、誰が攻めてくるの?」


 ウチはガートの言葉に混乱する。

 人喰い熊の正体がガートとわかった今、この山に危険はないと思ったのに。

 平和とはかけ離れた言葉が飛び出した。


 動揺する私と違って、ガートは至極真面目な顔をしている。


「うむ。谷の魔女という名を聞いたことがあるか?」

「……えっと、確かメディウム王国の北に住んでる魔女だっけ?」


 メディウム王国は故郷の北にある国だ。

 大陸で一番大きくて、自らを大陸、ひいては世界の中心と豪語するところ。

 故郷とは小競り合いが多かったからあまり良い印象はない。


「そうだ。我と彼奴(きゃつ)の間には浅からぬ因縁がある。谷の魔女は我が師を殺したのだ」

「仇討ちってわけね。でも、どうしてもうすぐ攻めてくることを知ってんの?」


 ガートと谷の魔女の関係性は理解したけど、やはり今すぐ戦場になるとは思えない。


「今から百年前に約束したからである。我が師を殺された我は怒りに任せて魔力を解放し、魔法で雷を落とした。風を操る彼奴は空を飛んでいる故、高いところに落ちる傾向がある雷ならば当たると思ったのだ」


 一撃目は避けられ、二撃目を準備する途中でガートは風にさらわれ空高く飛ばされた。


「そして、二撃目は我に直撃したのである」

「……は?」

「自ら放った雷に撃たれた我を見て、奴は高笑いし……」

「いやいや、何事もなかったかのように飛ばさないでよ! 雷なんて当たったら死なない、普通? 何で生きてんのさ」


 ガートを上から下まで見たけど、目立った外傷はない。

 古傷は数え切れないほどあるけど、雷に撃たれた傷ではなさそうだ。

 ってか、あの胸の膨らみは本物? 長身で筋肉の塊みたいな奴で声も低いから男だと思ってたけど、まさか女じゃないよね?


 ウチの内心など知る由もないガートは瞬きを一つ。


「雷に適性がある者は雷に耐性を持つ。それは他の属性でも同じではないか」

「え、初耳なんだけど。ウチは水が適性だけど、水中で呼吸できないし泳ぎも下手だよ」

「む……それもそうか」


 適性属性による恩恵はあまり感じたことがない。

 他の属性より扱いやすいだけだ。


「遮って悪かったね。それで、高笑いした谷の魔女はどうしたの?」

「アタシに挑むなんて百年早いよ、と言い放ったのである」


 どこかで聞いたことがあるような捨て台詞だった。

 興味が湧くことはなく「へぇ、それで?」とウチは続きを促す。


「故に我は山に籠り百年修行することにした。そして今日が百年の節目の日である」

「……ん?」

「話を聞いてわかったであろう。この地に谷の魔女が攻めてくる。巻き添えを食らいたくなければ即刻立ち去るがよい」

「いや、一つもわかんないよ!」


 再度山を降りるよう言われたけど、ガートの言葉が理解できなかった。


「谷の魔女の言葉を受けたあんたの行動が理解不能だよ。何で山籠りの修行を始めたの?」

「だから、百年修行してから出直してこいと彼奴が……」

「そんなこと、一切言ってないよ! あんたが間違って解釈しただけ。谷の魔女が攻めてくるわけないよ」


 ただの捨て台詞を真に受けないでほしい。

 (いかめ)しい顔でわかりにくいけど、天然なんだろうかこの人は。


「そもそも、百年も修行するって何? あんたの見た目がジジババならまだわかるけど、どう見たって二十代後半くらいじゃん。若い姿のまま何十年何百年生きられんのはエルフと魔女くらいで……」


 そこまで言ってはっとする。

 ガートの耳は尖ってないからエルフじゃない。

 でも、魔女である可能性は?


 こいつが女に見えないのは置いておいて、黒髪と若い姿と雷を生み出す魔法技術。

 そして、普通の人間なら挑む勇気すら湧かない魔女に挑もうとする無謀な生き物はそうそういないだろう。


「あ、あんたってもしかして、魔女だったりする?」

「む、初めからそうであるが?」


 即答だった。


「お主もそうであろう?」

「う、ウチは……」


 ……何者なんだろう。

 毎日鏡を見てるからわかる、ウチの顔が十代後半から変わってないことが。

 何十年も年を重ねても変わることのなかったウチも、魔女なのだろうか。魔女だから国を追われたのだろうか。もう二度と平穏な暮らしを送れないのだろうか。


 不意に一陣の風が吹いた。


「わっ!」


 ウチが外に立ってたら吹き飛ばされてしまうんじゃないかっていうくらい強い風。

 ガートが厳しい顔をより一層険しくして、巨大な槌を構えた。


「来たな、谷の魔女」

「は?」


 彼女から出た名前が信じられない。

 何で谷の魔女が現れるの? あれ、ただの捨て台詞じゃなかったの? 実は魔女同士では隠語として使われてて、ガートの言葉が正しいの?

 話半分に聞いてた谷の魔女再来の話が冗談ではない疑いが出てきて、ウチは笑えなくなった。


 洞窟の外に出て、吹き荒れる風を真正面から受けるガート。

 洞窟から少し顔を出しただけで髪がボサボサになり、岩に掴まってないと飛ばされそうになるウチ。

 仕方なく洞窟の奥に引っ込んだけど、風にあおられた髪は元に戻らない。


「どうして谷の魔女が来ると思ってるの!? こんな入り組んだ山なんだから、風なんてしょっちゅう吹くでしょ!」


 声を張り上げて聞くと、ガートは振り返ることなく答えた。


「わからぬか? 風に彼奴の魔力が混じっている。これは自然に発生した風ではない」


 風なんて目に見えないし、ウチは谷の魔女の魔力を知らない。

 これで気づけと言われる方が難しいだろう。


 不意に一際強い風が洞窟の中に吹き込んで、ウチは受け身を取ることもできずに壁に打ちつけられた。

 火の消えた洞窟の入り口に、ガートではない人影が立っている。


「ようやく見つけたよ。アンタが新入りの魔女かい? アタシは……」

「ようやく姿を見せたな、谷の魔女よ。我が鉄槌を受けるがよい!」


 なぜか人影はウチを見て話し始めたけど、その背後からガートが大槌を振り下ろす。

 地面に大きな凹みを作って砂埃が舞ったけど、人影はどこにもいない。


「人が話してる途中で攻撃しないでほしいねぇ。アタシが誰だかわかっての行動かい?」


 洞窟の外、風の渦に乗った女が私達を見下ろした。

 黒い髪には白髪が交じり、目の色はくすんだ赤。四十代程度の見た目をしている。


「無論である、谷の魔女。我はこのときが訪れるのを待っていた」

「……へぇ、アタシのことを知っていながらその態度なんだ。生意気な魔女だねぇ、アタシが現実をわからせてあげるよ」


 風を操る谷の魔女と、雷を操るガートルード。

 二人の戦いが幕を開けようとする中、逃げそびれたウチは洞窟の奥で縮こまるしかなかった。


「お主の方こそ、我を覚えておるか?」


 ガートの問いに谷の魔女が首を横に振った。


「いや、知らないねぇ。前にどこかで会ったことがあるかい?」


 ガートは師匠を殺した因縁の相手と言っていたけど、谷の魔女はガートを覚えてないようだ。

 ガートの槌を持つ手に力がこもる。


「……本当に何も覚えていないと申すか?」

「だから知らないって。無駄な問答を繰り返すくらいなら、アタシの邪魔をしないでほしいねぇ」


 ぎりり、とさらに強く握りしめているけど、柄の部分は壊れないのだろうか。少し心配だ。


「忘れたのであれば思い出してもらおう。お主は我が師である放浪の魔女を殺めた咎人である」

「……放浪の魔女?」


 名前は聞いたことがある。

 全ての魔女の祖先でかつて大陸を闇魔法で支配したとされる災厄の魔女、それを討伐した魔女がそんな名前だった気がする。

 そんな英雄の弟子がガートで、英雄殺しが谷の魔女? にわかには信じられない。


「それは濡れ衣だと何回言えばわかるんだい? アンタもアタシがあれに勝てるとは思ってないよねぇ」

「……確かに師匠は災厄の魔女にも勝利した魔女、お主ごときに敗れるはずがない」


 ガートが納得したかに思えたけど、「しかし」と口を開いた。


「お主と戦った後に姿を見せなくなったのは揺るぎない事実。我が師の行方が知れなくなったのは何故だ?」

「理由なんてアタシも知らないよ。むしろこっちが聞きたいくらいさ」

「……ならば言葉はもういらぬな。谷の魔女よ、覚悟するがよい」


 ガートの脚の筋肉が膨れ上がる。大地を強く蹴ると、彼女は風の渦に乗る谷の魔女より高く跳び上がった。

 今度は腕の筋肉が膨れ上がる。ガートは大槌を構えて谷の魔女に振り下ろそうとした。


 でも、谷の魔女は余裕の笑みを崩さない。


「風の魔女相手に上空戦を挑むなんて馬鹿だねぇ」


 谷の魔女がガートに手をかざして風を起こす。

 ガートは体勢を崩して落下した。大槌の勢いで地面が陥没して地響きが起きる。


 二階建ての建物の屋根より高い位置から落下したけど、ガートは何事もなかったように立ち上がった。目立った外傷は見当たらない。


「ならば、これはどうだ――雷よ」


 ガートが片手を空に掲げると、怪しい雲がどんどん集まってきた。

 彼女は「むん!」と空気を鷲掴みにする。


「落ちよ!」


 腕を振り下ろす動作に合わせて落雷が発生する。

 標的にされた谷の魔女が風の渦を小さくしながら逃げたけど、稲妻が枝分かれして襲いかかった。

 風の渦が霧散して地面に落ちる谷の魔女、それを眉間にシワを寄せながら睨むガート。


「……本体は避けたか」


 普通の人なら枝分かれしたものでも直撃したら命に関わると思うけど、ガートは仕留め損なったと判断したようだ。

 二度目の雷を落とすためか、再び片手を空に掲げる。空気を握りしめる動作は空にある雷を掴むつもりなんだろうか。


「……ああ。今思い出したよ、アンタのこと」


 谷の魔女がぎこちない動きで起き上がる。


「仇討ちだか何だかで挑んできて、自ら放った雷を受けて自滅した奴がいたねぇ。愚かで滑稽な魔女だった。ま、大したことなかったけど。そんなアンタが今更アタシに何の用だい?」

「お主が言ったではないか、アタシに挑むには百年早いと。だから毎日山にこもり修行を重ねた。そして今日が戦闘から百年の節目の日である」


 ガートの説明に眉根を寄せる谷の魔女を見て、おかしいのはウチじゃないことがはっきりとした。


「……アンタ、それ本気で言ってるのかい? だとしたら相当頭がおかしいよ」

「しかし、お主が百年修行しろと……」

「一言も言ってないねぇ。アタシはアンタじゃなくてあの洞窟に隠れている新入りの魔女に用があるのさ」


 不意に谷の魔女の視線がウチに向けられて、心臓が飛び出すかと思った。

 新入りの魔女って何。もしかしてウチのこと?


 谷の魔女が洞窟に近づこうとすると、ガートが洞窟に入り口に立ち塞がった。


「……まだ邪魔する気かい?」

「当然である。あの娘は我が山で保護した者。我の縄張りで暴れる者から守らねばならぬ」

「なら無理矢理どいてもらおうかねぇ!」


 谷の魔女のまとう雰囲気が変わる。

 邪悪な魔力が溢れ出し、気がついたときにはガートがいたところに風の渦ができていた。


 洞窟の奥にいるウチには、風の渦しか見えない。

 吹き荒れる風が葉っぱや小石などを洞窟の中に飛ばしてくる。

 ウチは両腕で頭を覆ってその場をやり過ごすしかなかった。


「お主の相手は我、ガートルードである。そこの娘に手を出すでない」


 嵐の中響いたガートの低い声。続いて轟音。風の渦が消える。

 地面に降り立ったのは、全身に雷をまとうガートだった。


「またしても自分に雷が直撃……いや、まさかとは思うけどわざと当てたのかい?」

「そうだ」


 即答するガートが大槌を構えた。武器も雷をまとっている。


「雷を我が身に受けてから百年、再び直撃する可能性を考慮するのは当然のことである。我は雷を有効活用できないか考えた。辿り着いた答えが外部の魔力による身体強化である」


 膨張する筋肉。肥大する身体。大槌を構えるその姿。

 ウチの倍以上に大きくなったガートは、かつて大陸に存在したとされる巨人を彷彿とさせた。


 谷の魔女の風とガートの雷が同時に放たれる。

 それらは上空で衝突して消滅した。二人の力はほぼ互角といったところか。


「むん!」


 ガートが瞬時に谷の魔女との距離を詰めて大槌を振るう。


「おっと、危ないねぇ!」


 谷の魔女が風に乗って空へ逃げても、落雷が起こる。

 力の差がほぼなくてもガートが押しているように見えた。

 ……それよりも。


「ちょっと、二人とも! 戦いをやめてほしいんだけど!」


 ウチが大声で呼びかけたけど、落雷と暴風にかき消された。


「このままだと洞窟が崩れるよ!」


 ガートが振り下ろした大槌が地面に当たると地震と陥没を引き起こし、ウチが隠れている洞窟の天井が崩れ出した。

 慌てて外に出たけど、外は風と雷で嵐になっているから安全なところがどこにもない。


 遠くで崖崩れが発生するのが見えた。


「洞窟どころじゃない、この山が崩れるよ!」


 どれだけ声を張り上げても二人が攻撃をやめることはない。

 これなら山を降りろと言われた時点で素直に降りれば良かった、と今更後悔が募る。


 でも谷の魔女の狙いはウチっぽいから、襲われるのは避けて通れないのだろうか。

 それならガートの近くにいた方が安全……いや、どっちを選んでも危険に巻き込まれるのは避けられないかもしれない。


「先に逃げてもダメ、後から逃げるのはムリ。中も外も危険。もう八方塞がりだよ」


 二人の戦いがどんどん白熱していき、山が崩れる。嫌な予感がして洞窟から離れると同時に土砂崩れが起きて、洞窟の入り口が塞がった。


「あ、あぶな……うわっ!」


 強風に煽られてウチは地面に転がった。

 唸る風と耳をつんざく雷鳴に、無力なウチはできるだけ姿勢を低くして頭を抱えるしかない。


「だ、誰かこの戦いを終わらせて!」


 思わずそう叫んだとき、足元から眩い光が差した。


「え?」

「む?」

「これは……」


 嵐が収まり、一瞬静かになる。ガートと谷の魔女の足元にも複雑な模様をした線が現れたようだ。

 それが何か理解する前に一際強い光を放ち、ウチは思わず目を閉じた。


「二人ともそこまでだ」


 ウチでもガートでも谷の魔女でもない声に、ウチは目を開ける。

 どこを見ても白一色の世界で、真逆の黒いローブを着た中性的な人が立っていた。

 床で伸び放題な黒い髪と、病弱な程色白な肌が印象的だ。


「初めましての人は初めまして。僕は孤島の賢者、魔女の管理と監視を務める者だ。年齢は千から先は数えたことがない」


 孤島の賢者、噂だけは聞いたことがある。

 悠久の時を生きる魔法使いで、性別も年齢も不詳。大陸から少し離れた孤島に住んでいるらしい。


「僕は基本的に干渉するつもりはないけど、今回はきちんと言わせてもらうよ。谷の魔女とガートルード、君達はノトス大山脈を破壊するつもりかい? 地形が変わるほどの戦いは勘弁してほしいよ。もう二度とあんな悲劇は見たくないんだ」


 孤島の賢者が言う「悲劇」が何なのか、ウチにはわからない。

 でも、二人の争いを止めてくれるのなら大歓迎だ。


 谷の魔女が心外と言わんばかりに口を開く。


「アタシは新入りの魔女の様子を見に行っただけさね。若い魔女の鼻をへし折って上がいることをわからせてやるつもりだったのに、こいつが先に攻撃をしてきたのさ。アタシは悪くないねぇ」

「目的が違うとはいえ、仲が悪い魔女の縄張りに入ったら攻撃されるのは、自然の摂理だと思わないかい?」

「……」


 谷の魔女が反論できずに口を閉ざす。

 今度はガートが口を開いた。


「お言葉だが、その制度は二つ名を持つ魔女同士の争いを制限するためにある。我はまだ……」

「雷鳴の魔女」

「……む?」


 ガートの言葉を遮って孤島の賢者が告げる。


「雷鳴の魔女、それが君の二つ名だ。まだ何か言いたいことはあるかい、雷鳴の魔女?」

「……いや、我も矛を収めよう」

「じゃあ二人とも、もう戦う理由はないね?」


 孤島の賢者の言葉に二人が頷く。

 さっきまで争っていたのが嘘みたいだ。


「あんた、すごいね! 二人の戦いを止めるなんて、ウチはどれだけ声を張り上げてもできなかったのに! 賢者って名乗ってたけど、千年も生きてるんだから魔女なの?」

「……」


 思っていたことがつい口から出た。

 孤島の賢者が初めてウチを見る。温度も感情も一切ない目だ。


「君は誰だい? 招いた覚えはないけど……あぁ、君もノトス大山脈にいたのか」


 ウチに向けられた視線に名前をつけるとするならば、無関心だ。

 ウチはただ巻き込まれてここにいるだけだと思い知らされる。


「魔女というより女という(くく)りに入れられるのが嫌だから、魔女と呼ぶのはやめてくれないかな」


 感情が一切乗ってないのに拒絶された雰囲気は伝わってきて、ウチは無言で頷くことしかできなかった。

 不意にウチとガート、谷の魔女の足元に複雑な模様が浮かび上がる。


「それじゃあ君達を大陸に戻してあげようか。また喧嘩が始まると困るから、谷の魔女は魔の谷に送るよ。――転移」


 さっきみたいに眩しく光って、目を開けたときには激戦の痕跡が残る山に戻っていた。


「我は来たるべき日のためにこの山で修行を続ける。イザベル、お主はどうするつもりだ?」

「ウチは……」


 ガートにそう問われても、わけもわからず故郷を追放されて、山に逃げ込んだら魔女同士の激しい戦いが巻き込まれ。

 色々なことが立て続けに起きたせいで、自分が何をしたいかなんてすぐには浮かばない。

 でも、自分にできないことならすぐに浮かんだ。


「ガートや谷の魔女みたいに強くなって、他の魔女と張り合うのは無理だとわかったよ。でも、あんたみたいに百年も修行なんてできっこない」


 三日経てば飽きる自分が容易に想像できる。

 いきなり強力な力を手に入れるなんて夢物語が起きない限り、ウチが力で生き残るのは難しいだろう。


「でも、何もせずに死ぬのも嫌だね。せっかく長生きできる魔女に生まれたんだから、何百年も生きてみたい」


 長生きできるのに五十年しか生きられないのはもったいない。

 何十年でも何百年でも生きて、生きて、生き抜いてやる。


「谷の魔女の口振りからして、国外追放された直後に襲われた魔女は一人や二人じゃないはず。被害者の会ってわけじゃないけど、魔女の集まり、サバトって奴を開催するのも悪くないね」


 一人で生き抜くのが難しい世界なら、徒党を組めばいい。

 一人一人は力のない魔女でも、集まれば谷の魔女にも対抗できるかもしれない。


 ……ま、戦わずに済むのが一番だけどね。


「逃げて逃げて、生き恥を晒してでも生き延びる。それを何十年何百年と続けることができれば、こんな力のないウチにも二つ名がついたり……なんて馬鹿みたいな話だよね」


 無関心な目を向けてきた孤島の賢者を見返してやりたい気持ちも少しはある。

 夢物語と笑われるかと思ったけど、ガートが表情を変えることはなかった。


「ふむ、それがお主のやりたいことか」

「そうだよ」

「ならばお主はお主の道を歩むがよい。さらばだ、イザベル」


 そう言ってガート――雷鳴の魔女は山の奥へと姿を消した。


「弱い魔女と笑われたっていい。自分より若い魔女に追い抜かされてもいい。ウチはウチのやり方で生き抜いてやるよ!」


 後に草原の魔女と呼ばれるようになるウチ、イザベルの物語はここから始まった。

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