封印の地
次回新章です。
ひとまず私達は、天使が使っていた部屋を調べることにした。
部屋の中には、壁一面を埋め尽くす大きな本棚と、書類が山のように積まれた机があった。無造作に積まれた紙束を手に取って確認すると、そのほとんどは《魔界ホテル》や冥界、魔界全体の管理に関する報告書だった。
「……これ、ほとんど業務報告だね」
モラが本棚から一冊引き抜き、ぱらぱらとページをめくりながら言った。
「見た感じ、封印に直接関わるものは無さそう」
私は本棚を眺めながら歩いていたが、その中で一冊だけ、妙に目を引く本があった。
【魔力について】
表紙にそう記された本を手に取り、ページを開く。そこには、魔力を多く持つ者ほど精神が凶暴化しやすい、という記述があった。理性よりも本能が前に出る――そんな内容だ。さらに読み進めると、この世で最も魔力を有するとされる存在として、「破壊神ペルデレ」の名が記されていた。
次のページをめくろうとした、その時。
「こっち来い」
ネブラの声がした。顔を上げると、机の方で手招きをしている。私は本を閉じ、そちらへ向かった。
机の上には、一枚の紙と、小さな小包が置かれていた。紙の表題には、はっきりとこう書かれている。
「封印について」
内容を読むと、本来、封印はそれを施した本人でなければ解除できないらしい。だが例外として、この“鍵”を用いれば、封印を極限まで緩めることが可能だと記されていた。
私は小包に手を伸ばし、そっと開ける。中に入っていたのは、くすんだ青銅色の鍵だった。
「……極限まで、緩めるってことは」
私が呟くと、ネブラが頷いた。
「ああ。完全に解けるわけじゃないだろうな」
「じゃあ、どうするの……?」
モラが不安そうに言った。
その言葉に、ネブラは私へと視線を向ける。
「そこで、お前の力が鍵になる」
「……私?」
思わず聞き返すと、ネブラは小さく笑った。
「考える時間はなさそうだな。スパティアが辿り着く前に動くぞ」
部屋を出て、私たちはすぐに移動の準備を整えた。
「東へ約1200km……」
モラが遠い目をして呟く。
「……めちゃくちゃ掛かりそう」
「三日もあれば着く」
あっさり言うネブラに、モラは目を丸くした。
私は思わず立ち止まる。
「そんなに飛べない……私達、ネブラほど魔力もないし」
「適度に休憩を挟めばいいだろ」
それだけ言って、ネブラは先に歩き出す。
「ここがインフェリア領、北がヴルペス領、南がセラフィス領、西がノクスヴァル領、そして東がシニステル領だ」
ネブラはそう言って、魔界を大まかに説明した。
「シニステル領は、かつて我が住んでいた領地だが……最東端まで足を運んだことはなかったな」
私とモラは顔を見合わせ、そして黙ってその背を追った。こうして私たちは、封印の地へと向かうことになった。
――スパティアよりも先に封印を解くために。
夜、私たちはついにシニステル領へと辿り着いた。辺りは不気味なほど静まり返っている。
「……疲れたぁ……」
モラが、今にも溶けてしまいそうな声で呟く。
「大丈夫?」
そう声をかけると、モラは力なく肩を落とした。
「どこに泊まるの?」
私は前を歩くネブラに問いかける。
「この近くに顔見知りがいる。今から泊まれるか聞くつもりだ」
「いきなり……」
思わず苦笑が漏れる。けれど、この領地で当てのない宿を探すよりは、よほど現実的だった。
案内された先にいたのは、悪魔の夫婦だった。
外見は威圧的で、最初は身構えたが、実際の対応は驚くほど穏やかだった。私たちを拒む様子は一切なく、人間である私にも気遣いを見せてくれた。
彼らは、人間でも食べられる料理を用意し、簡素ながらも清潔な寝床まで整えてくれた。
「ありがとうございます……」
私達は揃って礼を言った。胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなった。
その夜、私は布団に身を沈め、まぶたを閉じた。
どれくらい眠っていたのだろう。
ふと意識が戻り、目を開ける。そこは、完全な暗闇だった。
夜であることを差し引いても、異常なほど暗い。
灯りが消えているだけでは、ここまで何も見えなくなるだろうか。その暗闇の奥に、微かな光が揺れているのに気づいた。引き寄せられるように、私はその光へと近づく。
次の瞬間――
「……っ」
頭が、砕かれるような激痛が走った。思考が一気にかき乱され、視界が歪む。意識が、遠のいていく。私は、そのまま気を失った。




