第四十三話 尋問
次の瞬間、視界が切り替わった。雲海の向こうまで広がる、澄み切った景色。ここは――御稜威山だ。
「なるほど。女神に治してもらえってことか」
ネブラがそう呟いた。
「どうしてスパティアが、私達にそこまでするの?」
「……して悪かったな」
私がそう呟いたその時、不意に声が響いた。振り向くと、遠くの方でスパティアが地面に倒れたままこちらを見ていた。
再び視線を前に戻すと、女神パナケイアが私達の前に立っていた。
「人の子と悪魔か。我に何用だ?」
「えっと……治してほしい人が二人いて」
そう言って、私はネブラとモラへ視線を向けた。
「……良いだろう」
その瞬間、私の身体に走っていた痛みが消えた。腹や肩にあった傷が、跡形もなく塞がっている。モラの腹部の傷も同様だった。
「えっ、ここどこ……?」
モラが起き上がり、不安そうに辺りを見渡す。
「感謝する」
ネブラも先程までの苦痛は、すでに消えているようだった。
「それより、神々の間で問題になっていた悪魔は――そこの者だろう」
パナケイアはそう言って、倒れているスパティアを指した。
「こちらで引き取ろう」
「えっと……後でも良いかな」
モラが少し躊躇うように言った。
「何でまさか見逃す気?」
私は眉をひそめた。
「違うよ……。でも、何か事情があったのかもしれないじゃん。それに、聞きたいこともあるし」
「それらは全て、神々の間で処理しよう」
パナケイアが冷たく言い放った。
「それだとダメだよ。何も聞かずに殺しちゃうでしょ。それに……少しだけでいいから、話をさせて」
モラは不安そうに、それでもはっきりとそう言った。
「我も同意見だな。元より、こちらが確保した者だ」
ネブラが淡々と続ける。
「……安心しろ。もう暴れさせはせん」
「……責任は持てよ」
パナケイアは短くそう言い残すと、姿を消した。
静寂が戻る。
「正気なの?」
私はネブラに問いかけた。
「ああ。聞きたいことがいくつかある。……それに、あの状態では何もできん」
ネブラは倒れているスパティアへ視線を向ける。
「回復されたらどうするの?」
「魔力切れを起こしている。すぐには動けん。それに、回復する前に話は終わる」
「ごめんね、ルイーナ。命がけで倒してもらったのに」
モラが申し訳なさそうに言った。
「……別にいいよ。私も、聞きたいことはあるし」
私はそう答えた。
「ここでは人目につく。我の城へ戻るぞ」
そう言って、ネブラはスパティアを担ぎ上げた。
私達はネブラの後を追い、空へと飛び立った。
「あれ?モイラ様、いないよ」
モラは広間を見渡しながら言った。
悪魔の城にいるはずのモイラの姿は、どこにもなかった。
「魂が戻り、ここを立ち去ったのではないか」
ネブラが淡々と言った。
「そういえば前に、碑を渡したよね」
モラはハッとしたように目を見開いた。
「でも、何でここが分かったの?」
「失物神の力だろうな」
「なんか……本当に、いろんな神がいるんだね」
モラが小さく呟いた。
「……それで、スパティアに聞くんでしょ」
私がそう言うと、二人は視線を地面に横たわるスパティアへ向けた。
「……何だ」
スパティアが、掠れた声で言った。
「聞きたいことがある」
ネブラが一歩前に出た。
「……なぜ答える必要がある?」
スパティアは乾いた笑みを浮かべた。
「君達は勝ったんだ。さっさと殺せばいいじゃないか」
それ以上、何を問いかけてもスパティアは答えなかった。
「もう……意地が悪い人だね」
モラが呆れたように言った――その時だった。スパティアの目が、不意に見開かれた。
「……ーレ」
「えっ?」
数秒の沈黙。
やがてスパティアは、小さく息を吐いた。
「……答えられる範囲でなら、答えよう」
そう言うと、どこか遠くを見るような目をした。
「じゃあ、私達が一番気になってることを聞く」
私は一歩踏み出した。
「――何故、こんなことをしたの?」
スパティアはわずかに目を伏せる。
「……それか。少し長い話になるが――」
「じゃあ座るね」
モラは軽くそう言うと、躊躇いなく玉座に腰を下ろした。
「あれは、600年前のことだった」
スパティアはそう言い、ゆっくりと語り始めた。




