交戦
「消えた……」
「それで、その神の名は何だ?」
ネブラがダイモーンにそう問いかけた瞬間だった。――空間が、裂けた。静寂を切り裂くように現れたのは、見慣れた男、スパティアだった。
「酷いじゃないか。人の物を勝手に奪うなんて」
余裕の笑みを浮かべ、ゆっくりとこちらを見渡す。
「……殺る気か?」
ネブラが低く問う。
スパティアは笑みを浮かべ、軽く首を振った。
「さすがに鬼神と殺り合うのはキツいかな。呪物もないしね」
「貴様はここで終わりだがな」
その言葉と同時に、地面が歪んだ。ダイモーンの足元から滲み出た影が、蛇のようにうねりながら広がり、瞬く間にスパティアを取り囲む。――次の瞬間、影が一斉に跳ね上がった。鈍い衝撃音と共に、スパティアの身体が後方へ吹き飛ぶ。
崩れ落ちる瓦礫の中、ダイモーンの足元から闇が溢れ出した。だが、ダイモーンはすでに空へと浮かび上がり、距離を取っていた。
「……ふふ」
瓦礫を払いのけ、スパティアが立ち上がる。その片腕は――失われていた。だが次の瞬間、何事もなかったかのように再生された。
「再生……」
――神が持つ力をスパティアは使うことができる。
スパティアは懐に手を入れ、古びた扇子のような魔具を取り出した。開く――その動作すら見えなかった。
次の瞬間、ダイモーンの身体が弾き飛ばされた。遅れて、衝撃が叩きつけられる。
「――っ!」
私達の身体もまとめて吹き飛ばされ、地面へと叩きつけられた。
「……あの感じだと、すぐに戻ってきちゃうな」
スパティアは楽しげにそう言った。
次の瞬間――地面が、裂けた。いや、違う。空間そのものが、裂けている。足場が消える。身体が引きずり込まれる。
「まずい……!」
私は反射的に飛び上がる。だが、裂け目は一つではなかった。逃げ場を潰すように、空間が次々と歪み、裂けていく。
「ルイーナ!」
声に振り向く。モラも、ネブラも――同じように追い詰められていた。まずい……逃げ切れない。そして――私は、裂け目の中へと、落ちた。
次の瞬間、視界が切り替わった。目の前には、殺風景な景色が広がっていた。ここは――冥界だ。以前と同じ景色だった。
周囲を見渡すと、少し離れた場所にネブラとモラの姿があった。
「何……ここ、どこ!?」
モラが落ち着かない様子で辺りを見回す。
「……見た感じ、冥界だな」
ネブラが低くそう呟いた。
以前とは、何かが違う。自分の手を見ると、透けていない。……肉体がある。あの時のような、魂の状態ではない。空間ごと転移したから、このままの姿で冥界にいるのだろう。
視線を上げる。遠くに、淡く光を放つ場所が見えた。
――あそこだ。あそこに、スパティアがいる。
胸の奥が、ざわつく。
……勝てるのか。前は、手も足も出なかった。
もし、また――全員、死ぬことになったら。
そしたら、私は――
「――ルイーナ」
肩を叩かれる。振り向くと、モラがいつもの笑顔を浮かべていた。
「大丈夫。頑張ろう!」
その言葉に、少しだけ胸の奥が温かくなった。
「……だな」
ネブラが短く応じた。
私達は顔を見合わせる。そして、歩き出した。魂の群れが、同じ方向へと進んでいる。その間を縫うように、私達は進んだ。
やがて――光のすぐ近くまで辿り着く。
そこに、一人。スパティアが立っていた。
「覚悟が決まった顔だね」
「……お前は、何か躊躇っている顔だな」
その言葉に――スパティアの表情が、一瞬だけ暗いものになった。だがすぐに、元の笑みに戻る。
「勝てるつもりかい?前に戦った時も、ギリギリだったのに」
一拍置いて、口角を上げた。
「……まあ、いいさ」
その目が、わずかに細められた。
「戦いを――始めようじゃないか」
私は強く拳を握りしめた。
――今度こそ、終わらせる。




