滅却の致
私達は、スパティアの棲家へと降り立った。私は慎重に扉へ手をかけ、ゆっくりと押し開けた。中へ一歩、足を踏み入れる。
「……空間の歪みって、ある?」
モラは私にそう問いかけた。崩れた棚の間を進んでいると、壁の一角――何もないはずの場所が、かすかに揺らいでいた。
「……ある」
胸の奥がざわつく。もしかして、最初からあって、私が気づかなかっただけなのか……
指先を、そっと伸ばす。触れた瞬間――空間が、音もなく裂けた。
「……開いた」
モラが小さく呟く。その声には、わずかな恐れが混じっていた。
「……入るよ」
「え、えぇ!?ちょっと待って、怖いって!」
モラの手を掴み、引き寄せる。そのまま、一歩踏み込んだ。次の瞬間――視界が、反転した。中は以前見た時と変わらず、一面に、小さな木製の碑が無数に並んでいる広い部屋だった。
「……なに、これ……」
モラが息を呑む。その時――
「……っ」
モラが突然、声を上げた。震える指で、一つの碑を指し示した。
「……これ……モイラ様の……」
その碑には、運命神モイラと刻まれていた。
「……回収しよう」
私は部屋の隅にあった大きな袋を掴み、碑を持ち上げた。ひやりとした感触が、手に伝わる。
「え、それ……使っていいの?」
モラが不安げに聞く。
「今更でしょ」
私は振り返らずにそう答えた。
「モラも手伝って」
「……うん!」
モラが頷いた。
「頑張るぞ……!」
私達は、碑を次々と袋に入れて回収し始めた。
ネブラとダイモーンは、長い間、木陰に立ち尽くしていた。
「……時間遡行に“似た現象”を可能とする神がいる」
ダイモーンが、静かに口を開いた。
ネブラは視線だけを向けた。
「……その神が、ルイーナの見た男か?」
「ああ、おそらくな」
ダイモーンはわずかに目を細める。
「その神は――自らが“所有したもの”に干渉できる」
「所有……?」
「ああ。物でも、場所でも、あるいは存在そのものでも構わん」
ダイモーンは淡々と続ける。
「そしてそれを――莫大な魔力と引き換えに、“存在ごと消し去る”ことができる」
「……消し去る、だと?」
「ただ消滅させるだけではなく、その存在を無かったことにして、時間をそのままに、世界を再構築することができる」
「……その神の名は?」
ダイモーンが口を開きかけた瞬間、ルイーナとモラが大きな袋を抱えて戻ってきた。
「回収し終わったよ!」
私達は、大きな袋を抱えてダイモーンの元に戻った。
ネブラはこちらに視線を移した。
「……そんな袋、あったか?」
「棲家にあったよ」
私達は、袋を地面に下ろした。
「来い」
ダイモーンがそう言い放った瞬間――周囲に、複数の鬼が静かに現れた。
「これを移譲神の元へ運べ」
ダイモーンが足元の袋を示す。鬼たちは一切の言葉を発さず、ただ従った。次の瞬間、鬼も袋も跡形もなく消えていた。




