時間遡行
ふと意識が戻り、目を開ける。そこは、完全な暗闇だった。私は死んだのか。……いや、消滅したのか。
だとしたら、なぜ意識がある?
考えを巡らせていると、足音が聞こえた。暗闇の中を、こちらへゆっくりと近づいてくる。振り返ると目の前には、茶髪の男が立っていた。
その姿を見た瞬間、胸の奥に奇妙な感覚が走る。――どこかで見たことがある。だが思い出せない。私がそう考えていると、男が口を開いた。
「世界は、境界の消失によって混沌に包まれた」
「……誰? それに、ここは?」
「まもなく、魔と人間の戦争が起きる。人間はすぐに滅ぶだろう」
わずかな間を置き、男は続ける。
「そして人間が滅べば――神も消滅する」
私は言葉を失った。
「それは、こちらとしても困る。俺は人生で二度だけ、条件抜きで時間遡行ができる」
そう言うと、男の視線が私の首元へ落ちた。
「その首飾りを譲り渡せば、歴史を変えてやろう」
「……どうして、渡さないといけないの?」
男は答えず、ただ静かに言った。
「それで、どうする?」
私はしばらく黙っていた。
そして――
「……分かった」
私は首からネックレスを外し、男に差し出した。男がそれを受け取った瞬間、私の意識は途切れた。
目を覚ますと、目の前でモラが目を丸くしてこちらを見ていた。その横には、壁にもたれかかるネブラの姿がある。
「モラ……」
時間が……巻き戻ったのか……。
「どうしたの、ルイーナ?」
モラが不思議そうに首を傾げた。
「私は……どうしてここに?」
モラとネブラは顔を見合わせる。どうやら私達はスパティアとの戦闘中、何者かの攻撃が乱入し、スパティアは撤退したらしい。その何者かはあの男のことだろうか……
「覚えてないの?」
モラが心配そうに言った。
私は何を言えばいいのか分からず、黙っていた。そんな私の様子を見て、モラが困ったように笑う。
「まあ、よく分かんないけどさ。元気出しなよ」
そう言って、モラは私の肩を軽く叩いた。
ネブラは何も言わない。ただ静かにこちらを見ていた。
私は、ずっとこの二人に支えられてきた。以前、ムリエルに言った言葉が脳裏をよぎる。――一人で抱え込まないでくださいね。人に言ったことは、自分もやるべきだ。
私は二人に、未来で実際に起きた出来事を話した。スパティアの計画、冥界で起きた戦い、そして――あの男のことも。
すべてを話し終えると、二人とも言葉を失っていた。
無理もない。私自身も未だに信じられないのだから。
「……我々は、まんまと利用されていたわけか」
ネブラが怪訝そうに言った。
「信じてくれるの?」
「信じたくはないがな」
「……ごめん」
私がそう言うと、モラがすぐに口を開いた。
「何で謝るの? 言ったでしょ。話してくれることが嬉しいんだよ」
モラは柔らかく笑った。少し考え込んだあと、モラが言う。
「でも、どうしよう。ネブラの魂がスパティアに取り込まれないようにしないといけないんだよね?」
「いや」
ネブラが静かに言った。
「条件を満たさなければいいだけだ。……ここで別れるとしよう」
「何で?」
モラが眉をひそめる。
「ルイーナの話だと、我はお前らを巻き込んだことに罪悪感を抱くのだろう。ならば、共にいなければいいだけだ」
ネブラはそう言い放った。
「嫌」
モラはすぐに答えた。
「私は、みんなといたいから」
「お前ら二人でいればいいだろう」
ネブラがモラに言う。
モラは首を横に振った。
「それじゃダメ。私にとって、二人は大事な友達なんだから」
今までにない大きな声だった。
ネブラはバツが悪そうに黙り込む。
私は深く息を吸った。
「皆で――スパティアを倒そう」
私は意を決して言った。
モラの顔がぱっと明るくなった。
「よく言った、ルイーナ!作戦をみんなで考えよう」
ネブラは小さく息をついた。
「……また死んでも知らないぞ」
ネブラは完全には否定はしなかった。
私達は顔を見合わせる。そして――スパティアを倒すための作戦を、三人で考え始めた。




