向こう見ず
「……あんなふうに言って良かったの?協力してもらった方がいいんじゃない?」
ダーレは歩きながら、隣のモイラへ問いかけた。
「巻き込むべきではないわ」
「でも、力……もうほとんど残ってないんでしょ?」
その言葉に、モイラの足がわずかに止まった。
「……どうして、そう思うのかしら?」
「10年間、存在を認識されなかったからでしょ。まだ覚えてる人がいて良かったね。それに、故意じゃないから、天啓を叛いても罰を受けなかったし」
モイラは小さく息を吐いた。
「……そうね」
少しの沈黙の後、モイラがぽつりと呟いた。
「あの悪魔も……未来を覗いた時、あの神が見えたの。もしかすると、今回の件……彼奴が絡んでいるのかもしれないわ」
「……今、なんか言った?」
「いいえ。何でもないわ」
モイラはそれ以上何も言わず、歩き出した。
モイラには、ああ言われたが、何もしないわけにはいかない。今の私に出来ることは少ない。
それでも――待っているだけなんて、出来ない。
あまり行きたくはないが、鬼神の元に行きこのことを伝えるのがいいだろう。私は鬼神がいる旧糾縄集落跡へ向かった。
旧糾縄集落跡には、鬼神ダイモーンが一人、静かに佇んでいた。
「あの……」
恐る恐る声をかけると、その瞬間、ダイモーンの周囲に光が揺らぎ、モイラとダーレが姿を現した。
「ルイーナ、どうしてここに?」
モイラが眉をひそめた。
「それは、私が聞きたいんですが……」
「私達、四柱で話し合っていたのよ」
「四柱……?」
思わず周囲を見回す。ここにいるのは、どう見ても三柱しかいない。
すると、ダーレが口を開いた。
「縁、結んでないの?」
その言葉が発せられた瞬間、空間が歪み、もう一つの気配が現れる。パナケイアだった。
「人間は、議論の場には不要ではないか?」
パナケイアは淡々と言い放つ。
「私も……大切な人を、その悪魔に奪われています。協力する権利くらい、あると思いませんか?」
私がそう言うと、ダーレが口を開いた。
「まぁ、いてもいなくても変わらないし、いいんじゃない」
「話を戻すが」
ダイモーンが低い声で言う。
「お前の能力で、冥界へ行けるのか?」
その問いはダーレへ向けられていた。
何の話なのか分からず立ち尽くしていると、モイラが私の側に寄り、小さく耳打ちした。
「今ね、あの悪魔を討つ計画を立てていたの。
でも、奴は冥界にいて私達は手出しができないわ」
モイラは続ける。
「だから、移譲神の力を借りようとしていたのよ」
「移譲神は……どんな能力を?」
「詳しくは知らないわ。ただ、複数の能力を持っていて、その中に――魂を操る能力があるの」
魂を操る能力。――スパティアと、同じ。
私の胸が一瞬ざわつく。
「でも、あの悪魔と全く同じ能力ではないと思うわ。能力の性質が違ったりするもの」
モイラはそう付け加えた。
その時、ダーレがダイモーンへ答えた。
「それも、無理だね」
どうやら四柱は、ダーレの能力で魂だけを冥界へ送り込み、スパティアを討つという作戦を考えていたらしい。だが問題がある。魂だけで戦えるのか。そもそも、魂に意識を保たせられるのか。どうやって帰れるのか。どれも不確定だった。
「実験でもしないと分からないな」
パナケイアが淡々と言う。
その瞬間――
「あの、それ……私が引き受けるのはどうですか?」
咄嗟に、私はそう言っていた。四柱の視線が一斉にこちらへ向く。
「そうだね。やってみようか」
ダーレが軽く言った。
「良いわけないでしょ」
その言葉を遮るように、モイラが鋭く言った。
「何で?」
「人間を殺すことになるでしょう。それに、様子はどうやって見るのよ」
しかしダーレは淡々と返す。
「別に殺すわけじゃないでしょ。傷つけるわけでもないし」
「監視用魔具を魂に埋め込めば問題ないな」
ダイモーンが言う。
「でも……」
モイラはまだ何か言いたそうだった。
「心配しないでください、モイラさん」
私ははっきりと言った。今の私にできることは――これしかない。
モイラはしばらく黙り込んだあと、溜息をついた。
「……分かったわ。ダーレ、あなた転移能力は持っていたかしら?」
「あるけど、転移できるのは物だけだよ」
「それでいいわ。赤鉄鉱石を冥界に送りなさい」
「冥界で使えるか分からないけど?」
「それでもいいわ。ないよりはマシでしょう」
「分かった」
そう言ってダーレは、黒い宝石のような石を取り出した。――身代わり石。かつてムリエルから貰ったものと同じだ。
「これも送るといい」
パナケイアが差し出したのは、水晶でできたネックレスだった。
「見たことのない魔具だな」
ダイモーンが呟く。
「かつて、製造神から貰ったものだ。詳しい効果は知らんが、受けた災いを幸福に転換できるものだ。」
ダーレは二つの魔具を両手で握りしめる。力を込め――再び手を開くと、それらは消えていた。
その直後、ダーレが私の方へ歩み寄ってきた。
「監視用魔具を魂に埋め込む」
ダーレの手の中に、小さな白い結晶が現れた。指先ほどの大きさのそれは、内側から微かに光っている。ダーレがそれを手から離すと、白い結晶がゆっくりと宙に浮き、淡い光を放ちながら私の胸元へ近づいてくる。
私は思わず息を呑んだ。
結晶は、触れた瞬間に霧のようにほどけ、そのまま私の体へ吸い込まれていった。胸の奥で、微かに何かが沈み込む感覚がある。
「これで冥界での状況が把握できる。じゃ、行ってらっしゃい」
ダーレが軽く言う。
「さよなら、ルイーナ」
モイラが目を伏せ、小さな声でそう言った。
私は四柱へ、小さく手を振った。
その瞬間――意識を失った。
「……あの人間もう帰ってこないね」
ダーレが淡々と、モイラにそう言った。モイラはただ静かに目を伏せた。
「……不本意だが、今の俺達に他の手段はないからな」
ダイモーンがそう言った。
「動き出すのが遅すぎたな。10年間、我々は何もしてこなかった。無為無策――その結果がこれだ」
パナケイアが静かに呟いた。その言葉の後、短い沈黙が落ちた。
やがてモイラが、ぽつりと呟いた。
「……ルイーナ」
その声は、誰に向けたものでもない。
「私達神は……こういう生き物なの」
モイラは小さく息を吐いた。
「許してちょうだい」
風だけが、崩れた集落跡を通り抜けた。




