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Frange ruinam   作者: S
スパティア編
32/40

向こう見ず

「……あんなふうに言って良かったの?協力してもらった方がいいんじゃない?」


ダーレは歩きながら、隣のモイラへ問いかけた。


「巻き込むべきではないわ」


「でも、力……もうほとんど残ってないんでしょ?」


その言葉に、モイラの足がわずかに止まった。


「……どうして、そう思うのかしら?」


「10年間、存在を認識されなかったからでしょ。まだ覚えてる人がいて良かったね。それに、故意じゃないから、天啓を叛いても罰を受けなかったし」


モイラは小さく息を吐いた。


「……そうね」


少しの沈黙の後、モイラがぽつりと呟いた。


「あの悪魔も……未来を覗いた時、あの神が見えたの。もしかすると、今回の件……彼奴が絡んでいるのかもしれないわ」


「……今、なんか言った?」


「いいえ。何でもないわ」


モイラはそれ以上何も言わず、歩き出した。




モイラには、ああ言われたが、何もしないわけにはいかない。今の私に出来ることは少ない。

それでも――待っているだけなんて、出来ない。


あまり行きたくはないが、鬼神の元に行きこのことを伝えるのがいいだろう。私は鬼神がいる旧糾縄集落跡へ向かった。


旧糾縄集落跡には、鬼神ダイモーンが一人、静かに佇んでいた。


「あの……」


恐る恐る声をかけると、その瞬間、ダイモーンの周囲に光が揺らぎ、モイラとダーレが姿を現した。


「ルイーナ、どうしてここに?」


モイラが眉をひそめた。


「それは、私が聞きたいんですが……」


「私達、四柱で話し合っていたのよ」


「四柱……?」


思わず周囲を見回す。ここにいるのは、どう見ても三柱しかいない。


すると、ダーレが口を開いた。


「縁、結んでないの?」


その言葉が発せられた瞬間、空間が歪み、もう一つの気配が現れる。パナケイアだった。


「人間は、議論の場には不要ではないか?」


パナケイアは淡々と言い放つ。


「私も……大切な人を、その悪魔に奪われています。協力する権利くらい、あると思いませんか?」


私がそう言うと、ダーレが口を開いた。


「まぁ、いてもいなくても変わらないし、いいんじゃない」


「話を戻すが」


ダイモーンが低い声で言う。


「お前の能力で、冥界へ行けるのか?」


その問いはダーレへ向けられていた。


何の話なのか分からず立ち尽くしていると、モイラが私の側に寄り、小さく耳打ちした。


「今ね、あの悪魔を討つ計画を立てていたの。

でも、奴は冥界にいて私達は手出しができないわ」


モイラは続ける。


「だから、移譲神の力を借りようとしていたのよ」


「移譲神は……どんな能力を?」


「詳しくは知らないわ。ただ、複数の能力を持っていて、その中に――魂を操る能力があるの」


魂を操る能力。――スパティアと、同じ。

私の胸が一瞬ざわつく。


「でも、あの悪魔と全く同じ能力ではないと思うわ。能力の性質が違ったりするもの」


モイラはそう付け加えた。


その時、ダーレがダイモーンへ答えた。


「それも、無理だね」


どうやら四柱は、ダーレの能力で魂だけを冥界へ送り込み、スパティアを討つという作戦を考えていたらしい。だが問題がある。魂だけで戦えるのか。そもそも、魂に意識を保たせられるのか。どうやって帰れるのか。どれも不確定だった。


「実験でもしないと分からないな」


パナケイアが淡々と言う。


その瞬間――


「あの、それ……私が引き受けるのはどうですか?」


咄嗟に、私はそう言っていた。四柱の視線が一斉にこちらへ向く。


「そうだね。やってみようか」


ダーレが軽く言った。


「良いわけないでしょ」


その言葉を遮るように、モイラが鋭く言った。


「何で?」


「人間を殺すことになるでしょう。それに、様子はどうやって見るのよ」


しかしダーレは淡々と返す。


「別に殺すわけじゃないでしょ。傷つけるわけでもないし」


「監視用魔具を魂に埋め込めば問題ないな」


ダイモーンが言う。


「でも……」


モイラはまだ何か言いたそうだった。


「心配しないでください、モイラさん」


私ははっきりと言った。今の私にできることは――これしかない。


モイラはしばらく黙り込んだあと、溜息をついた。


「……分かったわ。ダーレ、あなた転移能力は持っていたかしら?」


「あるけど、転移できるのは物だけだよ」


「それでいいわ。赤鉄鉱石を冥界に送りなさい」


「冥界で使えるか分からないけど?」


「それでもいいわ。ないよりはマシでしょう」


「分かった」


そう言ってダーレは、黒い宝石のような石を取り出した。――身代わり石。かつてムリエルから貰ったものと同じだ。


「これも送るといい」


パナケイアが差し出したのは、水晶でできたネックレスだった。


「見たことのない魔具だな」


ダイモーンが呟く。


「かつて、製造神から貰ったものだ。詳しい効果は知らんが、受けた災いを幸福に転換できるものだ。」


ダーレは二つの魔具を両手で握りしめる。力を込め――再び手を開くと、それらは消えていた。


その直後、ダーレが私の方へ歩み寄ってきた。


「監視用魔具を魂に埋め込む」


ダーレの手の中に、小さな白い結晶が現れた。指先ほどの大きさのそれは、内側から微かに光っている。ダーレがそれを手から離すと、白い結晶がゆっくりと宙に浮き、淡い光を放ちながら私の胸元へ近づいてくる。


私は思わず息を呑んだ。


結晶は、触れた瞬間に霧のようにほどけ、そのまま私の体へ吸い込まれていった。胸の奥で、微かに何かが沈み込む感覚がある。


「これで冥界での状況が把握できる。じゃ、行ってらっしゃい」


ダーレが軽く言う。


「さよなら、ルイーナ」


モイラが目を伏せ、小さな声でそう言った。


私は四柱へ、小さく手を振った。

その瞬間――意識を失った。




「……あの人間もう帰ってこないね」


ダーレが淡々と、モイラにそう言った。モイラはただ静かに目を伏せた。


「……不本意だが、今の俺達に他の手段はないからな」


ダイモーンがそう言った。


「動き出すのが遅すぎたな。10年間、我々は何もしてこなかった。無為無策――その結果がこれだ」


パナケイアが静かに呟いた。その言葉の後、短い沈黙が落ちた。


やがてモイラが、ぽつりと呟いた。


「……ルイーナ」


その声は、誰に向けたものでもない。


「私達神は……こういう生き物なの」


モイラは小さく息を吐いた。


「許してちょうだい」


風だけが、崩れた集落跡を通り抜けた。


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