死中求活
ふと意識が戻り、ゆっくりと目を開ける。視界に広がっていたのは、地面を深く抉った巨大な穴と、黒く焼け焦げた大地だけだった。
ついさっきまでそこにいたはずの仲間の姿は、どこにもない。周囲には、ただ静寂だけが残っていた。
「……みんな」
喉の奥からかすれた声が漏れる。おかしい。どうして私は生きている?あの時、確かに――光が私に直撃したはずだ。
ゆっくりと体を起こし、自分の体を見下ろす。だが、傷ひとつ見当たらない。切断されたはずの右腕もある。まるで、何事もなかったかのように。
私はふらつく足取りで立ち上がり、人を探して歩き出した。しばらく進んだところで、見覚えのある女悪魔の姿が視界に入った。
「あの……」
声をかけた瞬間、悪魔は目を見開いた。
「なんでここに人間が?」
驚きの色を隠さないまま、悪魔は私の手を掴み、急ぐように屋内へと連れ込んだ。
「……ここなら大丈夫ね」
そう呟くと、悪魔は懐から小さな手鏡を取り出した。
「それは……」
「人間界に帰ってもらうよ」
「どうして?」
「どうしてって、魔界に人間はいられないからよ」
「どういうことですか?」
――魔界に人間はいられない。そんなはずがない。
悪魔は私をじっと見つめ、眉をひそめた。
「あなた……もしかして、私と会ったことある?」
私はこれまでの経緯を話した。スパティアのこと、あの戦いのことを。
話を聞き終えた悪魔は、小さく息を吐いた。
「そんなことがね……いい、最初から説明するから、よく聞いて」
そう言って、ゆっくりと語り始めた。
「あなたがいた頃から……大体10年は経ってる。そして、その10年前に事件が起きた」
「事件?」
「ハデスの封印よ」
私は思わず息を呑む。
「その犯人がスパティアって悪魔。そいつは……ハデスの役目も、天啓も、力も、その半分を継いでしまった」
「もしかして……」
「そう。今の魔界の管理はスパティアがしてる。新しい規則も作られた。――人間は魔界に入ってはならない。見つけ次第、即処分ってね」
「だから……私を?」
悪魔は首を振り、険しい表情を浮かべた。
「最初は反対する奴も多かったよ。だけどね……」
悪魔は一瞬、言葉を止める。
「反対した魔や人間を、スパティアは次々に殺した。それで誰も逆らえなくなったってわけ」
静かな声だったが、その奥には怒りが滲んでいた。
「しかも、あいつは時々この辺を覗きに来る。もし人間を匿ってるのがバレたら……匿った側も、人間もまとめて殺されるってわけ」
そう言って悪魔は一度深く息を吐いた。
「……というわけで、帰ってもらうよ」
「待ってください」
思わず声が強くなる。
「私には、まだやることがあるんです」
悪魔は冷静に私を見つめた。
「あなたに何ができるの?ネブラも……もう一人の嬢ちゃんも死んだんでしょ」
胸が締め付けられる。
「それでも……このままじゃ」
しばらく沈黙が続いたあと、悪魔は小さく溜息をついた。
「……仕方ないな。ついてきて」
案内された先は、小さな建物だった。悪魔は棚を漁り、やがて一つの物を取り出す。それは、角のついたカチューシャのような装飾だった。
「これを持っていきな」
悪魔はそう言って、それを私に投げ渡した。
「それをつけてれば、多少はマシでしょ。私も今の魔界には不満があるからね。前よりずっと殺伐としてるし」
私はそれを受け取り、そっと頭に装着した。悪魔に軽く頭を下げて立ち去った。
私はカチューシャに触れながら、しばらくその場に立ち尽くした。
――二人は、もういない。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。もし、あの時もっと強かったら。もし、違う選択をしていたら。二人は、まだ生きていたのだろうか。
拳を強く握る。
……でも、立ち止まるわけにはいかない。
ネブラとモラの死を、このまま無駄にするわけにはいかない。私はスパティアの棲家に向かって歩き出した。




