土地神
宿に戻ると、ネブラはすでに椅子に腰掛けていた。
「あれ、もう帰ってたんだ」
モラが先に声を上げた。
私は扉を閉めながら、ネブラを見る。
「それで、何してたの?」
ネブラはゆっくりと私達を見上げた。その表情は、いつになく真剣だった。
「実はな」
短くそう前置きすると、ネブラは悪魔との会話について語り始めた。
土地神の魂が各地で奪われていること。神々との連絡が次々に断たれていること。そして、その裏にスパティアとアニムスが関わっていることを。
話を聞き終えたとき、私達は無意識に息を呑んでいた。
「あのさ――」
モラがそう言いかけた瞬間、宿の外で地面を揺らすような轟音が響いた。
「……何?」
嫌な予感が、背筋を撫でる。私達は急いで外へと出た。
鼻を刺す、濃い腐臭。視界に入ったのは、倒れ伏した魔たちの姿だった。地面は赤く濡れ、血溜まりができている。
その先に、悍ましい黒い影――アニムスが立っていた。
「ひっ……」
モラは涙を浮かべ、震えている。
私は倒れている魔の一人へと駆け寄った。顔を覗き込むと、闘技イベントで戦ったあの妖狐だった。かすかに息がある。
「大丈夫ですか?」
妖狐の唇がわずかに動く。
「あ……」
直後、光が妖狐の首を真横に切断し、首が跳ね飛んだ。断ち切られた首からドロリと血が噴き出し、熱い飛沫が頬に触れた。
妖狐の生首が、目を見開いた表情のまま、ゴロリと地面を転がった。
ゆっくりと振り返ると、すぐ後ろにアニムスがいた。モラが小さく嗚咽を漏らした。
ネブラが怪訝そうにアニムスを見ている。
「どうしたの?」
疑問に思いネブラに問いかけた。
「魂が以前見たものと違うな」
「どういうこと?」
「この感じ、魂は――」
ネブラがそう言いかけた瞬間、アニムスがこちらへ光を放った。反射的に私はモラを突き飛ばした。
光が地面を抉り、衝撃波が走る。
「モラ、大丈夫?」
「う、うん……」
声が震えている。あんなものを見せられたら無理もない。
「そこにいて」
「……嫌、私も戦う」
モラは真剣な眼差しでこちらを見た。私達は顔を見合わせ、立ち上がった。
次の瞬間、アニムスが再び光を収束させた。
「来るぞ」
ネブラはハルバードを振り抜いたが、アニムスに触れた瞬間、通り抜けた。
――アニムスには"魔力を反発させ、霧散させる”という性質がある。
つまり――魔力を帯びた攻撃は無効化される。
なら、純粋な武力で叩き潰すしかない。
アニムスから、一直線の閃光がこちらに放たれ、肩を掠めた。
「ぐっ……!」
私は、地面に打ち付けられた。起き上がった瞬間、光が視界を覆い尽くしていた。
「……死ぬ」
「ルイーナ!」
そう思った瞬間、モラの叫びと同時に、私の周りにドーム状の魔力シールドが展開された。
直後、光がシールドに当たり、激しい衝突音が響いた。
「ありがと――」
そう言いかけた瞬間、濃い気配を背後に感じた。後ろを振り向くと、アニムスがこちらを見下ろしていた。
そして、アニムスから光が放たれた。
「あ……」
その瞬間、眩しい衝撃が私を襲った。恐る恐る目を開けると、痛みも怪我もなかった。
直後、パキッ……と、何かが割れたような音が響いた。
「ボケっとするな」
ネブラが淡々と言い放った。
私は、アニムスから距離を取った。
ポケットに手を突っ込むと、ムリエルから貰った黒い石が粉々になっていた。
――私を守ってくれたのだ。
「ネブラ、魔力は使わずに」
「分かっている」
アニムスが再び光を収束させる。私はアニムスめがけて走った。
「ルイーナ!?」
モラの声を背に受けながら、加速する。閃光が放たれる、ギリギリまで引きつけ、身体を沈める。光が頭上を通り、熱風が髪を巻き上げる。
懐に入り、右拳を叩き込む。硬い。拳の皮が破け、血が滴り落ちる。体を回して、後ろ回し蹴りをした。
アニムスは体勢を崩しながらも、再び光を放つ。
「退け」
私はその言葉を聞き、咄嗟に後ろに飛び下がった。
入れ替わるように踏み込んだネブラが、放たれた光を紙一重でかわし、アニムスを蹴り飛ばした。巨体が宿の外壁に叩きつけられ、激しい音と共に壁が抉れる。
アニムスは、即座に起き上がりこちらに光を飛ばした。
――まずい。
先ほどの着地で足を挫いて避けられない。
その瞬間、モラが口を開いた。
「任せて!」
私の周りにまたドーム状の魔力シールドが展開された。直後、光がシールドに当たり、激しい衝突音が響いた。
――だが今度は、シールドの表面に大きなひびが入った。
「……早く、お願い!」
モラが息を切らしながら呟く。
「上だ」
ネブラに言われるより早く私は跳んだ。空中で身体を丸め、回転をする。落下の勢いを乗せてアニムスの脳天へ踵落としを叩き込んだ。
アニムスが絶叫するように光を乱した。衝撃波が迫る。両腕で顔を庇いながら踏み込んだ。衝撃で皮膚が裂け、血が飛ぶ。
「終わりだ」
ネブラが背後からアニムスを腕で弾き飛ばした。
アニムスはそのまま崩れ落ち、身体から黒い光が引き抜かれるように溢れ出し、霧となって消滅した。
「終わった?」
「あぁ良くやったな、お前ら」
「大丈夫、ルイーナ?」
「平気、それより魂が違うの?」
ネブラは頷くと淡々とこう言い放った。
「今戦ったものは、土地神の魂の集合体だ」




