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Frange ruinam   作者: S
魂編
22/39

涓埃之功

「私が彼女に魔力を譲渡して、そこの悪魔がもう一人の少女に譲渡すればいいんじゃないか」


ムリエルはそう言い、悪魔を見た。


「それはダメだよ。公平性に欠けるし」


悪魔は、きっぱりそう言って首を振った。

ムリエルがくすりと笑う。


「私は無理なのに、この悪魔はありなのかい?」


「うん」


悪魔はあっさりと頷く。その様子を見て、ムリエルはさらに笑みを深めた。


「このことを上役に報告したら……きっと問題になるね」


余裕のある声音だった。

悪魔の表情がわずかに引きつる。


「……分かったよ」


悪魔は小さく舌打ちした。


「じゃあ、そこの人間の嬢ちゃん二人でいい?」


「あぁ」


ネブラが短く答えた。


次の瞬間、空中に淡く光る塊が現れた。それはふわりと揺れながら、ゆっくりと私とモラの体へ溶け込んでいった。


魔力が増えたことが、はっきりと分かった。


「ちゃんと見える!」


モラは周囲にいる魔を見回しながら、そう言った。


「じゃ、ネブラは借りてくね」


悪魔はそう言って、ネブラの腕に絡みつく。ネブラは露骨に顔をしかめた。


「……触るな」


ネブラは悪魔に引きずられ、二人は奥へ消えていった。


モラがこちらを向く。


「どうしようか?」


「……スパティアの棲家のことなんだけど」


「ああ……前に行ったところ?」


「そう。もう一度、見に行かない?」


「何で?」


モラの問いに、私は、ほんの少しだけ視線を逸らした。


「少し……気になることがあってね」


「……分かった」


モラは短く頷いた。私達は、シニステル領の最南端へと向かって歩き出した。



「着いたよ」


軋む音を立てながら、私達は慎重に扉を押し開けた。中へ一歩踏み込んだ瞬間、カビと古紙が混ざった匂いが鼻を突いた。


「何度来ても、嫌な感じ」


モラは眉をひそめ、小さく呟いた。


「それで、何が気になったの?」


私は答えず、ゆっくりと部屋を見渡した。

机の上、散乱した書類、床、窓枠、すべてに埃が積もっている。


でも――


「……あそこ」


私は右奥の壁際の本棚を指差した。


「本棚? それがどうしたの?」


モラが首をかしげる。


「前に来た時、あの棚を少し触ったんだ」


私は棚板を指でなぞる。指先に、ほとんど埃がつかなかった。試しに、すぐ横の本棚を撫でると、白い粉がふわりと舞い上がった。


「……ここだけ、埃が積もってない」


モラの表情が変わる。


「本当だ」


部屋の他の場所は、完全に放置されている。なのに、この本棚だけが――妙に“最近触られた”痕跡を残している。


「誰かが来ている」


私は低く呟いた。


「スパティア?」


「かもしれないね」


私は本棚に並ぶ本を一冊ずつ目で追う。その中で、一冊だけ異様に目を引く本があった。


他の本よりも、さらに古びている。表紙には何も記されていない。ただ、擦り切れた革の質感だけがそこにあった。


私はそっと手を伸ばし、その本を抜き取る。静まり返った部屋に、紙が擦れる音だけが響いた。


私はゆっくりと、ページを開いた。


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