無色の正体
観客席には、ムリエルが俯いたまま座っていた。
「あの、大丈夫ですか?」
思わずそう声をかけると、ムリエルがゆっくり顔を上げた。
「君は、3回戦目の……」
ムリエルはそれ以上言わなかった。
私は彼女の隣に腰を下ろした。
「話さなくてもいいと思っていたんです」
「えっ……?」
ムリエルがこちらを見る。
「気づいたことが少し重くて、打ち明けるのが怖かったんです。でも、口に出してみたら……なんだか、心が軽くなった気がしました」
ムリエルはこちらを見たまま、何も言わない。
「無理に話さなくていいですけど、一人で抱え込まないでくださいね」
そう言って立ち上がろうとした、その時。
「……話、聞いてくれない?」
小さな声だった。
「もちろん」
私はもう一度、静かに座り直した。
「昔、色々あって悪魔と契約したんだ。……それで、人間界に居場所を失って、魔界に逃げ込んだ」
――この人も契約者なのか。
「でも、魔界にも私の場所は無かったんだ。最初から居場所のある君達を羨ましく思うよ」
ムリエルは遠くの観客席を見つめる。
「私は人間でも魔でもない。何色にも染まれない。……私って何だろうね」
彼女は小さく笑った。
「私も、自分が何者か分からないです」
「えっ……?」
「でも、それでいいと思ってます。何者かである必要はありませんから。それに、私達は何色にもなれますよ」
しばらくの沈黙のあと、ムリエルはふっと笑った。
「確かに……少し心が軽くなった気がするよ」
そう言うと、彼女は黒い宝石のような石を取り出した。
「これ、古くから持ち主を守る『身代わり石』として言い伝えられている石なんだ。君にあげるよ」
「いいの?」
私が問いかけると、ムリエルは肩をすくめた。
「君、何か大変そうだからさ。ああ、それと……精神的な攻撃は防げないから気をつけてね」
差し出された石は、吸い込まれるような漆黒で、鏡のような光沢を持っていた。手のひらに乗せるとかなり重い。
ムリエルは椅子から立ち上がると、前に立つネブラとモラに気づいた。
「お前、呼ばれているぞ」
ネブラがムリエルにそう告げる。ムリエルは小さく息を吐き、こちらを振り返った。
「こんなに話したの初めてだな……ありがとう」
ムリエルは、闘技場の入り口へと歩き出した。私達も、その背中を追った。
闘技場の前には、女の悪魔が立っていた。
「二人とも揃ったね」
そう言って、悪魔が続けようとした瞬間――
「他の者に魔力を譲渡することはできるか?」
ネブラが割って入った。
「「えっ?」」
私とモラの声が重なった。
悪魔が目を見開いた。
「ネブラが勝ったでしょ?」
「それで……出来るのか?」
悪魔は一瞬顔をしかめた。
「公平性に欠けるから、本来はできないよ」
そう言ってから、何か思いついたように笑う。
「でも――ネブラが一日中、私に付き添ってくれるなら、特別に認めてあげる」
「何故、そんな事をしなければならない」
ネブラが低く言った。
「嫌なら、この話はなし」
悪魔は肩をすくめた。ネブラはしばらく考え、やがて小さく溜息をついた。
「……分かった」
「えっ!?」
モラがネブラの袖を掴む。
「何でそんな事するの?」
「お前の方が、魔力が少ないからだろ」
ネブラは淡々と答えた。私は思わず口を挟む。
「あの悪魔、色仕掛けで命を奪うって言ってたよね。危険じゃない?」
ネブラは鼻で笑った。
「我が、その程度で殺されると思うか?」
私達は顔を見合わせ、首を振った。
悪魔が楽しそうに問いかける。
「じゃあ、誰に譲渡する?」
ネブラは迷わず言った。
「こいつに」
ネブラはそう言って、モラを見た。
「え、でも……ルイーナの方がいいんじゃないかな。私は弱いし……」
モラは視線を落とした。
その時。
「それなら、私が譲渡すればいいんじゃないか」
ムリエルが一歩前に出た。その表情からは先ほどまでの迷いが消え、どこか吹っ切れたような明るさがあった。




