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〜終点世界の歩き方〜  作者: 漣 カコイ
第一章 大人になれない国
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4、教えて



まぶたの裏に残っていた痛みが、じわりと薄れていく。少年はゆっくりと目を開けた。


天井は見知らぬ木目。外はもう陽が落ちていた。


部屋には乾いた薬草の香りが漂い、遠くから暖炉のはぜる音が聞こえる。自分の顔や腕には包帯が巻かれ、掛けられた毛布は驚くほど温かい。


「……ここ、どこ……?」


かすれた声が室内に溶けたその時、ベッド脇の椅子でうとうとしていたタルトが、微かに肩を揺らした。


薄く開いた瞳が、まっすぐ少年を見る。その瞳には、安堵と、ほんの少しの心配が残っていた。


目が合った瞬間、少年の胸がびくりと震えた。背中に冷たいものが走る。


知らない顔。まったく見覚えがない。


「……起き、起きたんだな」


タルトの声は裏返って不安定だ。優しい声を出そうとして変にからぶっている。少年には、奇妙な声が怖かった。


「だ、誰……ですか……?」


少年は自分の声が震えているのがわかった。それを隠す余裕もない。

タルトは椅子から身を乗り出すでもなく、ただ様子をうかがうように見つめていた。


少年は布団を握りしめ、逃げ道を探すように視線を揺らした。


タルトはその様子に気づいたのか、近づかないように 一度息を整え、両手を胸の前で軽く上げて見せた。敵意がないと、必死に伝えるみたいに。


「大丈夫だぞ、怖がらなくて。俺はタルト。冒険者だ。最近王都に来たんだ」


タルトはゆっくり近づくと見せかけて近づかない。少年が怯えている距離を、慎重に守りながら座ったまま動かない。


「君は?」


少年は勇気を振り絞るように声を押し出す。


「あ、アーク……。家は、魔術書物を売ってる」


「アークか。良い名前だな!そっか、家は魔術書店なんだな」


アークはコクリと小さく頷く。その肩は僅かにまだ震えていた。


タルトは困ったように眉を下げ、でも急に深刻な雰囲気にしないように、わざと軽く息をついた。


「……ああ、そんなに怖がらなくていいぞ。俺、怪しい者じゃないぜ。ほら、見て? 角も牙も生えてないし」


タルトは自分の頭と口元を指さして、「牙チェックどうぞ」と言わんばかりに小さく笑ってみせた。


その軽い冗談は、押しつけがましくなく、怯えた空気を少しだけゆるめるための、ごく控えめなふざけ方だった。


少年は驚いた顔のまま、でもほんの一瞬だけ、目の揺れ方が変わった。

完全な恐怖ではなく、「この人……何してんの?」という戸惑いが混じる。


タルトはその変化を見逃さない。むしろ安心したように口元が緩んだ。


「な? ただの人間だろ?……まあ、寝癖はすごいけど」


わざと自分の髪をぐしゃっとかき上げて見せる。

その動きが少し大げさで、子供を笑わせようとするみたいだった。


「俺さ、ちょうどアークと同い年くらいの妹がいてさ。半年くらい前に一緒にこの国に引っ越してきたんだ」


「同い年………そう、なんだ」


「そそ。俺は16で妹のリアが11歳。こんだけ歳が離れてんのにリアは俺よりずっと大人でさ」


部屋の空気はまだ緊張の名残を抱えていたが、さっきまでのような刺すような恐怖は、少年の瞳からなくなりつつある。


「なぁ、無理に喋らなくてもいいけど」


タルトは言葉を選ぶように、指先で自分の膝を軽く叩きながら続けた。


「アークはさ、兄弟とか……いる?」


アークはびくっと体を固くした。

けれど、タルトの声色が急かしてないのが分かったのか、震えるまつげがゆっくり下を向く。


しばらく沈黙があった。


「……い、妹が……」


かすれた声が、布団に吸い込まれそうに小さくこぼれた。と同時に、アークの瞳から雫がポツポツと落ちる。

タルトは涙を受け止めるように、静かにうなずいた。


「そっかぁ。俺と一緒だな。兄ちゃん同士だ」


イタズラな笑みを浮かべるタルトを横目にアークは唇を震わせて続けた。


「も、もう……いない」


「__!」


言い終えた瞬間、少年の肩が大きく震えた。


その言葉を聞いたタルトはふっと息を止めたように、表情が固まった。


一瞬だけの沈黙。


「もういない」その言葉にどれほどの想いが込められているのだろうか。違和感が交差する。聞きたいことはある。だが、それは自分もアークに本当のことを語った後でないとダメだと思った。


だからタルトは「そっか」と短くし、そして、本当はな、と続ける。


「この国に妹と引っ越してきたって言ったけど、実際は連れて来られたんだ。ストル伯爵って奴に。当時、盗賊団として暗躍してた俺に恨みをもっていた奴らが妹を攫ってストル伯爵に売りつけた」


「えっ」


「そっからは妹を盾に言いたい放題されてバカみたいに働いた。豚野郎のためにな。だから冒険者ってのも嘘。本当は盗賊なんだ俺。汚いんだ」


大地を自由に駆け回り敵と戦う戦士なんかじゃない。盗みに殺し、やれることは大抵やったただの血生臭い奴。


「生きる価値のない、薄っぺらい人間だ。最低だろ?」


問いにアークは黙ってコクリと頷き、タルトはヘラヘラと笑う。


「アーク、俺のことは空気みたいなもんだと思って構わない。だから教えて欲しい」


妹のことを。


あの広場でのことを。


アークが『助けて』とか書かれた葉を吊るそうとした瞬間、それを許してはならないと襲いかかった大人達の狂気を。


タルトが街を観察した時に、いや、王都に近づくにつれ気づいた異常なまでの子供の少なさを。


「この街の秘密を教えて、アーク」






















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