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〜終点世界の歩き方〜  作者: 漣 カコイ
第一章 大人になれない国
4/6

3、幸福度



ストル伯爵領・ミレナ村が在る国、『アレミア王国』。地図の片隅にひっそりと光る国である。


国土は騎士の盾ほどの大きさしかないが、夜空に浮かぶ月のように穏やかな光を放っている。

小国にも関わらず国民の幸福度が高いと言われている国だ。


この国の幸福度が高い理由は、金銀財宝でも兵力でもない。風を聴くように相手の声に耳を傾ける人々の心の柔らかさにある。


朝になると、窓辺の花鐘がチリンと鳴り、住民たちは自分の幸福度を色で伝える。


『青』は落ち着き、『緑』は健康、『金』色は最高にハッピー。


その色を聞いて、近所の人はそっと差し入れを持って行ったり、一緒に散歩に誘ったりする。助け合いは義務ではなく、「自然とそうしたくなる風」のように広がっている。


王都の広場には「願いの樹」が立っており、誰でも自分の願いを葉に乗せて吊るせる。


すると、その願いを読んだ誰かができる範囲でそっと手を貸す。叶うかどうかよりも、誰かが自分の願いを知ってくれているという安心が幸福を育てている。


小国だが、笑顔の総量は大国よりずっと大きい。大人達はいつまでも子供のように無邪気な笑顔を忘れない。


故に、巷ではアレミア王国のことを人々はこう言う「大人になれない国」と。





「兄ちゃんこのパンも持っていきな!」

「ウチの果物も持っていきんさい」

「うちのもうちのも!」


ここは居心地が良い。そしてどこか気持ちが悪い。王都に入ったタルトがまず感じたのはそれだった。


他国から移住してきた、というよりストル伯爵に連れて来られる形で妹と共にアレミア王国にやってきたタルトにとって王都は初めて訪れる場所であり未知の土地。


にも関わらず、王都に到着してはや2日。この街は妙に身体に馴染む。


ずっと前からこの街に住んでいたかのような感覚に気持ち悪さを覚えてしまう。


「はぁ」


ため息をつきつつ先ほどもらったパンを見つめる。おじさんから差し出されたのは、焼きたての蜂蜜パン。生地の端が少し焦げていて、そのほろ苦さが逆にいい匂いを立てていた。温かいパンを片手に、王都の坂道を登る。


一口かじると、外はカリッと香ばしく、中はふわっと甘い。噛むたびに蜂蜜がとろりと溶けて、歩く足取りまで軽くなる。


坂の上から見下ろす王都は、驚くほど柔らかい光に包まれていた。石畳は夕陽を含んで金色に輝き、家々の屋根は赤と青のパッチワークみたいに並んでいる。道端では、見知らぬ住民同士が自然に声をかけ合い、笑いながら野菜や果物を交換していた。


パンを食べ終え、果物を手のひらで転がしながら王都を見渡すと、胸の奥がじんわり温かくなった。豪華な建物も、立派な塔もない。


なのに、この国の空気には「誰もが誰かの幸せを少しずつ支えてる」感じが満ちている。


その優しさを噛みしめるように、またひと口。


この国の味は、やけにやさしい。


気づけば願いの木がある広場に足を運んでいた。タルトは王都にやってきて以来、よくこの広場に来ていた。この広場がこの国の優しさの源である気がしてタルトは好きだった。


だからこの日、目の前の光景に目を疑った。


広場に響くのは少年の呻き声と無慈悲に振り下ろされる拳から鳴る肉が弾む鈍い音。


周りの大人達はを当たり前の儀式のように黙って見守っていた。泣く者も、止める者もいない。ただ、決められた「幸福の秩序」が静かに少年を包み込んでいた。


「お、おい……や、やめろって!」


目の前の残忍な光景にタルトは思わず走り出す。しかし、その足を灰色髪の少女が腕を掴んで止めた。


「ダメだよ。止めちゃ」


「えっ___」


この少女はいつから隣にいたんだ。


突然現れたように見えた少女にタルトは言葉を失う。それに、タルトはその少女に見覚えがある気がした。しかし、思い出せはしない。


「止めちゃダメ」


「なん……えっ」


混乱して目先の少年と少女を交互に見る。暴行を受けていた少年は血を流しながらその場に倒れ伏し、周りの大人達は皆はけ始めていた。そしてもう一度少女を見る。


だが、そこには誰もいなく、掴まれていた腕に人の暖かさがあるだけ。


「今……なんで、……立ち止まった?」


覚えていない。


分からない。


「あ、いやっ」


そんなことよりもだ。タルトは駆け出して少年のそばまで行き抱き抱える。


腕の中に抱き上げた瞬間、相手の身体がふっと沈むように重く感じた。

筋肉の張りがなくて、まるで水の入った袋を抱えているみたいだ。


「なんて酷い……っ」


歳は10歳くらいだろうか。ぐったりと体を預ける少年と妹の姿がタルトの頭の中で重なった。


タルトは思わず顔をしかめた。眉は寄り、唇の端はぎゅっと結ばれ、視線は大人達を突き刺すように睨みつける。


タルトは少年を抱いたまま自分が宿泊している宿に向けて走り出した。


その様子を大人達は目を細めて静かに笑って見ていた。無邪気な子供のように。













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