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〜終点世界の歩き方〜  作者: 漣 カコイ
第一章 大人になれない国
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1、万能霊薬



深い緑に抱かれたその村には、風の音さえもどこか穏やかに聞こえる静けさがあった。

朝露をまとった草原は陽の光を受けてきらめき、小川のせせらぎはまるで昔話の旋律のように耳に心地よい。


家々からは焼きたてのパンの香りがふわりと漂い、村人たちは互いに挨拶を交わしながら、ゆっくりと一日のはじまりを迎える。自然と人の暮らしが溶け合うその景色は、見る者の心をそっと撫でるような、優雅で満ち足りた静寂に包まれていた。


ここはミレナ村。


体に痛々しい傷を残す薬屋の店主と灰色髪の少女も軽く体を伸ばすと荷台を開き、朝の準備を始めた。


男が荷台の覆いをめくると、木箱や麻袋がひんやりとした朝の匂いをまとって並んでいる。


店主は腕まくりをし、まずは重たい箱から慎重に地面へと降ろしていく。


その傍で少女は、香草や薬草の入った軽い籠を抱え、馬車前へ運び込む。魔法袋から棚を落として拭き、並べる場所を確かめながら、一つひとつ商品を丁寧に並べていく。


やがて荷台は空になり、店の前には整然と積まれた木箱と、開店を待つ静かな活気、目の前に現れた黒いローブの青年の濁った水面みたいに光を跳ね返す力を失った瞳が目についた。


「シオン=リーグヴァンさん、、であって、ますか?」


「……あぁ」


青年と男シオン、二人のあいだに流れる空気は、どこか薄く張りつめていた。


「俺、、僕はタルト=タタン。しがない冒険者をして…ます」


「あぁ」


「薬を盗ん、じゃなくて持って帰るのはいえ、えっと、売って欲しくて」


「あぁ。何が欲しい」


「普通の、、塗り薬を。火傷の」


言葉を交わすたび、青年の瞳は相手の表情をそっと探るように視線が揺れ、ほんの一瞬の沈黙さえ重く感じさせる。


「では塗り薬と200ゴールドお返しで」





「やばいやばいやばいやばいぃっっ!」


なんだあの殺気の圧は!ナイフを突き立てられたかのような恐怖。殺されるかと思った!


塗り薬を握り締め、青年タルトは山道を駆け下りる。


足は、もはや自分の意思で動いているのか分からないほど必死だった。息は荒く、胸の奥で焼けつくように痛むのに、それでも立ち止まるという選択肢は一瞬たりとも浮かばない。


背後で何かが枝を踏み砕く音がして、そのたびに心臓が凍りつく。


振り返る勇気もないまま、ただ地面を蹴り、転びそうになる身体を必死で支える。左ポケットにはずっしりとした重みを感じさせる菱形の容器。


「万能霊薬……っ!これがあればっっ」


妹を助けられる。


噂は本当だった。傷だらけの男が店主をしている移動するシオン薬処にはどんな傷も病気も完治する薬『万能霊薬』が存在しすると。


俄かに信じきれていなかったがまさか。


「本当にあるなんてぇっよっ」


万能霊薬、その一滴で折れた骨を音もなく元の形へと戻し、深い傷口は光を吸い込むように閉ざしていく。


毒も呪いも病も、近づいた瞬間に霧のように消え失せ、飲んだ者の体からはふっと重さを消し去る。


万能霊薬は「治す」のではなく、存在そのものを「正しい姿」へと還す。

そのため、どれほど不治と呼ばれた病であっても、どれほど古い呪いであっても、たった一口でまるで記憶から消え去ったかのように影も形も残らない。


それどころか、飲んだ者の身体には淡い光が宿り、

しばらくの間、疲労も痛みもまったく感じなくなると言われる。


まるで、大地そのものが祝福を与えたかのように。


かの魔王を討った初代勇者の一人が残した現代を生きる遺物の一つ、それが万能霊薬である。


他国の王達が喉から手が出るほど欲しがるそれは、5年前、勇者の館から何者かに持ち出されたっきり見つかっていなかった。


「なんであんな店主が……。いや、番人として納得の迫力ではあったけど。よくすった偉い俺!」


タルトの適性職業は【盗賊】。手癖の悪さが彼の武器だった。


「悪く思わないでくれよシオン=リーグヴァン。命かかってんのさ」


額から汗を垂らしながら頬を歪ませるタルトはより強く地面を蹴って前へ進む。半日ほど経った頃だろうか、タルトの視線の先に目的地が見えた。屋敷だ。


その敷地を囲む黒鉄の門は重厚で、細工はまるで芸術品のように緻密。門の奥には、磨き上げられた白い石畳の道がまっすぐ続き、両脇には季節の花々が整然と並んでいる。


屋敷そのものは三階建てで、壁は淡いクリーム色の石材。陽に照らされると金色の光を帯び、まるで誰かが外壁に魔法をかけたかのような輝きを放つ。


大きな窓には豪奢な装飾が施され、中央の玄関には、太い柱が堂々と立ち並び、その上には家紋の刻まれた紋章が掲げられていた。


まるで屋敷そのものが、地位と歴史を静かに語っているかのようだった。


そこに近づくだけで、人は誰もが思う。

「これはただの家ではなく、身分そのものを形にした場所だ」 と。


「ストル伯爵……待ってやがれ豚野郎」


その時、屋敷を見て悪態をつくタルトの左ポケットの万能霊薬を通して、少女の目にも屋敷が映った、気がした。

















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