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ナルシスト公爵と引きこもり令嬢の不本意なロマンス  作者: はるさんた


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第九話:書庫の番人と黄金のテロリスト

北方の旧城塞での新婚生活は、「公爵妃の静かな書斎生活」と「公爵の熱烈な寵愛(=昇降機テロ)」という二つの極端な日常によって構成されていた。


カエサルのルーティンはこうだ。朝、完璧に身支度を整え、己の美貌を鏡で確認する。そして、彼の美しさに劣る王都の公務を無視し、黄金の昇降機に乗り込む。


キィィィィィン……


昇降機の駆動音は、今やアメリアの書斎の「緊急警報」となっていた。


「来たわね」


アメリアは、その音を聞くや否や、読んでいた古文書を閉じ、瓶底眼鏡の奥の瞳を鋭くさせた。彼女の引きこもり生活を脅かす黄金のテロリストの襲来だ。


昇降機が停止し、扉が開くと、そこには決まって完璧な笑顔のカエサルが立っている。


「アメリア! 私の愛しい引きこもり姫! 今日の私の美貌は、昨日のものよりさらに洗練されているぞ。これを独占する君は、世界一幸福な人間だ!」


カエサルは、書庫の堅苦しい空気を一瞬で彼のナルシストオーラで塗り替える。


「公爵様。ここは神聖な書庫です。貴方様の過剰な光は、古文書の保存環境に悪影響を及ぼします。お引き取りください」アメリアは、冷静に、環境問題を持ち出して撃退を試みる。


カエサルは、アメリアの言葉にさらに喜んだ。「君はいつも、私を自然の驚異として扱ってくれる! 素晴らしい。だが、古文書よりも、私という生きた芸術品を愛でるべきだろう」


そしてカエサルは、アメリアが座っていた椅子を奪い、そこに優雅に腰掛ける。


「さあ、アメリア。君の読んでいるものは何だ? 私の退屈を殺せるほどの魅力があるのか、この紙の束には」


アメリアは、奪われた椅子を静かに見下ろし、諦めたように言った。「それは、中世の修道院で使われていた薬草の調合に関する写本です。公爵様の退屈を殺す要素は皆無かと」


「馬鹿め。私に魅力的でないものなど、存在しない!」カエサルは強弁し、写本を開く。もちろん彼は写本の内容など読まない。彼は、自分の美しさを背景に、知識を探求する孤高の令嬢の隣に座る、完璧な夫という構図を演出したいだけなのだ。


アメリアは、諦めて書庫の隅の階段に腰掛けた。


「あの……公爵様。そこに座られると、照明の加減で貴方様の金髪が写本の羊皮紙に反射して、字が全く読めません」


「フフフ。それが、私の愛の策略だ。私を見つめろ、アメリア。私こそが、君にとって読むべき最も重要な書物だ!」


アメリアは深いため息を心の中で吐き出した。(この人は、本当に仕事がないのだろうか? いや、ユリウスが必死で王都で公務を処理しているはず。つまり、この人はサボっている)。


アメリアは、ふとカエサルの横顔を見た。彼の完璧な黄金の髪と、長い睫毛が落とす影は、まるでルネサンス絵画から抜け出たようだ。彼女は、美しさについては、彼が世界の頂点にいることを認めざるを得ない。


「公爵様」アメリアは静かに尋ねた。「貴方は、毎日私の書庫に侵入して、何が楽しいのですか?」


カエサルは、アメリアからのストレートな質問に、少し驚いたように写本から顔を上げた。


「何だと?」


「退屈しのぎ、と仰いましたが、毎日同じ場所で同じように私の邪魔をしても、すぐに飽きるのでは? 私は、貴方の飽きこそが、私の静寂を取り戻す唯一の鍵だと考えています」


カエサルは、アメリアの真剣な瞳を見て、初めてナルシストの仮面の下にある本音を吐露した。


「……飽きない。なぜなら、君は常に私を無視するからだ」彼の声は少し低かった。「他の誰もが、私の美貌を貪るように見る。だが、君だけは、常に君自身の世界に閉じこもっている。その扉を、私が愛の力で破ろうとする。その攻防こそが、私にとって、この世界で唯一、飽きることができないゲームなのだ」


「ゲーム……」


「そうだ。そして、君が知的な逃亡を続ける限り、私は君への興味を失わない。だから、アメリア。私を飽きさせないために、もっと熱心に引きこもってくれ」


アメリアは、カエサルの**「私を飽きさせないでくれ」**という、究極のナルシスト的懇願を聞き、微かに笑った。それは、瓶底眼鏡の奥で、ヘーゼル色の瞳が細くなるほどの、小さな笑みだった。


「承知いたしました、公爵様。私の引きこもりは、貴方様の愛への最高の奉仕だと理解いたしました」


アメリアはそう答えると、階段から立ち上がり、カエサルに近づいた。


「では、私はこの調合薬のページをコピーしたいので、貴方様の光が届かない、奥の隅で作業させていただきます」


カエサルは、アメリアのこの**「ゲームへの参加」**のような返答に、心底喜びを感じた。


「ああ、素晴らしい! 君はやはり、私の運命の妃だ!」


カエサルは再び写本を閉じ、アメリアの背中に向かって、優雅に呼びかけた。


「だがアメリア。君がその光の届かない隅に引きこもっている間に、私は次にどんな昇降機テロを仕掛けようか、考えるのが楽しみだぞ」


アメリアは、書庫の奥深くへと歩きながら、静かに、そして楽しそうに呟いた。


「勝手にしてください。……ただし、昇降機の騒音が、稀覯本にとっての最悪の環境汚染となることは、お忘れなきよう」


こうして、書庫の堅固な石壁と、黄金の昇降機を巡る、ナルシスト公爵と引きこもり令嬢の、スリルに満ちた新婚生活は、静かに、しかし確実に続いていくのだった。



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