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ナルシスト公爵と引きこもり令嬢の不本意なロマンス  作者: はるさんた


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第五話:公爵の寵愛と令嬢の毒舌

婚約が正式に発表されて以来、カエサル・オーギュスト・ド・ヴェルサイユ公爵は、グリム侯爵邸の「常連客」と化していた。


侯爵家にとって、それは最大の光栄であると同時に、最大の疲労の源でもあった。カエサルは、アメリアに会いに来るだけでなく、その都度、彼の美貌を賛美するにふさわしい最高級の贈答品と、彼自身の「刺激的な美しさ」を運んできた。


「アメリア。今日も君の瓶底眼鏡は、私の光を反射して、まるで知性のベールを纏っているようだ。美しい」


カエサルは、グリム侯爵邸の応接室のソファに深々と腰掛け、アメリアに熱烈な視線を送る。今日の彼は、白金の髪に真紅の絹のベストを合わせ、まるで太陽神のような輝きを放っていた。


アメリアは、その眩しい光を瓶底眼鏡で受け止めながら、心の中でため息をついた。


(公爵って、暇なの?)


婚約成立からまだ二週間。この二週間、カエサル公爵は王都で最も多忙な人物であるにもかかわらず、侯爵邸への訪問を一日も欠かしていない。しかも訪問はいつも午後の、最も読書に適した時間帯だ。


「公爵様。私の知性は、貴方様の退屈を紛らわせるものではありません。それに、私の眼鏡は、単に度数が強いだけです」アメリアは淡々と答えた。


カエサルは、この「謙遜」がたまらないらしい。


「フフ。君のその素っ気なさが、私への最高の賞賛だと知っているぞ。他の女たちが私を前にして卒倒する中で、君だけが冷静に私という謎を分析しようとしている。ああ、その知的な挑戦こそ、私が求めていたものだ」


(違う。私は貴方の顔面の造形を分析しているわけではなく、貴方の退屈度と、それが私の引きこもり計画に与える影響を分析しているだけよ。分析の結果、公爵の退屈は臨界点に達しており、私の離宮建設資金は青天井だと予測できる)


アメリアは、心の中で冷静なレポートをまとめた。


カエサルは、秘書ユリウスに命じて届けさせた、豪華な包みをアメリアに差し出した。「これを受け取れ。君の要塞(書庫)にふさわしい装飾だ」


アメリアが包みを開けると、中には精緻な細工が施された**白金製のルーペ(拡大鏡)**が入っていた。もちろん、カエサルの紋章入りだ。


「……ルーペ、ですか」


「そうだ。君はいつも本ばかり読んでいるからな。私の美を、より細部にわたって観察する際にも使えるだろう」


(私は稀覯本の活字や装丁を観察するのに使うのよ。貴方の肌のきめを観察する趣味はないわ。そして、このルーペ代で、アンティークの地球儀をもう一つ買えたはずよ)


アメリアの表情は変わらないが、心の中では予算配分の不満が渦巻いていた。


その時、応接室の扉がノックされた。ユリウス・ローラン男爵だ。彼は漆黒のスーツを完璧に着こなしているが、目の下には隠しきれない隈ができていた。


「カエサル様。失礼いたします。次週の王室主催の慈善晩餐会の衣装合わせと、サール公爵との面談の準備が――」


「ユリウス。今、私はアメリアと、互いの魂の深淵について語り合っている最中だ。貴様の凡庸な事務処理は後にしろ」カエサルは一蹴した。


ユリウスは、アメリアと侯爵夫妻に深々と頭を下げた後、カエサルに向けて、静かに、しかし明確な皮肉を込めて言った。


「カエサル様。愛は、時間と注意力を要します。そして、公爵家の維持には、金と政治力を要します。愛の成就に夢中になるあまり、公爵としての責務をお忘れになりませんよう」


「貴様は口が過ぎるぞ、ユリウス!」


「おっしゃる通りでございます。では、私はアメリア様の『北方の旧城塞』の書庫増築のための石材発注と、雪に閉ざされた際の食料備蓄の手配に戻らせていただきます」


ユリウスは、カエサルのナルシスト的寵愛と、アメリアの引きこもり野望のどちらにも配慮しつつ、カエサルへの皮肉を込めて、見事に退室していった。アメリアは、ユリウスの背中に向かって、心の中で深く感謝の念を送った。彼は、カエサルの行動を抑制できる唯一の共犯者だ。


「ユリウスも私の寵愛が理解できない、哀れな男だ」カエサルは鼻で笑った。


アメリアは、ルーペを上品にテーブルに置き、本音を混ぜた質問を投げかけた。


「公爵様。ユリウス様の言う通り、貴方は多忙な方。それなのに、連日、侯爵邸までお越しになるのは、やはり公爵として暇なのでしょうか?」


カエサルは、アメリアの直球の問いに、さらに歓喜した。


「ああ、君は本当に面白い。そうだ。暇だ。世界は私という美の存在を前に、退屈しきっている。だが、君といる時は違う。君は常に、私に新しい謎と、逃亡という挑戦を与えてくれる」


カエサルは身を乗り出した。「アメリア。私は君とのスリリングなゲームが始まるのが待ちきれない。君が北の城塞に引きこもる日を、私は指折り数えている。そして、私が私専用の昇降機を使って君の書斎に不意に現れ、君の静寂を破る瞬間が、私にとって最大の刺激となるだろう!」


(私が書斎で最も集中している時に、あの美の塊が昇降機で突然現れる…? それは確かにスリルではなくテロだわ。だが、昇降機の設置費用で、百年前に絶版になった『植物図鑑』の原本が買える…!)


アメリアは、カエサルの干渉テロを心の中で換金し、その驚愕を封じ込めた。


「そうですか。公爵様がご満足いただければ、それで結構です」


アメリアは微笑みさえ見せず、冷静に答えた。カエサルは、その無感情な瞳の奥に「私への揺るぎない愛」を見たと思い込み、さらに満足げに笑った。


こうして、婚約期間は、公爵の過剰な「寵愛(=干渉)」と、令嬢の冷徹な「引きこもり計画(=資金計算)」という、スリルと疲労に満ちた日々が続いていくのだった。


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