表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ナルシスト公爵と引きこもり令嬢の不本意なロマンス  作者: はるさんた


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/20

第四話:最愛の引きこもり別邸と共犯者の誕生

カエサル・オーギュスト・ド・ヴェルサイユ公爵と、グリム侯爵家令嬢アメリア・フォン・グリムの婚約は、発表された瞬間、社交界に巨大な熱風となって吹き荒れた。


王都の新聞の一面には、豪華絢爛なカエサルの肖像画と、小さく地味なアメリアのスケッチが並んだ。見出しは「美の公爵、選んだのは「壁のシミ」令嬢!?」など、扇情的なものばかりだ。誰もが、公爵が最高のコレクションとして選んだのが、瓶底眼鏡の地味な令嬢であるという事実に驚き、その裏にある陰謀や裏取引を囁き合った。


「これが、私の婚約期間の仕事か……」


ヴェルサイユ公爵邸の秘書室で、ユリウス・ローラン男爵は、山積みの問い合わせや批判の書簡に囲まれて、再び深くため息をついた。


「公爵に代わって、私はこの婚約が『純粋なる愛と運命の出会い』であることを三日三晩説明し続けている。公爵が『一目惚れ』などという凡庸な言葉を使ったせいで、誰もがその裏に『王家への政治的圧力』や『侯爵家の秘密兵器』があると考えている。ああ、全ては公爵の退屈しのぎに過ぎないというのに」


ユリウスは頭を抱えたが、すぐに気を取り直した。彼の使命は、カエサルの行動を「最も公爵家にとって有利になるよう」軌道修正することだ。彼はアメリアの「不干渉の確約」を、公爵の「独占的な寵愛」として世間に喧伝することで、この異常な婚約を無理やり「愛の物語」として押し通す作業に追われた。


一週間後、グリム侯爵邸。


アメリアは、侯爵夫妻の過剰な歓待と、世間の好奇の視線から解放され、公爵邸から届けられた一通の書簡に集中していた。


それは、カエサルが「君の静養のために」と命じた、公爵家所有の離宮リストだった。


「ふむ……どれも豪華すぎるわね」


リストには、海辺の別荘、温泉付きの山荘、王都から近い庭園付きの邸宅などが並んでいる。しかし、アメリアが求めるのは「静寂」と「書庫としての頑丈さ」だ。


「この『北方の旧城塞』……」


アメリアの指が、リストの隅に記載された、誰も見向きもしない物件に止まった。「二百年前に放棄され、修復が必要。最も近くの村まで馬車で三日。交通の便、最悪。冬は雪に閉ざされる。……完璧だわ!」


その夜、アメリアはユリウスに書簡を送った。内容は簡潔だった。


『離宮の選定について。リストにある「北方の旧城塞」を希望します。理由:書庫の増築に耐えうる石造りの頑丈さ、および静謐な環境。改修費用と稀覯本収集資金の試算をお願いします。— A.G』


翌日、ユリウスが馬車でグリム侯爵邸に現れた。応接室には、カエサルはいなかった。


「アメリア様」ユリウスは疲れた表情で深々と頭を下げた。「お選びになったのは『北方の旧城塞』、ですか。カエサル様は『君の趣味が渋い』とご満足されていましたが、あの物件は…正直、廃墟同然です」


「それが望ましいのです」アメリアは瓶底眼鏡を上げ、静かに言った。「人目につかず、誰にも邪魔されない。そして、あの頑丈な石造りの建物なら、私が望む『永久書庫』に改装できます。ユリウス様、公爵様は私に不干渉を約束されました。私の希望通りに進めていただけますね?」


ユリウスはアメリアのヘーゼル色の瞳を見て、悟った。この地味な令嬢の裏には、公爵に勝るとも劣らない、強固で異常な野望があることを。そして、その野望が、カエサルの「退屈を殺す」という欲望と奇妙に合致していることを。


「承知いたしました。私はカエサル様の秘書ですが、同時に、公爵家全体の制御装置でもあります」ユリウスは声を落とした。「公爵は、貴方が彼に与える刺激に飽きるまで、莫大な費用を注ぎ込むでしょう。私はその暴走の被害を最小限に抑えたい。貴方が城塞に引きこもることで、公爵の関心が王都から逸れるのなら、私にとってこれほど良いことはありません」


ユリウスは、カエサルに言った「勝手にしてください」という言葉を、今度はアメリアに捧げた。


「貴方の望む究極の引きこもり生活の実現を、私は資金面と手続き面から支援しましょう。ただし、全ては公爵の『寵愛』の名の下にです」


こうして、ナルシスト公爵の婚約者アメリアと、公爵に振り回される秘書ユリウスの間に、究極の引きこもり計画という名の共犯関係が生まれた。


数日後、ユリウスが改装計画の図面を持ってアメリアを訪ねた時、突然、部屋の扉がノックもなく開け放たれた。


「アメリア! 最高の計画だ。なぜ私を呼ばなかった?」


カエサルが、太陽のような輝きを放ちながら登場した。彼の後ろで、ユリウスは再び深くため息をついた。


「カエサル様! アメリア様は公爵様からの不干渉の確約を得ております!」


「うるさい、ユリウス」カエサルは秘書を一蹴した。「彼女は今、私とのゲームを設計しているのだ。この私を無視して、最高の逃亡要塞を築こうとしている。私がその設計図を見ずに、どうしてゲームを楽しめる?」


カエサルは、アメリアの前に置かれた、旧城塞の改装図面を覗き込んだ。


「ふむ……一階の居室を全て取り払い、床から天井まで四層分の高さを持つ中央書庫にする、と? そして、入り口は一つだけ。ああ、素晴らしい!」カエサルは目を輝かせた。「君は、私から身を隠すために、この世で最も堅固な要塞を築こうとしている。その健気さが、たまらない」


アメリアは瓶底眼鏡の奥で、カエサルを冷静に見つめた。「公爵様。これは要塞ではありません。私の書斎です。そして、私への干渉はお止めください」


「干渉ではない。愛だ」カエサルは得意満面に笑った。「君が最高の要塞を築くなら、私はそれを破るための鍵を造ろう」


彼は図面の上にペンを走らせた。「この南側の壁。書庫の外側に、秘密のバルコニーを設ける。書庫の最上階に直接つながるようにな。そして、そこへは私専用の昇降機を設置する。この昇降機を使うための鍵は、私が常に肌身離さず持っていよう」


「なっ……」アメリアは初めて声を失った。彼女の計画の盲点を、ナルシスト公爵は一瞬で見抜いたのだ。


「フフフ。完璧だ。君の要塞は、私という唯一の侵入者を常に警戒しなければならない。君の引きこもり生活は、永遠に**『私からの逃亡』**というスリルに満ちるだろう。最高だ!」


カエサルは、彼女の驚きの反応を見て、心底満足そうだった。そして、ユリウスに図面を押し付けた。


「ユリウス! これも計画に組み込め。昇降機は、ヴェルサイユ公爵家最高級の技術と装飾で造るように。私は、この『鍵』を使って、君の逃亡生活を破るのが今から楽しみでならない!」


ユリウスは、カエサルの無謀な思いつきと、増え続ける出費に、顔を青くしたまま、もう何度目かわからない深い、深い、ため息をついた。


「……勝手にしてください。ただし、その昇降機の安全管理責任は、全て私が負います」


こうして、アメリアの究極の引きこもり計画は、カエサルの究極の干渉計画によって、スリルと出費に満ちた、愛のない新婚生活へと変貌を遂げ始めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ