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ナルシスト公爵と引きこもり令嬢の不本意なロマンス  作者: はるさんた


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第三話:公爵の横暴と振り回される秘書

契約結婚を決めた翌朝、ヴェルサイユ公爵邸は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。カエサルの私設秘書兼幼馴染であるユリウス・ローラン・ド・アルジェ男爵(27歳)は、朝一番で公爵の寝室に乗り込み、整然とした邸内を珍しく乱していた。


ユリウスはカエサルとは対照的な容姿の持ち主だ。漆黒の髪をきっちりと撫でつけ、深い緑色の瞳は常に冷静沈着だが、今は驚きと疲労の色が濃い。彼はカエサルの破天荒な行動の唯一の「制御装置」だが、今朝は完全に制御不能だった。


「どういうことだ、カエサル様! 昨夜、貴方が舞踏会で、あのグリム侯爵家の令嬢に公開求婚し、承諾を得たというのは真実ですか!」


カエサル(25歳)は鏡の前で朝の身だしなみを整えながら、ユリウスをちらりと見た。「真実だ、ユリウス。なぜそう興奮する? 私は昨日、私のコレクションに最高の傑作を一つ加えた。ただそれだけの話だろう?」


「ただそれだけの話ではありません! 彼女は社交界とは縁遠い令嬢。妃を迎えるには、まず事前調査、そして両家間の正式な交渉、そして王室への報告が――」


「全てはしょる」カエサルはユリウスの言葉を遮った。


「全てはしょるだと?」ユリウスは思わず両手で顔を覆った。「それはあまりにも横暴です! 事前の連絡もなしに公爵家当主が侯爵家へ押しかけるなど、外交的な失礼にあたります!」


「失礼ではない。寵愛だ」カエサルは優雅に微笑んだ。「私がわざわざ出向くのだ。光栄に思わない家族などいるものか。ユリウス、君はすぐに馬車を用意しろ。そして、私にふさわしい贈り物を選んでおくように」


ユリウスは、額を押さえながら、重々しいため息をついた。「……勝手にしてください。ただし、私はあくまで、貴方様の秘書として、後始末のためについて行きます」


グリム侯爵家は、突然のヴェルサイユ公爵の訪問に、大混乱に陥った。当主である侯爵夫妻は、なぜあの公爵が自分たちの家に来たのか理解できず、顔面蒼白のまま応接室へ向かった。


応接室には、カエサル公爵がまるでこの屋敷の主のように堂々とソファに腰掛けていた。その後ろには、疲れ切った表情のユリウスが控えている。


「カエサル公爵様。突然のご訪問、一体いかなるご用向きでございましょうか」侯爵は声が上ずっていた。


カエサルは、優雅に手を上げた。「堅苦しい挨拶は不要だ。私は、長々と話すのが嫌いでね。本題だけを伝えに来た」


彼の視線は、侯爵夫妻を通り越し、部屋の隅の椅子に座り、すでに本を開きかけているアメリアに向けられた。アメリアは、この騒動に心底うんざりしており、早く彼らが帰ってくれないかと願っている。


カエサルは、アメリアに目をやった後、侯爵夫妻に向き直り、簡潔に、そして傲慢に告げた。「結論から言おう。私は、貴殿の娘、アメリア・フォン・グリムと結婚する」


侯爵夫妻は、その言葉の意味を理解できず、固まった。「け、結婚? あの、アメリアとで、ございますか? まさか、公爵様の冗談では……」侯爵夫人が震える声で尋ねる。


「冗談ではない。事実だ。昨夜、舞踏会で求婚し、彼女の承諾を得た。ユリウス、婚約指輪を持ってくるのを忘れたな。それもこれも、お前が私のスピードについて来られないからだ」


ユリウスはカエサルの八つ当たりに、深くため息をつきながら訂正した。「グリム侯爵様。婚約指輪は公爵家史上最大の石を選ぶため、特注中でございます。公爵は、本気でございます」


侯爵夫妻は、アメリアを見た。アメリアは、本を閉じて、瓶底眼鏡越しに両親を見つめた。「はい、お父様。昨日、公爵様の求婚を受けました」アメリアは淡々と答えた。その声には、喜びも、戸惑いも、一切含まれていない。


カエサルは、侯爵夫妻の混乱を一掃するため、再び口を開いた。「理由か? 理由など一つしかないだろう。私は、アメリアに一目惚れした」


その場にいる全員が、公爵と地味な令嬢を交互に見た。


「私は、彼女の、私の美貌を前にしても動じない、その揺るぎない魂に強く惹かれた。私の退屈を殺せるのは、この世で彼女だけだ。だから、私は彼女を、私の妃として迎え入れる。これ以上の説明は、不要だろう」


「カエサル様!」侯爵夫人が勇気を振り絞った。「しかし、娘は…公爵妃としての教養や社交性に欠け――」


「黙れ!」カエサルは初めて声を荒げた。「私の隣に立つ者に、世間一般の凡庸な教養など不要だ。彼女は、私に愛されている。それ以上のステータスが、この世にあるというのか?」


ユリウスは完全に頭を抱えた。このままでは、強引すぎる公爵への批判が噴出する。


ユリウスは前に出て、深々と頭を下げた。「グリム侯爵様、奥様。公爵の言葉に乱暴な点があったことは、幼馴染として、また秘書としてお詫び申し上げます」ユリウスの落ち着いた声は、侯爵夫妻の混乱を和らげた。


「しかし、カエサル様の本気度は、私が保証いたします。つきましては、婚約は既に確定として、来週から正式な手続きを進めさせていただきます。そして、」ユリウスはカエサルに一瞥をくれ、アメリアへ視線を送った。「アメリア様が望まれる離宮での静養のため、そちらの準備も急がせていただきます。公爵家は、アメリア様のご趣味を全面的に支援いたしますので、どうかご安心ください」


ユリウスは、アメリアが契約した「不干渉と資金援助」の条件を、公爵家の全面的な「寵愛」として侯爵夫妻に提示した。アメリアは瓶底眼鏡の奥で、ユリウスに微かに頷いた。


カエサルはユリウスの言葉に満足げに頷いた。「これで話は終わりだ。アメリア、来週、また迎えに来る。その時までに、君の愛らしい逃亡計画を考えておくように。私はそれを破るのが楽しみだ」


カエサルは侯爵夫妻に一瞥をくれると、颯爽と部屋を後にした。


応接室には、カエサル公爵に振り回され、もはや何も言う気力のないユリウスと、混乱しきった侯爵夫妻、そして、自分の引きこもり計画の実現が加速したことに満足しているアメリアだけが残された。


ユリウスは、ふらふらと立ち上がり、侯爵夫妻に向かって最後の挨拶をした。「……勝手にしてください。手続きは、私ユリウスが責任をもって全て整えます。ご心配なく」彼はそう言い残し、ため息一つとともに、大急ぎで公爵の後を追っていった。


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