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ナルシスト公爵と引きこもり令嬢の不本意なロマンス  作者: はるさんた


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第十一話:彫像と微かな動揺

カエサル・オーギュスト・ド・ヴェルサイユ公爵は、自身の「自己愛の構造」についてアメリアが示した理解に深く満足した。そして、彼は有言実行の男だった。


翌朝、ユリウス・ローラン男爵は、王都の最高峰の彫刻家が制作した、カエサルの等身大の石膏像を、北方の旧城塞へと運び込む作業を監督させられた。


「カエサル様。中央書庫の耐荷重は計算済みですが、この彫像は純粋な大理石製でございます。書庫の床の一点に集中して重みが加わるのは、構造上好ましくありません」


ユリウスは、夜明け前に叩き起こされ、疲れ切った顔で公爵に進言した。


「心配するな、ユリウス。彫像を運ぶ昇降機は、私の美しさに耐えうるよう設計されている。そして、アメリアの知性は、私が美の源であることを理解した。彼女の聖域には、美の象徴が必要なのだ」


そして、その日の昼。アメリアの中央書庫に、カエサル公爵自身の等身大の彫像が、彼の愛用の昇降機に乗って滑り込んできた。


キィィィィィン……ドスッ


彫像は、アメリアが最も頻繁に利用する作業台の、すぐ隣に設置された。


「アメリア。これで、君は私の美の孤独な哲学を、毎日、視覚的に追体験できるだろう」カエサルは得意満面だった。「彫像は、私の美貌を永遠に固定したものだ。さあ、遠慮なく愛でるがいい!」


(これは、テロではなく嫌がらせね。作業台の隣に、等身大のナルシスト像……。古文書の撮影をする際、必ず背景に貴方の横顔が入ってしまうわ)


アメリアは、心の中で冷静に**「彫像を動かすための費用」**を算出した。


「公爵様。これは彫刻であり、稀覯本ではありません。書庫の空調と湿度管理には、生きた人間よりも石膏の方が悪影響を及ぼします。お引き取りください」


「ふむ。彫刻ではなく、愛の象徴だ。そして、私は君の書庫に、常に私の存在の重みを感じていてほしいのだ」


カエサルは、彫像の横に並び立った。一人は石、もう一人は生身の肉体。両者とも、黄金の髪と完璧な容貌を持ち、並ぶとまるで一つの芸術作品のようだった。


「どうだ、アメリア。君は今、永遠の美と、生きた美を同時に独占している。君は本当に世界一幸福な女性だ」カエサルは、満足げに笑った。


アメリアは、その時、カエサルではなく、その横に立つ彫像に目を向けた。


彫像は、カエサルが最も美しいと感じる角度—顎をわずかに引き、遠い虚空を見つめる横顔—を完璧に再現している。その表情は、傲慢でありながら、同時に諦めにも似た孤独を帯びていた。それは、昨日彼が語った「孤独の哲学」を、そのまま形にしたものだった。


そして、アメリアの視線が、彫像から隣に立つ生身のカエサルへと移った瞬間だった。


生身のカエサルは、彫像とは違い、今、アメリアを見ていた。彼の瞳は、氷のように冷たいアイスブルーだが、そこにはアメリアの反応に対する期待と、微かな緊張が宿っていた。彼は、自分の真意が彼女に理解されたかどうかを、探っているのだ。


(ああ、彼は、この彫像の孤独を私に理解してほしくて、こんなことを……)


アメリアの胸が、ドキンと小さく跳ねた。


それは、カエサルの美貌に動かされたものではない。彼の孤独な哲学と、それに伴う無防備な期待という、普段の傲慢な仮面の下に隠された人間的な脆さを感じたからだ。


「公爵様……」アメリアは、いつもより少しだけ、声が震えた。


「その彫像は、貴方様の孤独の証明なのですね。そして、それを私の聖域に置くのは、孤独を分かち合いたいという、貴方様からの最も率直な愛の告白だと、解釈してもよろしいですか?」


カエサルは、アメリアの言葉に、驚きの表情を見せた。彼の自己愛的な表現を、ここまで深く、そしてロマンチックに解釈した人間は、初めてだった。


「……フン。貴様は、私を凡庸なロマンチストだと誤解したな」カエサルは、すぐにナルシストの仮面を戻した。「違う。これは、君を私という美の監視下に置くための戦略的配置だ。君が私に飽きるという反逆をしないよう、監視するための……」


しかし、彼の声には、いつもの断定的な響きがなかった。その代わりに、アメリアの**「孤独を分かち合いたい」という言葉に対する照れ**のようなものが、微かに滲んでいた。


アメリアは、その一瞬の動揺を見逃さなかった。彼女は、再びドキンと胸が高鳴るのを感じた。


(この人は、私が孤独を理解したことが、嬉しいのね。そして、それを愛だと解釈されたことが、照れくさいのね。ナルシストの鎧の下に、普通の男の子がいる……)


アメリアは、その微かな**「人間の発見」に、初めてカエサルという存在に読書以外の興味**を覚えた。


「承知いたしました、公爵様。では、この孤独の彫像は、作業台の隣に置いておきます。私は、彫像よりも生きた公爵様の方が、古文書の邪魔になることが、よくわかりましたから」


アメリアは、そう言って微笑んだ。その笑みは、瓶底眼鏡の奥で、彼女のヘーゼル色の瞳が初めてカエサルに向けた、皮肉と優しさの入り混じったものだった。


カエサルは、彼女のその予測不能な微笑みを見て、さらに興奮した。


「ああ! 素晴らしい! 君のその反応こそが、私への最高の報酬だ! 私の愛は、君の静寂を打ち破り続けるぞ、アメリア!」


そして、カエサルは満足げに昇降機へと向かい、再び王都へと戻っていった。


アメリアは、書庫に残されたカエサルの彫像を、今度は冷静な眼差しではなく、微かな好奇心を込めて見つめた。


「孤独の証明……ね」


彼女は、修復用のブラシで、彫像の肩に積もった微細な埃を払い落とした。その瞬間、彼女の心の中で、究極の引きこもり計画の図面に、**「公爵の人間観察」**という、新たな項目が付け加えられたのだった。



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