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第1章、第3話

理人は残された最後の力を振り絞るように、夢遊病者のごとく数歩前進した。重たいカバンが肩から滑り落ち、「ドン」という音を立ててソファにぶつかり、わずかな埃を舞い上げる。

カバンのサイドポケットから、ほとんど空になったスポーツボトルを抜き取ると、キャップをひねる暇もなく、彼は残りの水を直接飲み干した。

冷たい液体が熱を持った喉を滑り落ち、身震いするほどの爽快感が走る。数滴の水滴が顎を伝い、汗で湿った制服の襟元に落ちた。

「お父さんは、走って帰ってきたばかりなのに、体をクールダウンさせる間もなく直接ソファに座るなんて、突然死しても怖くないのですか?」

平穏で波のない声が響いた。

理人は空になったボトルを握りしめ、まだ柔らかなソファの中に身を埋めたまま動けなかったが、どうにか首だけを回し、いつの間にかリビングの中央に立っている咲希に、弱々しく力のないサムズアップをした。

「大丈夫、大丈夫だよ……」

彼の声は酸素不足で少し掠れていた。

「俺、昔からよくこうだったんだ。もうとっくに死んでるはずだよ」

「ちょっと、ちょっと。そういう縁起でもないこと言わないの!」

壁にもたれて息を整えていた雪乃が、思わず突っ込みを入れた。

「咲希ちゃんも、こういう悪い習慣は真似しちゃだめよ」

(この子…喋り方が並大抵にストレートじゃないな。でも、言ってることは正しい。)

「大丈夫です」

咲希は淡々と理人を一瞥し、平静な口調で言い放った。

「私はお父様ほど馬鹿ではありませんから」

その言葉はひどく軽やかだったが、まるで**鋭利なメスのように、正確に、そして容赦なく理人の心臓に突き刺さった。**その効果は絶大だ。

「誰が馬鹿だ!」

彼は反射的にソファから勢いよく体を起こし、気色ばんで彼女を睨みつけた。

「あなたでしょう?」

咲希はひるむどころか、一歩前に進み出た。その澄んだ琥珀色の瞳は彼を真っ直ぐに見つめる。

「汗だくで帰宅したのに、拭くことも知らず、最初のアクションはエアコンのリモコンを探すこと。そんなに大きな温度差の中で風に当たったら、風邪をひくに決まっています」

彼女の小さな顎が、ローテーブルの方向を指し示す。「そんなに大きな温度差の中で風に当たったら、風邪をひくに決まっています」

隣で聞いていた雪乃は、深く頷き、追い討ちをかけた。

「咲希ちゃんの言う通りよ。兄さんはいつもそうして、夜中に咳をし始めるんだから。全然学習しないんだから」

二方向からの、まったく反論の余地がない、正論に満ちた攻撃に、理人は一瞬で言葉に詰まった。

リモコンに伸ばしかけた手は宙で止まり、顔の表情は不満から驚愕へ、そして最後は完全に諦めた表情に変わった。

(くそ!会って一日も経たない小さな女の子に説教されたうえに…しかも反論できないなんて!雪乃ならまだしも、なんで君まで…)

彼はゆっくりと両手を上げて降参のポーズを取り、力なく後ろに倒れ、再びソファの懐に身を沈めた。

「はい、降参」

リビングには、夏の午後の日差しが差し込んでいる。

咲希は、この兄妹と初めて正式に会ってから、まだ二十四時間も経っていないというのに、今そこに立ち、真面目な口調で理人を説教し、雪乃がそれを当然のように援護している。この光景に…一切の違和感がなかった。

まるでこの家が、ずっと昔からこうであったかのように。突然現れたこの少女は、侵入者ではなく、むしろ失われたパズルのピースのように、音もなく完璧に彼らの生活の中に、はまり込んでしまったのだ。



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