第1章、第2話
放課のチャイムは、まるでスタートの合図のようだった。
理人は、ほとんど反射的に教科書をカバンに掃き込んだ。背後から聞こえる部活仲間からの**「望月、今日は部室行かないのか?」**という呼びかけにも、振り向きざまに手を振るだけで、雪乃を伴って足早に教室を出た。
夏の足音はもうすぐそこまで来ており、校内にはどこか浮ついた暖気が漂っている。
夏休みが近いこともあり、授業は午前中で終わる。
今、ほとんどの生徒は二人組や三人組で連れ立って、どこにランチを食べに行くか、午後をどう過ごすかをのんびり話している。
しかし、望月兄妹にはそんなゆったりした気分は一切なかった。彼らはほとんど競歩のような速さで人混みをすり抜け、頭の中にはただ一つのことだけがあった—家に一人残してきた、あの謎の少女のことだ。
「もう11時過ぎか」
理人は早足で歩きながら、思わずスマホを見てしまう。
「昼飯の用意、何もしてないけど、咲希、お腹空いてないかな?」
「そんなに早くは空かないんじゃないかしら」
雪乃が彼のすぐ隣を歩きながら、わずかに息を切らして言った。
「朝ごはん、7時過ぎに食べたばかりでしょ?」
「そうなんだけど…でも…」
理人は眉間に力を込めた。見慣れない責任感が彼の胸に重くのしかかる。
「どうにも、十代の子に見える子を一人っきりで家に置いておくのは、ちょっとまずいような気がして…」
(くそ、なんで俺はこんな、本当の父親みたいな心配をしてるんだ!)
「え?咲希ちゃんって、小学生じゃなかったの?」
雪乃は驚いて聞き返した。彼女の頭に浮かぶのは、咲希の小柄な体躯だ。
「いや、中学生だと思う」
理人はあの書類の細部を思い出す。
「身分証明書に書いてあった生年月日を計算すると、今年で13歳になるはずだ」
「なるほど…」
雪乃は呟いた。13歳という少女にしては、外見以上に落ち着き払った雰囲気があり、それが咲希の存在をさらに不可解にしていた。
この思いが加速剤となり、二人の足取りは自然と早歩きから小走りへと変わった。
ランドセルは背中で上下に揺れ、鈍い衝突音を立てる。
見慣れた街並みが視野のなかで急速に後退していく。彼らの鼓動が耳元で鳴り響き、一歩でこの距離を飛び越えて、すぐにでも家にテレポートしたい気分だった。
普段ならのんびり歩いて20分かかる通学路を、今日はたったの10分で駆け抜けた。
「カチャッ」
理人が息を切らしながら鍵で玄関のドアを開けた時、彼も雪乃も疲れで思わずへたり込みそうになった。
二人は腰をかがめ、膝に手を突き、玄関の涼しい空気を大きく、大きく吸い込んだ。
「陸上部を辞めて以来…こんな激しい運動、全くしてなかった…ハァ…ハァ…」
理人は額に汗が伝うのを感じ、心臓が激しく脈打っていた。
「少なくとも兄さんは、前に鍛えた体力が残ってるじゃない!」
雪乃は顔色が少し青ざめ、胸を押さえながら、息も絶え絶えに言った。
「私なんて今、肺が破裂しそうよ…」
ちょうどその時、小さな「カツ」という音が響いた。
居間のドアが内側から静かに開かれ、あの真っ白なワンピースを着た咲希がゆっくりと中から出てきた。
彼女の髪は相変わらず乱れ一つなく整えられ、その表情は平穏で波一つない。玄関でひどく疲れ切っている兄妹とは、あまりにも鮮明な対比をなしていた。
彼女は二人の前に進み出て、わずかに頭を下げ、その一点の曇りもない澄んだ声で、静かに言った。
「お父さんとお姉様、お帰りなさいませ」
その**「お父さん」**という声が、理人の耳に鮮明に突き刺さった。それは、静かな湖面に投げ込まれた小石のように、幾重もの波紋を立てた。
彼の呼吸が、一瞬だけ停止した。
(今やもう…こんなにも自然に**『父親』と呼ぶのか…なんだこれ、一体どこのホームドラマ**だっていうんだ?!)