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父の初めての経験 第1章


廊下のセンサーライトが音を立てて点灯し、柔らかい黄色の光がアパートのドアを照らした。

望月理人がカバンから鍵を取り出し、鍵穴に差し込もうとしたその時、隣にいた望月雪乃が小さく「あれ?」と声を上げ、ドアの隙間を指差した。

「理人くん…これ…ドア、ちゃんと閉まってないみたい」

「ああ、気づいた」

理人は眉をひそめ、一抹の不安がよぎる。

朝家を出るとき、確かに鍵をかけたはずだ。

彼の手がまだ宙に浮いていると、その濃い茶色の木製のドアが、音もなく内側にわずかに開き始めた。

二人は困惑した目で顔を見合わせ、中を確かめようとドアに手をかけた瞬間、ドアの向こうには既に一人の短いオレンジ色の髪の少女が静かに立っていた。彼女は頭を上げ、透き通ったガラスのような琥珀色の瞳でじっと二人を見つめている。

真っ白なワンピースを着たその小さな体は、廊下の影の中でひときわ華奢に見えた。

少女は口元をわずかに上げ、無邪気で完璧な弧を描くと、澄んでいて甘い声で言った。

「おかえりなさい」

時間はまるで三秒間、凝固したようだった。


次の瞬間、リビングの空気は極限まで張り詰めていた。

「は…なんで…なんで、見知らぬ女の子が…急に俺らの家にいるんだ?」

理人は腕を組み、硬直した体でソファに深く沈み込み、警戒と困惑の入り混じった口調で、少女と雪乃の間で視線を往復させていた。

「そんなの、私にわかるわけないでしょ!」

雪乃の反応も似たようなものだった。背筋を伸ばしてまっすぐに座り、膝の上で両手を固く握りしめ、眉間にしわを寄せている。

二人はまるで罠にはまった動物のように、全身に戸惑いをにじませていた。

そして、その嵐の中心にいる「咲希」と呼ばれた少女は、二人に向かい合った一人掛けのソファに静かに座っていた。足が床に届かず、軽く前後に揺れている。

彼女の座り方はとても行儀が良く、その瞳には臆病さや不安のかけらもなく、まるで小さな家主のように、この家の家具を興味深そうに観察していた。


空気は重く、まるで水が絞り出せそうなくらいだった。最後に深呼吸したのは雪乃で、彼女はなんとかこの膠着状態を打開しようと、できるだけ優しい口調で尋ねた。

「えっと…あの…お名前は?」

「咲希。私の名前は咲希です」少女は即答し、その声は澄んでいた。

「え…苗字は?」

「ありません。私に苗字はありません」

「苗字がないって…どういうことだよ?」

理人は思わず口を挟んだ。彼の頭はもう完全に混乱していた。

「私には両親がいないからです」

咲希はそう言った時も、顔には相変わらず薄い微笑みを浮かべていた。それはまるで、ごく当たり前の事実を述べているかのようだったが、理人と雪乃の心は同時にきゅっと締め付けられた。

「ああ、なるほど…って、いや待て!問題はそこじゃないだろ!」

理人は勢いよくソファから身を起こし、両手で自分の頭をかきむしった。

「なんで俺らの家にいるんだ?誰が連れてきたんだ?」

「わかりません」

咲希は首をかしげ、その純粋な瞳には嘘をついている気配は全くなかった。

「わからないって!?」

理人は驚愕して彼女を睨みつけ、声のトーンは八度も上がっていた。

それを見た雪乃は、すぐに手を伸ばして彼の肩をポンと叩いた。その力加減は、毛を逆立てた猫をなだめるようだった。

「ねえ、理人、落ち着いて。これ見て」

雪乃は、彼らの前のローテーブルを顎で指し示した。

そこには、広げられた雑誌の隣に、書類の束がきちんと重ねられていた。その公的な書式と真っ白な紙は、生活感あふれる周りの雑然とした物とは明らかに異質だった。

理人は不審に思いながら書類を手に取った。指先に伝わるのは、分厚く少し冷たい感触。一枚一枚ページをめくっていくと、彼の呼吸は徐々に荒くなった。

「これは…身分証明書…?」

出生証明書、戸籍謄本…どれも完璧に作成されている。

そして、その最も重要な出生証明書には、母親の欄はまぶしいほど空白で、父親の欄には、彼がよく知る名前が整然としたゴシック体で印刷されていた。

「望月理人…!?」

(嘘だろ?誰かの悪ふざけだ!隠しカメラはどこだ!?早く出てこいよ!)

理人の瞳孔は一瞬で針の穴ほどに収縮し、全身の血が頭に上り、そして次の瞬間にはすべて凍りついたかのように感じた。

彼はその場に硬直し、書類を持つ手が激しく震えている。今にも飛び上がりそうで、頭の中は真っ白になり、目の前にあるこの馬鹿げた事実を全く処理できなかった。

「そうだね」

少女は彼の反応を見て、柔らかく甘い笑顔を咲かせ、軽やかな声で言った。

「パパはパパだよ!」

その言葉、その笑顔は、世の中のすべての悩みを溶かしてしまいそうなほど純粋だったが、理人の耳には、まるで雷が落ちたようだった。

「はぁ!?」



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