第七話・巻き戻し前
勇者なら私を人間に変えられる魔法を唱えられる。だが、勇者にはなかなか出会うことはできない。勇者になるには、女神の神託が必要だ。というわけで私は女神に会いに行った。
三千年近く前の話だ。十二体の魔王のうち、私とセイレンで八体倒した。難しい四体の魔王のうち、三体は勇者が倒していた。三千年の間に、たった三体だ。だが、魔王の数は緩やかに回復し、十二体の均衡を保つ。魔王と勇者の関係には気づかなかった。ジャンヌの話を聞いて、セイレンの思惑がようやくわかった。
セイレンは、私に女神を監視させたかったのかもしれない。勇者が人間からしか生まれてこないこと。魔王が複数存在し、打ち倒しても自然発生的に誕生すること。
私が地上に戻って来てからまだ三年程度だが、確認できただけで魔王は十一体存在する。不在の十二体目、ジャンヌが倒したゾルグだ。
ゾルグ・リグレット、魔王のなかの王とも呼ばれる。狡猾にして残虐。魔力に秀でてはいるが、恐れられているのは魅了する力。
敵味方、神悪魔問わず、従属させるという魅了の魔法を得意とする。
リム王国まであと十キロというところで、恐ろしいほどの大気の揺れを感じた。
「これは?」
ジャンヌが怯えたように聞いた。
「これは、巡る魂の残骸だね」
「巡る魂?」
「うん、私とセイレンが魔王を滅ぼした時の現象によく似ている。ジャンヌの話でつながったけど、転生できない魔王の魂が塵尻になって彷徨っているみたい。すごい魔力だ」
私の解説がピンとこないみたいだ。ジャンヌが背負う逆さ盾がグラグラと揺れている。
「ほら、盾、いやバルスだって反応してるじゃない」
私は逆さ盾をじっと見た。目が縫い付けらえたようなしつらえ、口の部分は動く。何かを言いたそうだが、また即死魔法なら厄介だ。
「ジャンヌはこの盾がバルスだってわかっていたわけでしょ」
「いいえ、その、確信は持てませんが、時々私に話しかけくれるような気がして。その」
「愛の言葉か」
少々デリカシーに欠けたか、ジャンヌは顔を赤らめた。
私は逆さ盾に話しかけた。
「はじめまして、勇者バルス。私はオワツ。あなたの魂を解放したいと願う魔法使いです。これから時間の巻き戻しという、高位次元魔法を詠唱します。理論はわかりません、が、確実に滅びたものが戻るという魔法でもあります。あなたの肉体は一時的に復活するでしょう。ですが、」
私の長いあいさつに、ジャンヌは口を挟んだ。
「一時的ってどういうこと」
もっともだ、気になるよね。
「この巻き戻しの魔法は原理原則がわからない。滅びた肉体が復活はする、でも、それが持続するかはわからない」
「それって」
「そう、セイレンに試してみた。もちろんセイレンの許可は得てないけどね」
私はセイレンとの時間を何度か巻き戻した。セイレンの寿命が縮まないようにと、回復魔法はかけないようにもしたが、寿命自体は変わることはなかった。運命ってやつなのか。
「運命ってのがあるみたいで」
「それって、避けられないのか?」
「わからない」
「じゃあ、巻き戻しても、バルスは運命に従って消えるってこと?」
「わからないのよ。セイレンと私の間には師弟愛みたいなものはあったけど、あなたたちのような男女の愛ってのはなかったわけ。それって、種の繫栄に必要なモノでしょ。となると、運命を凌駕するかもしれない」
女神が言っていた。運命を変えることができる唯一の魔法は、愛だと。愛にも種類がある。どの愛が、運命を変えられるのかは、知らないと。だが、それが叶えられるのは、生に執着する人間だけのようだとも。
だから、女神は人間からしか勇者を輩出しないのかもしれない。
逆さ盾の口が小さいながらも高速で動いている。何かを詠唱しているのか、その割には詠唱効果が発揮されない。
「なるほど」
私のつぶやきの意味を、ジャンヌはわからないようだった。
「ともかく、時間を巻き戻す魔法を詠唱するよ。魔王戦、バルスが蘇生魔法を詠唱する直前でいいよね」
「それだと、僕とゴードは死んでいる状態ね」
「まず、私とバルスで魔王戦に挑むよ。安心して、バルスが策を練ってくれたみたい」
逆さ盾がガタガタとジャンヌの背中で揺れた。高速で動いていた口も、閉じていた。




