第五話・勇者と魔王の輪廻
バルスほどの腕がありながら、私を旅の道連れにするとは、他に理由があるのか。わからない、私たちは深い森を抜け、リングルの村にたどり着いた。商業都市ル・ペールの街に近いこの村は、いわゆる宿場町としての機能も備えている。昔、何度かセイレンと宿をとった。
「どうする?泊まるなら、私の定宿があるぞ」
日暮れまでまだ時間はあるものの、混むと厄介だ。宿賃が無駄に釣りあげられる。
バルスはコクリと宿泊に同意し、私たちはバクスタの宿屋に入った。
商人たちがごった返す、祝祭日にもあたるため、空き部屋はひとつだけ、つまり私とバルスは相部屋となった。私からすると、性自認がないわけで、バルスが男でも女でも関係ない。アンドロイドなのに、寝ることだけは大切にしているがゆえ、身体を休められればそれでよかった。
荷物を置くなり、バルスは椅子の背を前にして抱え込むようにして私に聞いてきた。
「どうして、僕についてきてくれたんだ?」
「ついてきて欲しいと言ったからだよ」
私の率直で捻りのない答えに、バルスは少し戸惑ったように見えた。
「ただ、精霊召喚までできて、その盾でしょ、一人でも十分だと思うけどね」
私はイジワルだ。相手の嫌がるところにねじ込んで無理に答えを誘う。
「一人より二人、その方が心強い」
「お尋ね者のわりには小心者なんだね」
バルスは皺だらけの手を私に見せる。
「気にならないか?この手、この顔、この声」
「どういうこと?」
「僕の見た目は、人間でいうところの老人だ。八十歳ぐらい」
「なんだ、まだ小僧じゃないか」
実際問題、セイレンは千五百歳ほど生きたんだし、私はおそらく一万数千歳、数えるのも面倒になったけども、八十歳なんて子どもみたいなものだ。ハナタレ小僧といったところ。
「オワツから見ると、誰だって子どもみたいなもんだ」
バルスは続けた。
「だが、僕は実年齢十八歳だ」
バルスは告白し切ったような、今日の大一番の仕事を成し遂げたような顔をしてみせた。人間でいうところの十八歳というのは、青年というらしい。八十歳は老人。寿命は八十五歳ほどだと聞いた。その理由は気になるところだ。やたらと物言いが、幼児のようにも思えていたから。
バルスは皺だらけの手をさする。
「これは、回復の雫、つまり回復魔法を過剰に受けすぎたせいだ」
「なるほど、細胞の分裂が終わったってこと?」
私の理解が早いことに、バルスは満足気だった。自分の説明がわかりやすいと思ったのか、人間ってのは、分かり合えるということが信頼関係の土台にあるとセイレンから聞いた。女神が言うには、単純な生物だということだった。
バルスが組んでいたパーティーは、戦歴が均一化されておらず、同行者たちの技量はバルスより圧倒的に低かった、つまり低レベルだったそうだ。
それゆえ、前面で戦闘参加を余儀なくされたバルスは傷を負い続けた。自然治癒を待てない程に、敵の激しい猛攻により、回復魔法を受け続けなければならなかったというわけだ。
生物の寿命とは、細胞分裂の回数によるらしい。女神から聞いた。エルフは人間に対してその二十倍近くの分裂回数を誇る。理論値では寿命は二千歳。セイレンは千五百歳で亡くなった。バルスの理屈だと、回復魔法で五百歳も寿命を縮めたということになる。なんとも皮肉だ。
「それで、バルスはその寿命が尽きるのを待っているということか?」
私の問いは容赦ない。生というものに価値があるとするならば、何をどうしたいのか、常に前のめりに言い尽くすことだと思うのだが、バルスはどうもそのあたりがおぼつかない。さすが、十八歳の幼児だ。
「さて、本題を聴こうか、バルス」
バルスは覚悟を決めた顔をした。ようやく見つけたといわんばかりに、私を凝視する。
「探していた、全魔法を習得したというあなたを、オワツ」
「ほぼ、全魔法な。で、時間逆行の魔法でもかけて欲しいというところかな?」
時間逆行の魔法は、女神から盗み取った魔法だ。盗むというと誤解があるな、目で見て盗んだ、まぁ学んだというところだ。
三千年、女神のもとにいると、奇跡的に使用する希少魔法というものに遭遇する。時間系の魔法は禁忌で、空間移動よりも厳格に管理されているらしい。おそらく魔王が三体同時発生した頃に、女神は時間逆行を詠唱し、一体ずつ封印の儀を行い、眠らせていったようだ。三体のうち、一体はバルスが討伐したようだが、私とセイレン以外に魔王を討伐したものがいるというのは、にわかに信じがたいのだが。
「時間逆行だと、魔王が復活してしまう。むしろ逆、あと十年時間を進めて欲しい」
「何を言うの?そうすれば、バルスは寿命がつきてしまうじゃない」
私、まともだと思う。
「十年経てば、次の勇者が成人となる。そうすれば、この盾を引き継げる」
確かにあの盾は物騒だ、蘇生魔法と即死魔法を詠唱する。本来は勇者固定の魔法なのに。
「無機物を有機物に変える魔法も、次の勇者に引き継げるから」
バルスが死ぬわけには行かないと言っていたのはそういうことなのか。引き継ぐとは、憧れるな。人間らしい。有限っていいな。
私は勇者に会ったことはない。だから知らなかったのだが、勇者は次の勇者を見つけて死ぬらしい。それが女神と交わした約束。履行しないと、地獄行きというらしいから、なんとも非道な契約だ。女神は悪魔ではないのか。
「勇者は何人もいるのではないか?今生きている勇者に引き継げばいいだろう」
「そうか、知らないのか、勇者が複数存在する理由を。そうか」
バルスは勇者が同時期に複数存在する理由を知らずにがっかりしたようだった。
「教えてよ」
「簡単だ。勇者は勇者を管理している。お互いを見張っている」
「つまり?」
私の声にかぶせるようにバルスはか細い声で言った。
「勇者は魔王から生まれるからさ」
つまらない、闇落ちかそれ、と言いたい気持ちをグッと堪えた。似たようなことをセイレンが言っていた。私とセイレンが魔王討伐に明け暮れていた頃、確かに勇者不在だった。魔王が勇者に討伐されると、魔王は勇者に転生するという、バルスの仮説をこのあと聞かされるが、なるほど、勇者不在の理由がよくわかった。
私とセイレンは勇者ではない。勇者あらざるものが、魔王を討伐しまくったもんだから、魔王は勇者に転生することができず、さまよう魂となった。勇者転生の摂理をぶっ壊したというわけだ。
なるほど、どおりで勇者に会えないわけだ。
だからこそ、女神はバルスのような勇者あらざるものにまで、勇者の祝福を与えたのか。それとも…。
ともかく、バルス自身は蘇生魔法と即死魔法を会得できなかったということだ。
代わりに、盾がその機能を果たすとは。勇者でないことの証明でもあったのだな。だったら無機物を有機物に変える魔法、仮に無有魔法とでも名付けるが、その魔法はバルスが会得しているはずもないか。私は落胆した、だが落胆の様子は見せない。
「無機物から有機物に変える魔法は、会得しているんだよね?」
そこにないものを、あるのと聞いても意味がないけれど、聞かないわけにはいかない。
「ああ、実はそれはこの盾がマスターしている。発動条件は、僕にある」
得意げというか、当たり前のように言うバルスを悟りきったような表情に、なにか胸がモヤモヤするのを感じた。それは実質会得しているのと同じでもある。
「次の勇者を探すよりも、時間を撒き戻した方がいい。魔王が復活したとて、私が倒せばいい」
「それなら、魔王は勇者に転生できなくなるということでは?」
バルスは言った。私はバルスの皺だらけの手をさすった。
「いいのよ、魔王が勇者に転生するってこと自体が不自然な摂理。勇者の死後ってかんがえたことある?おそらく勇者は死んだら、魔王として生まれるとはずよ」
バルスは沈黙する。
「この不毛な流れを断ち切るには、私みたいな勇者にあらずモノが魔王を倒す。その輪廻みたいなものを断ち切るのが一番。セイレンと魔王討伐していたころから、もう三千年も経ったから、人工的な勇者やそれに付帯するエセ魔王が誕生しているってことなのね、きっと」
私はおどけるように手のひらをフリフリと回しながらチャラけた。
「バルスだって気づいてるんでしょ。だって、あなた、勇者じゃないもの」
バルスの表情は意外と落ち着いていた。外は祝祭日でにぎわい、花火が何発も打ちあがる。バルスの声はかき消されたが、何を言おうとしたのかよく分かった。
「ありがとう」
その言葉の意味を、私は素直に受け取った。




