第三話・焚火
森の奥深く、私とバルスは野営することとなった。宿がとれなかったのだ。正確には、酒場での一件が、数少ない宿屋にまで伝わったのだ。
焚火がパチパチと音を立てる。火は魔法で簡単に起こせるが、炎を維持するのは別問題だ。枯れ木が必要だ。それもカラカラに乾いた。バルスはそのあたり手慣れていた。ナラの木、猿たちの集落は樹上にある。意外にも、猿は足を踏み外すことが多い。その際に、小枝が折れる。折れた小枝がところどころに落ちているのだ。
「バルス様の種族は人間、ですよね」
バルスはため息交じりに、私の言葉に反応した。不気味で禍々しい顔が彫り込まれた盾を裏向けにして置く。きっと盾が勝手に詠唱を始めないようにという智慧なのだろうか。
「そうだけど」
「キミは、何者だ?」
バルスは眉を顰めながら、私を足元からじっと見た。どう見ても、美人の魔法使いだろうに、それ以上でもそれ以下でもないはずだが。
「もう一度自己紹介しますね。私はオワツ、年齢はヒミツです。魔法使いです。ほとんどの魔法は簡易詠唱まで含めて、習得済みです」
少し自信家に見えたか、皺だらけのバルスの手が拾ってきた枯れ木に伸びる。それをひょいと、焚火に投げ入れる。
「女神の魔法もか?」
女神の魔法、つまり回復系魔法のことだ。
「はい、時間はかかりましたが」
「ということは、賢者じゃないのか?」
バルスはぼそっと、小さな声で呟く。森の木々の間から、冷ややかな風が通り抜ける。樹上にいた猿たちはねぐらをどこかに変えたようだった。生物の気配がしない。
「賢者ではありません、回復魔法は女神さまが根負けして、祝福をくださいましたから」
私は、自分の素性を知られないように、特にアンドロイドであることは。
「ひとつ、どうしても気になるのだが」
バルスは私に干し肉を手渡し言った。
「オワツ、キミは人間ではないな?」
核心をついてきた。さすが勇者だ。
「どういうことですか?」
人間ならここで冷や汗でもかくのだろうが、私の体温、いや温度は一定で、汗をかく魔法は五十年前習得しておいた。額に汗が浮かぶ。いや、汗をかいていいのか? 混乱する。
「酒場で即死魔法、あの盾が詠唱したが、キミは死ななかった」
「それは、あの男に詠唱が固定されていたからでは?」
バルスは干し肉をガブリとかじり、くちゃくちゃと音を立てて口の中でほぐす。行儀がいいとは言えない。
「詠唱が固定されているなんて、賢者でも判断できない。無理だ。しかも、盾の詠唱だぞ。無機物の簡易詠唱で即死魔法。詠唱に気づくことすらできないはずだ。装備している者以外は」
「つまり?」
私は汗をかくのを止めた。不自然に額の汗が止まる。
「盾、剣、鎧、その他装飾品、これらに特殊能力が備わっている場合があるのは知っているよね」
「もちろん」
「その効果は、装備している者しかわからないだろ?」
バルス、意外と詰めてくるなぁ。私が少し怯むと
「キミはその効果、詠唱行動も含めて、察知できた。つまり、キミは人間やエルフといった生命体ではないということだ」
「私は人間ですよ」
沈黙の時間が流れる。面倒だから、もう自分がアンドロイドであることを告白すればいいのだろうか。だが、まだ信用ができない。
「この盾は、倒した魔王の壽念が込められている」
バルスは盾を手にしながら言った。
壽念、祝いの念とも言う。強力な魔物を倒すと、それまでにその魔物に倒された生き物たちの念が討伐者に集まる。それは、怨念というよりも祝いの念、集合体となった念が壽念となることがあり、装備品にとり憑くのだ。
無機物への憑依とでも言うのか。私もいくつか手にしたが、気味が悪いので裏古物商に売り払った。話しかけてくる杖は思った以上に気持ち悪かった。寝床でなぜか口説いてくる杖もあった。
バルスは続けた。
「つまりだ、壽念を持った盾とキミは同一属性なのではということだ」
まだ続いていたのか、この話。このおじいちゃんしつこい。
「私が無機物ということ?」
「あぁ、ズバリ、キミは元装飾品か何かで、壽念が宿ったのだろう」
惜しいけど、なんか違う。私の身体は超高古代魔法によって、臓器を無機物から生成して、転移移植したというのが正しい。悪趣味な魔法使い、当時は魔術使いと言うが、奴らに人為的に作られたということだけ、知っている。セイレンが調べてくれたのだ。
私は、惜しいバルスの仮説をいなした。
「くだらない話はいいから、私もう寝るね。三時間交代で、見張りよろしく」
ポーチから寝袋を取り出し、私は目を閉じた。紅くギラギラと熱を帯びた、焚火はどこかバルスのようにも思えた。老人にして、このエネルギッシュさというか。私より年下ではあるが、話しぶりも若い。よりによって初対面の私を、キミと呼ぶのだから。




