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可惜夜(あたらよ)の魔法使い  作者: 常に移動する点P
第2章・勇者

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最終話・可惜夜(あたらよ)の魔法使い

 オワツはルイのもとへとゆっくりと近づいた。リム王国の国境は魔法による結界が複雑に張り巡らされている。


「そこ、危ない」

 ルイがそう言うと、


 オワツは

「古い術式だよ」といい、左手で結界をなぎ払った。蜘蛛の巣を取り除くように。


「ルイ・ドゥマゲッティ、一人でこんなところに来るなんて」

「祖母が、」

 ルイがそう言いかけると

「わかってるよ、セイレンに似たニオイがする。セイレンに家族がいたなんてね」

 オワツの表情が和らいだ。

「戦うのですか?」

 ルイの言葉数は少ないが、オワツには伝わっていた。「そうだよ」とオワツは言うと壽念を呼び集めた。二百年前、女神との決戦となったこの地には、勇者と魔王たちのさまよう魂が排気だまりのように漂っていた。


 セイレンとリヒト、それにジャンヌはここにはいないようだね、とオワツは言った。

 ルイは

「加勢します」

と言ったが、オワツはひと言「断るよ」と返した。


「これ、持ってて」

 オワツはそう言うと、背中に背負っていた不気味な盾をルイに渡した。

「これは?」

「最後の希望だよ」

 オワツはそう言うと、ルイに結界を施した。

「さて、本体を呼び落しましょうかね」


 二百年前、女神との決戦。女神自らこの地に降り立つと踏んでいたが、受肉体ではなく生贄によるうつし身の術を用いたものだった。遠隔操作による、女神の攻撃。女神にとっては、ノーリスクであった。だが、デメリットはあった。長時間の遠隔操作には生贄が耐えられない。それゆえ、オワツのトドメを刺し損なった。


 きっと女神は悔いているはずだ、オワツはとどめを刺しに、降りてくる。再び生贄を使うことはわかっている、だから勝算がある。


 生贄による遠隔操作、オワツは自身が機能停止させられていた二百年、対策を考えていた。うつし身の術は、この辺りに施されている結界と同じくらい古い術式だ。元となる術は以外にも、精霊系の召喚魔法に通じる。


「降りてこい!女神、私はここだ!」

 オワツの挑発を待っていたと言わんばかりに、雲一つない空に雷鳴が轟く。

 一メートル先に、雷が落ちた。赤土の大地は抉れ、ぽっかりと大きな口をあけた巨大生物のようでもあった。


 リム王国とサグ・ヴェーヌ連邦の国境沿い、神々の通り道でもあり、しかも勇者と魔王の魂がさまよう。


 墓


 ここは、太古から雨の如く血が降り注ぎ、しぶく。赤土は血の赤。死したる戦士たちは、埋葬されることなく、この地で果て、土へ還った。ここは、巨大な墓なのだ。


 粉々に砕けた骨のようなものが集まり、肉となり、皮膚が現れ、毛髪が生え、目が口が耳が再生する。女神の蘇生魔法とうつし身の術が同時並行でなされた。雷は、適当な生贄となる遠隔操作の身体を掘り起こすためか、とルイは結界の中から理解した。


「死者を蘇生させて、強制的に生贄にするとはね。さすが女神さま」

 うつし身とシンクロした女神は、さっそく光輪の魔法を放つ。サークル状で回転する光輪は、触れれば蒸発するほどの熱量だ。

「最初からとどめを刺しに来るとは、戦闘ロマンがないというか、がっかりだよ」

 オワツの挑発に女神は乗らない。


「お前の壊し方は、わかったんだよ」

 女神はそう言うと、光輪をオワツの周囲に囲むように発した。逃げ場がない。

 ジャンヌの上半身が吹き飛ばされたのと訳が違う、この数はちょっと洒落にならない、とオワツは結界を解く。

「観念したの?そりゃそうか」

 女神の余裕のひと言が、ルイを焦らせる。


 さっきの雷の影響か、大気の振動が激しい。

「では、溶けて消えろ」


 ルイの結界内に逆さ盾が震える。大気の振動と同調しているかのように、ルイには見えた。


「エル・ミルザ」


 オワツから発せられたのは、死と回収の神の名。女神が一瞬怯んだ、その隙にオワツは詠唱を始めた。いや、二百年前からの詠唱を続けた。


「八式」

 聖属性による神霊魔法が発動する。女神を封印するための魔法。

「私との契約が途切れているのになぜ」

 女神が逆さ盾に自然と目をやる。

 エル・ミルザが顕現している。ここは神々の通り道、二百年前に現れるはずだった神々がエル・ミルザに引き寄せられるように、実体化する。千七の神がエル・ミルザに引き寄せられ、千八になった。


 女神の仇敵も数えきれないほどいる。忘却の神レク、憤怒の神ヴェイン・アル、なかでも仇敵中の仇敵、宿敵中の宿敵ともいえる言断神・トゥレが魔法詠唱を封じる言断の乱技を発動させた。


 半径百キロ、すべての魔法詠唱が閉じられる。


 女神は生贄を放棄した。だが、それは悪手だと、ルイですらわかった。


 生贄から意識を取り外す、その一瞬、現世に女神は顕現せざるを得ない。遠隔操作とはいえ、生贄を封緘して、納めを行わない事には女神自身が強制受肉をされ、神々の世界から追放されるためだ。


 ここにいる神々の魂たちは、強制受肉により神の座を追われ、現世にて神と人の間を彷徨う存在。オワツは、二百年もの間この地で機能停止している間、女神とどう戦うかを練っていた。最初に声をかけてきたのが、エル・ミルザ。逆さ盾に封印されていたのは勇者の魂などではなく、死と回収の神だった。


 顕現した女神を掴んだのは、夜の神ノクス。神々の影に潜み、その機を伺っていた。


 オワツがにこっと微笑み、更なる詠唱を続ける。八式は発動済みだ、このままでも女神は塵となるはずだが、ルイは目を大きく開く。


「九式、再配分の魔法」


 オワツが唱えたのは八式の続き、九式だった。再配分の魔法を教えてくれたのは、エル・ミルザだった。


 女神が持つあらゆる力、生命力、魔力、気力、胆力、攻撃力、守備力、それだけでなく視力や聴力といったものまで、すべての力となりえるものを、全生物に再配分された。


 それは、オワツやルイにも等しく与えられる。オワツはエル・ミルザに合図を送っている。神々も例外ではない、女神の力の再配分の恩恵を受ける。


「こ、こんなことぉおおお」

 女神の断末魔、だが声がか細い。

 エル・ミルザは蘇生魔法を詠唱する。女神によって奪われた命が、過去を遡り、生成される。運命を弄ばれた十一体の勇者、十一体の魔王、そして最後の勇者セイレンと魔王リヒトも。ジャンヌも光の粒子から再生を果たした。


 圧巻の光景であった、とルイは戦記を記しながら振り返る。


 エル・ミルザたち神々は再びその姿を大気に、大地に、大海に、潜めた。女神は全ての力を再配分されたのち、塵にもならず、ただ消えた。


 ルイは女神との戦記の締めくくりにオワツについて記した。オワツはその戦いから、八年後に寿命が尽きた。九式を詠唱後、機械式の身体が耐えきれず崩壊をしたのだ。同時に、エル・ミルザの蘇生魔法によって、再生を果たす。それは、有機体としての心臓部分からの再生となり、人間の臓器を手に入れたのだ。つまり、オワツは最後の最後に人間になり、そしてその命を終えたのだ。


 ルイは静かに筆を置いた。名残惜しく美しい夜が、明けた。


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