第10話・魔力探知器
リム王国より数百年単位で文明が遅れていると言われている、サグ・ヴェーヌ連邦。その国土は広大であり、その中でも統治する王たるのは魔導士ルイ・ドゥマゲッティであった。ルイが国土を蛮族とも揶揄される文明遅れの諸国を併合し、ある程度の自治を認めていた。リム王国をはじめ、他国よりも文明が遅れている理由は、女神を信仰しないという点に尽きる。
故に、信託・福音・祝福といった女神からの恩恵を得られるものはなく、勇者とよばれる人物がこの連邦国家から排出されることはなかった。同時に、僧侶や賢者といった女神からの回復術式を付与されるものも不在であった。魔法文明の遅れは、後進国ともみなされるが、ルイは医療の発展を推し進め、それゆえに医学はもとより、それに付随して生物学・科学・化学、物理学から天文学などさまざまな知的文明が市井にも広がりをみせた。
魔法を是とする文明にとっては、サグ・ヴェーヌは異端。近年は女神からの圧もかかっているようで、国境では小さな紛争が頻繁に起こっている。
ルイに使える筆頭騎士の一族、スタインウェイ家。父より家訓を賜ったのが、ガープ・スタインウェイだった。騎士と呼ぶには、臆病者で、争いというすべてから逃げて生きているような青年である。代々スタインウェイ家は、エンチャントを主体とする魔法騎士として名を馳せた。十五歳になると火、水、雷、土といった属性エンチャントからいずれかを習得する。ガープは十七歳になっても、属性エンチャントが習得できずにいた。
*
「もぉ、ガープ。起きろよ」
妹のメルフがガープのシーツをはぎ取る。いつものように荒々しく、年子の兄を起こす。
「起きてるよ、でも立てないんだ」
ガープの朝の言い訳に辟易としながら、メルフはその手を緩めない。母から起こしてくるまで、朝食は抜きだと言われているからだ。
ベッドの後ろに小さな出窓、朝日がガープの顔に陰影を与える。端正な顔立ち、鼻の頂上がひときわ高く、寝ぼけていても口角は上がっている、引き締まった顔は妹であることを差っ引いても、美形だとメルフは見とれてしまっていた。ガープの眼が開き、メルフは不意に視線をそらす。と同時に、学校の用意ができているのか、勉強机に視線を送る。
祖父が作ってくれた机と椅子。兄が勉強しているのをほとんど見たことがない。なぜって、いつも椅子にはガラクタが、机には見たことのない、パーツのような、いわゆる電気部品というものが、陣地取をしているようだった。今日は違和感がある、椅子にあるのは、人型の何か?
「ガープ! 何よこれ」
メルフは兄の椅子に置かれている不気味な異物を離れて見る。傀儡? なんだろう、とメルフは用心しつつ、簡易魔法を詠唱するタイミングを見計らう。ルイから教わった麻痺の魔法を試してみたいと考えていた。人間や魔物といった有機物生命体なら、麻痺の魔法は必中する。麻痺の魔法は、戦闘補助というよりも、戦闘回避に使うためにある。
相手を麻痺で動けなくしたら、その場から離れて逃げる。回復魔法が存在しないサグ・ヴェーヌでは、戦闘で怪我をしないことが重要であった。
「それ、触んないで!」
ゆっくりと起き上がるガープに、メルフはむしろ好奇心を揺さぶられた。ガープが大切にするものがこの世界にあるなんてと。何物にも興味関心意欲がないと思っていたガープが、触んないでと、怒ってるというか警告してきた。メルフは椅子に近づき、人型の何か
を自分の視線に収まるように、椅子を回した。
それは椅子から崩れ落ちるように、ガラガラと床に突っ伏した。女性? 気持ちわる、兄の性的な関心が人形へと向かったのか? いやそれはそれで、兄を尊重すべきだとメルフの表情は曇る。
「なに? これ」
先の尖ったブーツで、ころげおちた人形をツンツンとメルフは蹴った。
「あぁ、もう」
ガープは寝間着のまま、床に突っ伏した人形のもとに駆け寄り、優しく起こし、ベッドに座らせた。
その人形、美しい顔立ちだったが、目が閉じたままで表情まではわからない。ガープは頭をボリボリと掻きながらバツが悪そうに言った。
「先週、リム王国との国境沿いで戦闘があったろ。役には立たないけど、医療班として現地に派遣されたんだ」
「知ってるよ、エンチャントもできないんだしそれくらい役に立たないと。父さんも面目立たないものね」
メルフの鉈からくりだされるような痛重い言葉はガープにずん、と食い込む。
「でね、そこで相手方の兵長も助けたのよ。そのあたりは医療は公平というか、いや平等か。まぁそういうことで、敵味方関わらず、ずいぶんと助けたわけ」
「それで?」
「その兵長が、お礼にというか、この人形を持って帰って欲しいと。棺に入れて、渡されてさ」
ルイ様が好きそうな話だ。女神による回復魔法ではなく医療で敵味方問わず救命する。だが、戦利品を求めてはならないと、サグ・ヴェーヌ連邦の連邦法にも定められている。
「これは、連邦法に抵触するのでは?」
メルフは人形とわかったとたん、直接手で触れ始めた。人形ではない感覚。
「まぁ、その辺は、改めてルイ様にも話すよ」
「これ、人形じゃないよね」
「そうみたい。魔力もわずかながらに探知できるし」
ガープはそう言うと、学校で支給されている魔力検知器をその人形に近づけた。
「ほら、魔力がかすかにあるだろ」
「あぁ、ガープ。それ、探知機の使いかた間違ってるよ」
メルフはそう言って、ガープから魔力検知器を取り上げた。検知器の対象設定未設定だったのだ。その場合、検知器は前回計測した魔力を再表示するにすぎず、おそらくそのあたりの魔物か誰かの魔力検知が表示されたままだったのだろう。メルフは、検知器の対象設定を目の前の美しい人形に設定しなおした。
「これでよし、と」
ガープに魔力検知器を渡し、操作を促した。
「じゃぁ、計測するよ」
魔力探知機の針が動かない、ほらね、と言う表情でメルフはガープを見る。さっさと朝ごはんを食べて、学校に行こうと無言で促している。
「おかしいな、動くと思ったんだけど」
ガープはベッドに座らせた人形を、シーツを被せて寝かせておいた。母が自室に入ることはないが、人形がむき出しのままも良くないと、今朝の一件でわかったからだ。
「母さんに、人形のこと言っといた方がいいよ」
「変態だと思われない?」
「大丈夫、もう十分に変態だと思われているよ、ガープは」
「どういうことだよ」
兄妹がじゃれあいながら、母が待つダイニングルームへと向かう。
針がピクリとも動かなかった魔力探知機は、無造作にベッドに置かれていた。ガープのベッドでシーツを被せられた人形に、わずかばかりの陽の光が当たる。シーツを透過するほどの強い日差しだった。
閉じた瞼がゆっくりと動いた。同時に、魔力検知器の針が高速で回転を始めた。針はその回転数と速度に耐えられず、検知器から外れ、木壁に突き刺さった。
瞼が開ききった時、スタインウェイ家の半径十キロに強度魔力警報が発令された。ガープとメルフの二人が学校に行ってからのことであった。




