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【第一章】春風の出会い


剣を背に、旅をしていた。


名前はカイル。


剣の腕で金を稼ぎながら、町から町へと渡り歩く生活。


とくに目指す場所もない。ただ、生きるために歩いている。


今日もまた、そんな一日のはずだった。


昼過ぎ、少し小高い丘の上に建つ町にたどり着いた。


地図には小さくしか載っていない、名前も覚えにくいような町。


だが、最初の一歩で、そこが他の町とは違うと気づいた。


町の中心に――一本の大きな桜の木が立っていた。


とにかくでかい。


太い幹は空に広がった枝にびっしりと花が咲いている。


風が吹けば、薄紅の花びらが空を舞い、まるで町全体が春の息吹に包まれていた。


「……でけぇな。」


思わず、口から漏れた。


あんな桜、今まで見たことがない。


人だかりができるでもなく、誰もが当たり前のように通り過ぎていく。


その中で、一人だけ違う空気をまとった存在がいた。


桜の木の下に、女性が立っていた。


ゆっくりと舞い降りる花びらに向かって、そっと手を伸ばしている。


その姿は、どこか絵のようで、やけに目を引いた。


白く細い指が、宙を泳ぐように動く。


落ちてくる花びらを、まるで捕まえようとしているようだった。


「……何してるんだ?」


自分でも意外だった。気づいたら、声をかけていた。


女性がこちらを向く。


肩までの髪が風に揺れ、目が合った瞬間、ほんの少しだけ胸がざわついた。


「桜の花びらを掴もうとしてるの。」


「そんなもん、掴んでどうするんだ?」


「願いが叶うって、聞いたことがあるの。」


そう言って、彼女はふっと笑った。


その笑みは、どこか懐かしくて、でも少しだけ寂しげだった。


ふと、彼女の手が再び空へと伸びる。


風に乗って舞い降りてくる花びらが一枚、ゆっくりと彼女の手のひらに近づいて――


触れるかと思った瞬間、ふわりと浮かび上がり、すり抜けるように落ちていった。


彼女の指先には、なにも残っていなかった。


けれど、彼女はそのまま手を下ろしもせず、ただ静かに花の行方を見送っていた。


「……掴めないじゃないか。」


「うん。でも、いつか掴めるかもしれないでしょ?」


その言葉は不思議と、心にすっと染み込んできた。


彼女はまた、何事もなかったように空を見上げる。


風が吹く。花びらが揺れながら落ちてくる。


その中で、彼女の手は何度も空をすくった。


「ねえ、あなたはこの桜、好き?」


「嫌いじゃない」


「ふふ、それならよかった。」


そう言って彼女は笑った。


その笑顔が、春の空気と混ざって消えていきそうで、なんとなく目を逸らせなかった。


しばらく、二人で無言のまま、桜を見上げた。


町の音が遠のいて、ここだけ時間が止まったみたいだった。


やがて、彼女がぽつりと話し始める。


「私はね、毎年ここに来てるの。桜が咲いたら、必ず。」


「毎年……か。」


「うん。今年も、ちゃんと咲いてくれてよかった。」


その言葉には、安心とも、喜びともとれるような、やさしい響きがあった。


俺は彼女を見つめながら、自然と口を開いた。


「……明日も来れば、君にまた会えるのか?」


彼女は少しだけ目を見開いて――やがて、やわらかく笑った。


「そうね。」


その瞬間、なぜか心がふっと軽くなった気がした。


それが、彼女との最初の出会いだった。






翌日



俺はまた桜の木の下に来ていた。


別に約束したわけじゃない。


でも、なんとなく――そう、なんとなく足が向いた。


昨日と同じように風が吹いて、花びらが舞っていた。


そして、昨日と同じように、彼女がいた。


俺の姿に気づいた彼女は、目を丸くして、それから笑った。


「ほんとに来たんだ。」


「……あんたに会いに来たよ。」


自分で言って、少し照れくさくなった。


でも、彼女はふふっと小さく笑っただけで、恥ずかしそうでもなく、嬉しそうでもあった。


「そっか。じゃあ……改めて、こんにちは、だね。」


彼女がそう言って、軽く頭を下げた。


「セレナ。私の名前」


「カイル。俺は……旅をしてる。ここの町には初めて来た。」


「うん、そんな気がした。歩き方とか、服とか、ちょっと違ってたし。」


彼女は俺をじっと見て言った。


あまり見慣れない服だったのかもしれない。


「この町は初めて?私が案内してあげるよ。」


「……いいのか?」


「もちろん。だって、せっかく来てくれたんだもん。」


セレナは、まるで当たり前のことのように言った。


その気さくな笑顔に、なんとなく肩の力が抜ける。


それから、俺たちは町のあちこちを歩いた。


小さなパン屋。季節の野菜を並べた露店。路地裏にある古びた教会。


どこも、昨日は気づかなかった場所ばかりだった。


それをセレナは嬉しそうに説明してくれる。


「このパン屋さんのクロワッサン、焼きたてのときは最高なの。」


「ここの路地、夕方になると猫が集まるんだよ。」


話を聞きながら、ふと気づく。


俺は、こんなふうに町を歩いたのは久しぶりだった。


誰かと一緒に、意味もなく笑って、くだらない話をしながら歩くなんて――


「ねえ、カイル。」


セレナがふいに足を止めて、俺の顔を見上げる。


「今日、夜ご飯でも一緒にどう?」


「……ああ。」


即答だった。


セレナは嬉しそうに笑って、風に髪が揺れた。


その夜、俺たちは宿の近くの小さな食堂で食事をした。


特別な料理が出たわけじゃない。普通のスープとパン、焼き魚と煮込み。


でも、話して、笑って、それだけで心が満たされた。


店を出る頃には、夜の風が町をやさしく吹き抜けていた。


遠くで鐘がひとつ、静かに鳴った。


別れ際、セレナが手を振った。


「じゃあ、また明日ね。桜のとこで。」


「ああ。」


それだけ言って、彼女は夜の路地に消えていった。


俺はしばらく、その背中が見えなくなるまで立ち尽くしていた。


風が桜の香りを連れてくる。どこか、懐かしい香りだった。


いつからだったか。


気づけば、彼女と一緒にいるのが、当たり前になっていた。


誰かに説明するような言葉なんて、きっと必要なかった。


ただ――


桜が舞うこの町で、俺たちは静かに寄り添うようになった。


それだけのことだった。


確かにそこに“始まり”があった。





流瑠々と申します。

二作品目【記憶を失った俺は、桜の木の下でもう一度君に恋をする】の1章目でございます。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます


第一章では主人公カイルとヒロイン・セレナの出会いを描きました。

桜の木の下での何気ない会話――ですが、ここがすべての始まりになります。


この作品は、記憶と再会をテーマにした、少し切なくて優しい物語を目指しています。

どこか懐かしいような、でも新しいような、そんな気持ちを感じていただけたら嬉しいです。


感想・レビュー・ブクマなど励みになりますので、よければぜひよろしくお願いします

続きも頑張って更新していきますので、また読みに来てくださると嬉しいです


前作の【春の丘で出会った日傘の少女と、十年に一度咲く風鈴草に(完結)】も見ていってください。


以上。流瑠々でした。




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