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六話 愛する想い

俺はすべて思い出した。俺は人間だった。死神としてここの生まれ落ちたのは俺が人を殺したからだ。でも後悔はない。それで大切なものを守れたのだから。


ゆっくりと目を開けると、死神だったおれの住処。薄暗い洞窟。真っ二つに割れたテーブルに倒された棚。あぁ。俺はむしゃくしゃしてたんだな。と周りを見渡す。人間だったころと姿は違うが、心は同じだ。娘の最後も看取れて、死神に生まれ変われてよかったとさえ思う。


「死神グリム。こちらへ来なさい。」


外から芯のある声が聞こえる。俺はグッと手で地面を押すように立ち上がる。目の前には高貴な衣装を着た死神が立っていた。無表情でこちらに視線を向ける。


「なんでしょうか?」

「通告。貴殿はこれから地獄の口へと進んでもらう。」

「地獄の口ですか・・・。理由は教えてくれるんですか?仕事は真面目にやってきたつもりです。なにか不備がありましたか?」

「貴殿はこの世のタブーに触れた。自分が何者か思い出したのであろう。それが理由だ。」

「そう・・・ですか。わかりました。行きます。」


俺は歩を進めた。地獄の口。その中に入れば無限の苦しみを味わう。でも仕方ない。俺はもう死神として仕事はできない。心を取り戻したから。人の最後を看取るには、この心が邪魔をする。もう前みたいにうまく仕事をできない。


地獄の口。見た目は巨大な扉のようなもの。縁にはうねうねとした模様が彫られており、今の俺には不気味に映る。周りには野次馬のように死神たちが集まる。大体はペナルティを犯した死神が待つ最後。彼らは笑いながら俺を見ていた。


「うるさい!貴様らも追放するぞ!」


俺の横に立つ高貴な衣装の死神が声を荒げた。フーッと息を吐くとこちらを向く。

 

「自分のタイミングでいい。準備ができたら扉を開く。すぐに中へ入れ。」

「1つ質問していいですか。」

「ダメだ。」

「最後だしいいでしょ。死ぬようなものなんですから。」

「なんだ。」

「あなたは死神ですか?」

「そうだ。」

「ならよかった。最後にそばにいてくれてありがとう。いってきます。」


そう言い残すと、扉が開いた。中はここよりも暗い場所。俺は扉の中に足を進めた。バタンッと扉が閉まると、何も見えなくなった。


中には何もない。ただ暗いだけの空間。俺は歩き続けた。途中で休みながら彷徨った。


「なるほど。無限の苦しみってそういうことか・・・。」


 ふぅっと息をつく。無限の苦しみとは終わりがないこと。ずっとここに一人。確かにおかしくなりそうだ。

しばらく彷徨っていたが、精神的に疲れが限界にきた。おれは座り込み、今まで見送った人たちを思い出した。


 24時間後に死ぬ。これを急に言われて気が動転する人間などいない。楽しめる人間の方が少ない。後悔のない選択をできる人間などいないのだ。もっと後悔なく人生を終わらせてあげられたのではないか。それができなかったことにおれは後悔した。


 一人ぼっちになった時、ふと彩と美沙に会いたくなった。昔の俺。死神の俺だったらこんなに苦しまなかったかもな。会いたいのにもう会うことはできない。膝を抱えながら、独り言でも呟いてみる。


「寂しいな。会いたいな。会えたら力いっぱい抱きしめたい。一緒に起きて、また一緒に眠りたい。」


目を瞑り、記憶の中を旅する。幸せだった。俺は幸せだったんだ。もう生きてはいないけど、死んでもなお。おれは2人の幸せを願ってる。愛してる。


その時、胸が熱くなった。下を向くと、胸の石が強い発光している。そして光が真っすぐある方向に伸びていく。


「なんだ。これ・・・。今更なんで・・・。行ってみるか。」


そこから俺は歩いた。ひたすらに歩いた。心が折れそうになっても二人のことを思い出して無理やり足を前に進めた。顔はやつれ、倒れそうになりながらも。


「これは船?光はこれを指しているけど。」


一人用の船がそこにあった。ひとまず乗り込んでみるがなにも起こらない。足を動かすと、コツッと何かが落ちている。それは石板だった。感情の石、喜び、怒り、悲しみ、楽しみ。4つの石がついた石板。愛だけがぽっかり空いている。


 胸についている石にそっと触れる。ポロッと石が取れた。鼓動のように白く発光する石。それを愛のくぼみに嵌める。ぱぁっと眩しい光。それが上に向かって伸びていく。その時、船がふわっと浮かび上がる。浮遊感が心地いい。俺は夢見心地に眠りについた。



青々とした芝生。心地の良いそよ風。木々が生い茂り、ほのかに温かい日の光が降り注ぐ。

 

「眩しくて目が開けられない・・・。ここはどこなんだ。」


眩しそうに手で日よけを作りながら片目を瞑りながら周囲を見渡す。見覚えのないのどかな場所。船から降りると柔らかい地面の感触に驚いた。淀んだメタファとは異なり、澄んだ空気を思いっきり吸い込む。


「空気がうまいな・・・。彩と美沙と一緒に来たいぐらいだ・・・。」


寂しそうに足元に視線を落とす。その時、サッサッと足音が近づく。グリムは後ろを振り向いた。


「彩・・・。美沙・・・。本当に?」


目の前には二人の姿があった。二人とも20代後半ぐらいの姿。大きくて丸い瞳と控えめな口。そっくりだ。美沙のとんがり気味の鼻はおれ譲り。特徴的な絹のような細い栗色の髪の毛が風でそよぐ。


「あなた。久しぶりね。ずっと見てたわよ。迎えに行けなくてごめんなさい。どうしてもそっちの世界に行けなくて。」

「パパ。おかえり!パパならこっちに来てくれると信じてたよ。」


 俺は泣き崩れた。そして俺は二人を力いっぱい抱きしめた。あとから聞いた話ではここは俗にいう天国らしい。俺のいた死神の世界メタファは地獄の手前の世界。罪を犯したものを無作為で死神として生まれ変わらせ、監視するようだ。誰が監視しているかはわからない。死神にはただ一度だけチャンスを与えられる。天国に行ける切符を得るチャンス。それがあの石板だ。おれは運がよかった。感情を取り戻し、愛を知れた。


俺は幸せだ。心からそう思える瞬間だった。



 とある日の死神の世界メタファ。今日も死神は人間に死を告げる。そんな死神の中で人一倍暗い顔をした死神。髪の毛が目にかかるぐらい長く伸びている彼。彼は崖の上で何もない薄暗い空をただ眺めていた。彼は二回仕事を失敗した。1人目は死を告げた瞬間、窓から飛び降りて死亡。2人目は気が狂って外へ飛び出し、車に引かれて死亡。そろそろペナルティで地獄の口へ案内されてもおかしくない。もうそれでもいいか。と諦めていると彼の右手に何かが触れた。


「なんだ?この石・・・。」


人間とは

感情の石を集めろ・・・。喜び、怒り、悲しみ、楽しみ。最後に愛。すべて集めたものには真実が与えられ、解放されるだろう。


そう刻まれた石板が彼の手に届いたのだ。




ご一読いただき、ありがとうございます。

評価を頂けますと、今後の執筆の励みになります。もしお気に召しましたら、ブックマークをお願いいたします。


また高評価、ブックマークが多ければ、この話を題材にした長編物語も作成します。

白モン

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