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五話 愛 高橋美沙 85歳

おれは死神だ。おれは死神だ。おれは死神だ。

薄暗い住処で何回も連呼した。そうしなければ、あの女性を思い出してしまう。俺のことをパパと呼んだ女性のことを。


「そうだ。あれは夢だ。この石板が見せてきた夢なんだ。現実じゃない。」


激しく揺れる瞳と必死に取り繕ったようなにやけ顔。俺はフラフラしながら暗い世界へ足を踏み出した。


しばらく仕事がなかった。それが苦痛でならない。仕事をしていないと死神であることを忘れそうだから。苦しい。思い返せば、今の俺は死にゆく人間と似ている。虚像に震え、死ぬ人間。少しだけ気持ちが理解できた。


某月某日の2時頃。高橋美沙85歳。おれはベットで横になる老婆のそばに立った。気配に気づいたように老婆がたるんだ目をこちらに向ける。

 

「お前はあと24時間後に死ぬ。時間通りに死ねば何をしても構わない。好きにしろ。」

「えぇ。そろそろかなと思っていました。ようやく迎えがきたのですね。少し待っていてください。」


彼女は再び眠った。目を覚ましたのは11時。体をゆっくりと起こすと、彼女は縁側に座り、お茶をすする。俺が横にいても何一つ動揺を見せずに遠くを眺めている。


「何もしないのか?」

「していますよ。今あなたと一緒にいます。それだけで構いません。」

「そうか・・・。」

「あなたが退屈そうですね。それでは少しお話に付き合ってもらいましょう。」


老婆は話を始めた。2年前に愛する旦那を見送ったこと。孫が二人もできたこと。人生を振り返るように話した。


話しつかれたようで、老婆はゆっくりと立ち上がると、ベットに横になる。


「申し訳ないね。少し寝させてもらうよ。」


再び彼女は眠りについた。夕方には家族で食事を食べるために起き上がったが、それ以外は基本的に寝ていた。そして日付は変わり1時。彼女が目を覚ます。


「申し訳ないね。退屈でしょうに。」

「いや。俺は慣れている。気にするな。時間通りにお前が死ねば問題ない。」

「ふふ。真面目なお方だこと・・・」


ひと時沈黙が流れる。


「私はいい人生を生きた。家族も幸せに過ごし、周りには温かい人たちばかり。あなたもそのうちの1人よ。」

「俺は死神だ。関係ない。」

「そうかしら。私の最後を看取ってくれる人よ。そばにいてくれてありがとう。」


彼女の温かい視線が向けられる。やめろ。と心の中で呟く。


「でもね。心残りが一つだけあったの。父を一人ぼっちで死なせてしまったことよ。」

「父は体にも心にも深い傷を負った人だったわ。まだ小さかった私は何もできなかった。」

「今でも覚えてるわ。夜遅くに男の人が家に入ってきて。母は咄嗟に私をカーテンに隠したの。母はその男に刺され、父がその男を刺し殺した。」


俺は拳をグッと握りこんだ。ギリッと奥歯を噛みしめる。


「父は罪には問われなかった。体の傷はすぐによくなったけど、心の傷がなかなか治らない。辛かったと思うわ。夜アルバムを見てはひとりで泣いてたもの。」


そんなわけがない。そんなはずがない。心で強く自分に言い聞かせた。


「父は写真を撮らなくなったわ。だから大変だったの。遺影の写真がなくて。」

「もういい!もういいから話をやめろ。」


俺は彼女の話を遮った。彼女はこちらに柔らかく微笑みかける。


「あなたがきてくれて本当によかった。だって会えるわけないって思ってたもの。世の中って不思議ね。」

「違う。違う。違う。俺は死神だ。死神なんだ!」


俺は頭を抱えて膝から崩れ落ちた。そんな俺を彼女はそっと抱きしめる。


「死神かもしれない。人間ではないと思うわ。それでもわかっちゃうのよ。私はあなたの娘だもの。」


ここに来た時、薄々感じていた。彼女を見るたびに胸が痛い。眠る顔が愛おしい。そっと頬を撫でたい。


「パパ。最後に会えたのがパパでよかった。私は最高の幸せ者よ。ありがとう。」

「待って!・・・。」


時刻は2時。高橋美沙はグリムをそっと抱いたまま息を引き取った。俺はまだ温かい彼女をベットにそっと寝かし、布団をかけた。しばらくそこを離れることができない。心が痛い。もう彼女には会えないのだ。


住処に帰ると、胸の激痛に襲われた。息ができないほど苦しい、そして痛い。しばらくうずくまると苦しさが引いていく。胸のあたりをまさぐると、硬い何かが。服を脱ぐと、拳ぐらいの大きさの白い石が胸に埋め込まれている。石は発光し、その光は胸の鼓動のように点滅していた。


 俺はあの石板を手に取る。刻まれた文字。


 感情の石を集めろ・・・。喜び、怒り、悲しみ、楽しみ。最後に愛。すべて集めたものには真実が与えられ、解放されるだろう。


 喜び、怒り、悲しみ、楽しみの4つの石が胸の石と共鳴するように光り輝く。俺は愛と刻まれた文字の下。石板を抱きかかえるように胸の石を窪みに押し込んだ。


 目を開くと、長い廊下にいた。廊下の進むと左右の壁に写真が飾ってある。


「これは・・・。俺の記憶か?」


 写真を見ると周辺の記憶が蘇ってくる。裕福ではないが明るい父と母のもとに生まれたこと。そしてお花畑の中であの栗毛の少女と映っている写真。


「彩・・・。そうか。やっぱりあれは君だったのか。」


 小さい頃母の実家に帰省した時、たまたま出会った少女が彩だった。二人で色んなことをした。かくれんぼ。蝉取り。花で髪飾りをつくったりもした。

 

 廊下を進むと、俺も少し大きくなっていた。これは野球のクラブチームの写真。エースで4番。楽しかった思い出。しかし、楽しくない記憶もよみがえる。


 母の実家に帰省した時。彩は嫌がったが、彼女のアパートに入った。あの男が帰ってきたのを察した彩が俺を押入れに押し込んだ。乱暴されている彩を見てられなかった僕は押入れから飛び出して殴りかかる。案の定大人には勝てるわけもなく、僕は殺されかけたが、ぎりぎりのところで警察が部屋に踏み込んできたので僕は生きていた。騒ぎを聞いた周辺の住民が呼んだらしい。男は刑務所に入れられた。


 そしてしばらく思い出に浸っていながら歩き進める。俺は無事大学を卒業してそこそこ大きな企業に就職した。仕事は大変だったがやりがいはあった。そんな中、美沙が生まれた。可愛くて可愛くてたまらない。俺の目に涙が滲む。


 そして、あの悲劇を思い出す。彩が殺された日。悲しくてたまらなかった。あとを追うことも考えた。でも美沙がいてくれる。おれの唯一の希望。


 そして、美沙の結婚式。俺は出たくなかった。希望がどこかへ行ってしまう気がした。でも新しい希望が生まれただけ。彼女の幸せ、そして彼女たちの幸せを願うことだ。


 おれももう年寄り。美沙は時々、子供を連れて遊びに来てくれる。幸せだった。ただ彩が隣で一緒に年をとってくれてたら。彼女のことを忘れた日は一度もない。


そして俺の人生は幕を閉じた。廊下は行き止まり。腰ぐらいの台の上に石板が置いてある。5つの石が光を放つ。俺はそれを手に取ると後ろに文字が刻まれていることに気付いた。


「人殺した者。稀に死神として生まれ変わる・・・。」


おれはもともと人間だった。しかし、あの男を殺した。だから死神として生まれ変わったのだ。

ご一読いただき、ありがとうございます。

評価を頂けますと、今後の執筆の励みになります。もしお気に召しましたら、ブックマークをお願いいたします。白モン

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