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四話 楽しさ 白石心愛 6歳

グリムは石板を壁に何度も何度も投げつけた。なんなんだこれは。頭がむしゃくしゃする。こんなものがあるからおかしくなったんだ。住処で暴れまわった。木の机を叩き割り、棚をひっくり返す。一回も使っていない皿やコップが割れる。乱れた髪から覗かせる瞳は大きく揺れ動く。


「おーい。どうしたー。なんかあったか?」


外には無表情のホルンがこれらを見つめている。おれは石板を持ち、ホルンの胸にグイッとそれを押し付ける。


「これ!どっかに捨ててきてくれ!頼む!」

「これってどれのこと?」

「これだよ!この石板・・・。石板はどこだ。」


今までに手に持っていた石板がない。住処に目を向けると、石板が床に転がっている。


「くそ・・・。なんなんだあれは・・・。」

「なぁ。石板ってこのぐらいの大きさのやつか?」


ホルンはやせた指で四角を作って見せた。


「そうだ!そう!ホルンも持ってるのか!?」

「いや。なんかすごい昔にあったような気がすんだよな。でもいつの間にかなくなっちまった。いつだっけな・・・。」

「そうか・・・。おい。なんか身体が白く光ってる?」

「お!やっときたか!俺もようやく終わりがきたな。」


ホルンはすでに仕事を97回遂行していた。死神が消える時。それが今起きる。


「なんで!なんで!ホルン!消えるな。もっとここにいろよ!」

「なんだよ。そんなに慌てて。グリム・・・。お前泣いてるのか?」

「えっ・・・」


俺は気が付かなかった。俺は泣いていた。死神なのに。


「人間みたいだな。でも羨ましいぜ。おれにはそれできなかったから。」

「おい。待てよ!」

「グリム。お前と出会えてよかったよ。じゃあな。」


ホルンの身体が小さな粒のように弾け、空へ登っていく。俺は立ちすくみ、しばらく小さく涙を流した。


次の仕事は思ったり早く舞い込んだ。


時刻は6時30分。白石心愛6歳。俺はとある病院に降り立った。黒いぱっつんヘアの少女に告げる。


「お前はあと24時間後に死ぬ。俺はそれを見届けなくてはならない。それまでは何をしてもいい。」

「おじちゃんはそばにいてくれるの?」

「そうだ。お前が時間よりも前に死なれては困るからな。」


すると少女は嬉しそうに顔を小さな手で隠しながらニヒヒッと笑顔を浮かべた。


「何がおかしい?」

「私ここでずっと待ってたの。もういいの。聞いちゃったから。もうすぐ死ぬって。」

「・・・家族はどうした。」


少女はゆっくり首を振る。細い髪が大きくなびく。


「ママはもう来ないの。ずっと会ってない。だからおじちゃんに会えて嬉しいよ。」


俺は組んでいた腕にグッと力を込めた。怒りだ。それを感じる。


「もう死ぬなら私を外へ連れてって。お願い。」

「・・・いいだろう。いこう。」


俺は少女の手を引っ張り、病院を抜け出した。


8時00分。少女は公園で走った。時折よろよろとするも、楽しそうだった。

12時00分。生意気にも食べ物をオーダーしてきた。ハンバーガーとポテト。俺は店からそれを持ってきて、食わせた。笑顔でそれをほうばった。

13時00分。動物園できた。色んな動物を見た。彼女は飼育員になるのが将来の夢だといった。もう時間はないのに。

18時00分 疲れたようで俺は仕方なく背負って歩いた。死神が子供を背負って滑稽な姿に自分で笑ってしまった。

24時00分 目を覚ます。満点の星空が広がっていた。目を輝かせながら、彼女は天を眺めていた。

6時00分 寝てしまった彼女の身体を小さく揺らす。ポタッポタッと涙が出てきた。彼女の顔がぼやけてよく見えない。


やがて彼女が目を覚ました。


「おじちゃん。泣いてるの?」

「泣いてない・・・。泣くはずがない・・・。」

「どこか痛い?」


胸がグッと苦しい。物理的な痛みではない。でも苦しかった。


「よしよし。痛いの痛いのとんでけ~!」


少女は胸をさすってくれた。もうすぐ死ぬはずなのに、なぜこんなにも笑顔なのか理解できない。


「お前はどうして笑ってるんだ。もうすぐ死ぬんだぞ。」

「おじちゃんがそばにいてくれたから。今日凄く楽しかった!ありがとう!」


俺は言葉に詰まった。彼女の笑顔を見ていられなくなった。


6時30分。白石心愛はこの世を去った。近くに緑色の石が落ちる。俺はしばらく彼女のそばから離れられなかった。


住処に戻ると、身体が石のように重たい。疲れた。今まで疲労なんて感じたことはなかった。もう動きたくない。しかし、彼女の笑顔を思い出し、懐から石を取り出す。それをそっと石板に嵌めた。


俺はマンションの一室にいた。窓の外を見渡すと住宅が連なっているが、自然にも囲まれている。都会でもなく田舎でもない風景。何気なく入った一室には作業途中のように段ボールからアルバムが床に置いてある。それをパラパラとめくる。身長の高めな誠実そうな男性、そして栗色の髪の女性。共に笑顔の写真が何ページもある。しかし不思議なことに写真がところどころ滲んでいる。読み進めると、小さな赤ん坊を抱く女性とその横で泣いている男性。ページが進むにつれて、子供が大きくなる。しかし、あるところを最後に写真はなかった。


入り口のカギがガチャッと空く。

「お邪魔しまーす!」


伸びやかな声が聞こえる。


「写真選んだ~?まだ時間あるからゆっくりでもいいけど。」


栗色の髪の女性がこちらを見つめる。俺は目の前にいる女性はアルバムにいる女性なのか。その子供が大きくなった姿なのか。写真と女性を交互に見る。


「私ってほんとママによく似てるよね。ほら。目とか口とかままそっくり。」


子供の方か。とアルバムの女性とこの人を見比べた。確かによく似ている。


「でもさ。鼻なんか見て。パパそっくり!あとは性格とか?細かいところとかパパ見たいってよく言われるよ。」


持っていたアルバムを床に落とした。パパ?って何のことだ。おれは近くに置いてある鏡に目を向ける。


陰気臭くて髪が目にかかったような死神だったはず。しかし、目に映るのはただの人間。アルバムに映っていた男性と同じ顔。


「パパ?どうしたの?」


女性は不思議そうにこちらを覗き込む。しかし俺は頭が真っ白になる。そして、ひとつ瞬きをした。目を開くと薄暗い天井がそこにはあった。

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