三話 悲しみ 松本舞 25歳
ここ最近俺はおかしい。俺は死神だ。それなのに感情に起伏が激しい。とある日。ホルンと話していた時のこと。
「グリムなんか最近変わったな。前まではザ・死神みたいな雰囲気だったけど、今は人間みたいだぞ。」
「どこがだ。俺は死神だ!あんな奴らと一緒にするな!」
「そういうところだよ。そうやって声を荒げるとか前までなかっただろ?どうした。」
グリムは考えていた。やっぱりおかしい。俺の中に何か余分なものが混ざってくる感じ。
「俺たちってなんなんだろうな。死神ってなんだ。どこから生まれてきた。」
グリムは髪の隙間から遠くを覗く。
「確かにな。気づいたらここにいたからな。考えたことなかったわ。でも俺そろそろ消えるんだぜ。多分後二回ぐらい仕事をしたら祝97回。」
「おぉ。それは喜ばしい!俺はまだまだ先だ。お疲れさん。」
グリムの明るい表情。青白かった肌は少し赤みがかる。そんなグリムをホルンはジト―ッと見つめる。
「やっぱり変わったな。悪くないんじゃないか。」
「何が?」
「なんでもねぇよ。」
ホルンは少しだけ今のグリムを羨ましく思った。
幾日か後、グリムは表情を沈める女性の前に立っていた。松本舞25歳。今日も仕事が始まる。
時刻は7時05分。彼女は洗面台の鏡の前でせわしなく化粧をしていた。しかし、その動きの激しかった手がゆっくりと止まる。
「私・・・。死ぬんですか・・・。」
「そうだ。今から24時間後に死ぬ。だから俺が来た。」
「そうですか・・・。ちょっと一人にしてください。」
「だめだ。お前みたいなタイプは先に死のうとするから俺が見張っている。」
彼女は泣き崩れた。呻くような泣く声が小さな部屋に響き渡る。たまに泣くやつがいるが、意味が分からない。人間はいつか死ぬ。そのいつかが今来ただけ。その涙というものは何なんだ。
しばらくすると彼女は電話をかけ始めた。付き合っている彼氏。友達。家族。そして電話が終わると、窓の外をぼーっと眺めている。
12時。マンションのインターホンが鳴る。松本がドアをガチャと開ける。そこには誠実そうなスーツ姿の男性が立っていた。表情に焦燥感が浮かぶ。
「舞。なんで急に別れるなんていうんだ。おれなんかしたかな?それにいきなり過ぎて何がなんだかわからないよ。」
「いいの。私が別れたくなったの。もういいから。ここには来ないで。連絡もしないで。」
言い争いが続いていたが、やがて男が諦めた。暗い表情でここを去った。
「ありがとう・・・。」
松本は小さく呟き、ガチャンと鍵を閉める。そして、地面に座り込みまた泣き始めた。
「おい。そんなになるんなら言えばよかったんじゃないか。」
「だめだよ。彼は優しいから最後まで一緒にいるって言うもの。死ぬ姿を見られたくないわ。」
「わからん。なんでだ。」
「あなたにはわからないと思うわ。だって死神なんでしょ。」
彼女は結局この部屋から出なかった。時折涙を流し、窓の外を眺める。このタイプの人間も割といる。死ぬことを伝えると、すべて諦め放心状態になる。俺からすれば管理が楽でありがたいが。もどかしさを感じ始めた。なぜ最後なのに何もしないんだ。最後なんだぞ。
夜は明け、時刻は7時05分。彼女は心臓発作でこの世を去った。彼女のそばに青い石が転がっている。俺はそれを拾い住処に戻る。
グリムは住処でじっと膝を抱えたまま、石板を眺めていた。黒いぼろぼろのローブのポケットから青色の石を取り出す。
しばらくして、グリムはスッと立ち上がり、石板に石を嵌めようとする。その時、自分の指が震えていることに気が付いた。
「おれが・・・。びびってるのか?」
イライラしたグリムは乱暴に石を石板に押し込んだ。
「ここはどこだ・・・。それにこいつらは・・・。」
グリムは暗い寝室にいた。そこにはベットが1つ。女性が眠っている。その時、ドアが開く。目を向けると、栗色の毛をした少女。いつもの少女化と思ったが少し顔が違う気がする。
少女はグリムの手を掴み、一階に降りていく。その小さな手から温かみが移る。振りほどこうにもなぜか手が離せない。一階で少女を見ていると、女性が一人部屋に入ってくる。恐らくベットで寝ていた女性だろう。栗毛の女性。二人とも栗毛か。と思った。
グリムは彼女らと同じ机に座り、二人を眺めた。その時、どこからかバキッと音が聞こえる。乱暴な足音が近づく。
「おい・・・。彩・・・。どこにいる。」
しゃがれた低い男の声。女性は子供をカーテンの後ろに隠した。
「ここか・・・。お前たちのせいで散々な目にあったよ。何年刑務所にいたと思う。20年だぞ!20年!お前たちのせいだ。」
男は俺を憎しむような鋭い目つきで見てくる。俺は疑問に思った。お前たちという言葉はどういう意味だ。俺はこの女性となにか関係があるのか。わからない。必死に記憶を遡るが、思い出せない。
「もうやめて!あなたは家族でもなんでもないわ。今すぐ私たちの前から消えてよ!」
「ばかやろう。あいつがお前を捨てた時からお前は俺の娘なんだよ。どうしようと俺の勝手だ・・・。お前がいなければお前は俺のものだったんだ。なのにこのクソガキが!」
そういうと男は腰から包丁を取り出し、俺に切りかかってくる。こんなものは避けるまでもない。
しかし、俺は包丁で切り付けられた。
その瞬間、身体が燃えるように熱い。呼吸がうまくできない。なぜだ。俺は死神のはず・・・。それなのに・・・。目の前で男がおれを見下ろす。
「いいなぁ。そうだよ。その怯えた表情が見たかった。今すぐ殺してやるから。」
俺は死神のはず。しかし、身体が硬直して動かない。振り下ろされるナイフはスローモーションのように映る。
「やめて!あんたなんか私が殺してやる。」
「なんだ!お前!手を離せ!この野郎!」
女性が男から包丁を取り上げようとした時、包丁が彼女の腹部に深く刺さった。この時、俺の中で怒りが湧き上がる。初めての感覚。何も考えられない。
俺は男を殴り飛ばし、包丁を取り上げると、そのまま男をめった刺しにした。
そして急いで倒れている彼女に駆け寄る。すでに彼女は虫の息で、床のタイルが血で染め上げられた。
「ごめんね。私のせいで・・・。でもあなたを守れてよかった・・・。あの時、あなたが私を助けてくれたから・・・。」
彼女は俺の腕の中で亡くなった。
グリムは目を覚ますと、暗い天井がそこにあった。身体が動かない。そして彼の目から涙がこぼれていた。