二話 怒り 細井翔 27歳
この前の夢のようなものが気になる。あの栗毛の少女が頭から離れない。一体誰なんだ。記憶を遡ってもいない。しかし、考えるたびに胸の奥が痒い。誰なんだ。
そんなことを考えつつ、今日も仕事は始まる。細井翔27歳。明るい金髪の中世的な顔立ちの男。職業はホスト。
時間は15時15分。彼が髪の毛をスプレーで固めている時に、目の前に降り立った。そして、今激情している。
「ふっざけんな!俺が24時間後に死ぬだって!?冗談じゃない。」
「俺は死神だ。冗談は言わない。お前には24時間後きっちり死んでもらう。」
「断る。俺はまだやることが残ってんだ。こっからもっと売り上げ上げて、金持ちになるんだ。邪魔するならお前を殺す。」
細井はこれでもかと眉間に皺を寄せガンを飛ばす。実に醜い。それが何より面白い。
「俺にとっては仕事というだけだ。お前が時間通りに死ぬのを見届けるだけのな。」
「あぁそうかよ。つまんない仕事だな。死神ってのは。」
バタバタとわざとらしく音を立て、いかにも機嫌が悪そうだ。そして細井は高級車に乗って、自室を出た。
時間は16時00分。
「ついてくんな。これから仕事なんだよ。」
「それは無理だ。こっちも仕事だ。それに俺の姿はお前しか見えないから問題ない。」
「話しかけてくんなよ。これから太客と会うんだから。」
太客とはなんだろうか。グリムは顎に手を当て考えていると、その疑問はすぐに解消できた。翔君~!っと前からカバのような女性が走ってくる。ピンク色のヒラヒラの服に厚底サンダル。そして厚化粧。
「太ってるから太客か。」
「バカかおめぇ。金払いのいい客のことだよ。」
そこから二人は買い物をした後、居酒屋へ入った。俺はただ細井を監視していたが、不思議だった。女性が席を立っては、イライラしている素振りを見せる。
「ああいうのがいいのか。人間の好みはわからんな。」
「そんなわけないだろ。これからあいつにはたんまり金を使ってもらうんだ。仕事だ。くそ。」
「明日には死ぬのに仕事をするのか。俺の担当で仕事に行く人間なんていなかったぞ。」
「知らねぇよ。やることがこれしかないんだ。」
細井は拳を握りしめた。貧乏ゆすりが大きくなる。
19時10分。細井は彼女と共にホストクラブベガに入店した。初めて入ったが、なんだかメタファに雰囲気が似ている。店内は煌びやかで顔を歪めたくなるが、そこじゃない。空気感というかそういったところだ。
そこから店が閉まるまで、細井は酒を呑みまくった。結局細井の売り上げは1500万。お店の中だと二位だったらしい。
時刻は3時。細井は苛ついていた。今日こそは一位になれると意気込んでいた。蓋を開ければ二位。一位の男の売り上げは3000万。ダブルスコアの負け。
しばらくして細井は車に乗り込み、ふらふらと運転しながら自室へ帰っていった。
15時00分。もうすぐこいつは死ぬ。なのにいまだに起きずに寝ている。
「おい。もう死ぬが、特にやり残したことはないのか。」
「・・・あぁ。お前まだいたのか。さっさと帰れよ。おれは今日も仕事なんだ。」
「あと少ししたら帰るが・・・。」
「クッソ苛つく。お前もあいつもこの世の中も。死ぬんならこのまま死んでやる。」
15時15分。細井は不整脈でこの世を去った。細井みたいなタイプは少なくない。大体は悲しんで死ぬやつが多いが、怒り狂ったまま死ぬやつも多い。この世に未練があるのだろう。
細井の横に真っ赤な石が落ちている。それを拾って俺は住処へ帰った。
住処に着くと、一瞬石板に石を嵌めるのを戸惑った。これ以上身体に異変を起こしたくないから。しかし、興味の方が上回り、怒りの下の窪みに石を嵌めた。
目を開くと、どこかアパートの一室だった。目の前にはまた栗毛の少女。前見た時よりも少し大きくなったか。彼女は少し薄汚れたぬいぐるみで遊んでいる。俺に気付くと首をせわしなく動かし、何かを確認している様子。
ーなにしてるんだ。この娘は。ー
彼女は必死に俺の手を引いてどこかへ連れて行こうとした。別に動かないこともできるが、おれは従ってやった。なぜか押入れ押し込まれた。
すると乱暴にドアが開く音。
「あぁ。くっそ。また負けた。なんであそこで差されんだよ。おい。お茶入れろ。」
誰だ?隙間から見える男性は汚い上着に無精ひげ。髪もぼさぼさ。
「熱いな!お茶をそのまま出すなって何回言えばわかんだ!」
パチン!と肌を打つ音。男があの栗毛の少女をひっぱたいた。
「畜生。この出来の悪さはあいつ譲りだな。このガキだけおいてきやがって。」
「おい。お前服脱げ。お前にも仕事をさせないとな。」
少女は震えながら服を脱いだ。
「面は悪くないからな・・・。お客にやらせる前にちょっと俺が味見しよう。」
男が少女に掴みかかろうとした時。おれは再び目が覚めた。
最初は胸が痒かった。しかし、今では重い。胸糞が悪い。なんなんだこれは。胸の奥が湧き上がるような感覚。俺はドン!と地面をぶっ叩く。手に痺れるような痛みが回ってきた。