一話 喜び 林健一 39歳
「あんたは死神で俺はあと24時間後に死ぬだって!?」
「そうだ。でも死ぬのはきっちり24時間後だ。それ以外の時に死ぬは俺が許さない。」
今日の俺の担当は林健一39歳。現在、日曜日の20時20分。窓口で受け取った経歴を見たがなんてことないつまらん人間だ。大学を出た後、就職し、結婚もせずこの年まで生きている。ただただ真面目に生きた人間。死を伝えた人間の反応は実に味わい深い。気が動転して暴れる者。死神に対してキレてくる者。人間は多種多様で見てて面白い。死に対して臆病すぎる。
ーさて。この男はどういった反応をする。-
グリムは小さくニヤッと笑い、この男を観察してた。
「い~~~~~やっほーい!!これでもうこの人生とはおさらばだぜ!」
グリムは口をぽかんと開けた。死を伝えてここまで喜ぶ人間は初めてだからだ。
「お前・・・。死ぬのが怖くないのか?人間は死ぬが嫌だと思っていたが・・・。」
「気にしない。気にしない!割と真面目に考えてたんだよね。死のうかなとか。いやぁ。よかったよかった。」
「俺は死神だぞ。舐めてるのか?」
「死神かもしれないよ?でも見た目もほとんど人間と変わらないし・・・。それに最後まであんたがいてくれるんだろ?」
おれは死に対して恐怖はない。しかし、存在が消滅した後どうなるのかぐらいの疑問を持っていた。それがないのか。
「おっと!死ぬとなれば時間がないな。ひとまず買い物だ!好きなものを好きなだけ食ってやる!今日は寝られないぞ!あんた名前は?」
「グリム・・・。」
「グリムも付き合え!飯買ってくるから。」
時刻は21時。この男はハンバーガーやら牛丼やら身体に悪そうなものを片っ端から買ってきた。そしてコンビニで酒をたくさん買いアパートへと帰ってきた。
「ずっとついてくるんだな。大変じゃないか?」
「バカ言え。お前が時間通りに死ぬ保証はない。それだと俺が迷惑する。」
「そっかそっか。これグリムの分な。食べなよ。俺のおごりだからさ。」
人間の食べ物は味が濃すぎる。俺は少しだけ食べて箸をおいた。
時刻は24時。たらふく食った林は眠そうに目をこする。
「畜生・・・。眠い・・・。グリム。寝た分は延長できるか?」
「できるわけないだろう。」
「だよなぁ。よし!気合を入れてドライブだ!」
林はそういうと、シャツに着替え、伸びてきた髭を電動シェーバーで剃る。
「死ぬのに身なりを整えるのか?」
「あぁ。確かに。でも日課みたいなものだから気にすんな。」
人間は度々こういう理解できない行動をする。死ぬのだからそんなことする意味はないのではないか。
時刻は2時30分。林は車を飛ばし、サービスエリアに到着した。そこで煙草を買い、喫煙所に入る。誰もいない喫煙所。
「おれさ。タバコって吸ってみたかったんだ。みんなめっちゃうまそうに吸うからどんな感じなんだろう。」
子供のようにワクワクしている林。グリムは腕を組み横目でそれを見ている。林はたばこに火をつけ、吸った。ごほごほっと大きく咳き込む。
「うわ!なんだこれ!くっそまずいな!そりゃこんなの吸ってたら早死にするよな。」
グリムは鼻から小さな息を漏らす。林は煙草を捨てると、そのままフードコートに行き、ラーメンをすすった。その後再び車を走らせた。
時刻は午前7時。途中林が寝そうになり、ほっといては死にそうなのでグリムが眠気を吸った。死神はこういったこともできる。すべてはきっちり時間通りに死んでもらうためだ。田んぼ道を進んでいくと、ある一軒家に車を止めた。
「よし!年末以来だな。」
インターホンを鳴らす。
「健一?どうしたの?」
「ただいま。母さん。こっちに来る用事があったから寄ったんだ。」
「そうかい。おかえり。」
そこから林は話し込んでいた。実につまらない話だ。子供のころは泣き虫だったとか。就職が決まった時に焼き肉をごちそうしたとか。グリムは退屈だった。
「じゃあ。母さん。いつまでも元気で。生んでくれて育ててくれてありがとう。」
「何言ってんの。またいらっしゃい。」
時刻は12時。林は再び車を走らせた。
「おい。こんなことしてていいのか。時間はもう半分もないぞ。」
「いいのいいの。死ぬんだったらやりたいことやらないと。悔い残して死にたくはないし。」
「それで言えばいいんじゃないのか。スマホとやらで。」
「これでもできるよ。でもやっぱり会いたかったからさ。最後だし。」
人間とはよくわからない。グリムはそう感じていた。
林はどこかスッキリした顔をした。時折車から降りて、誰かに電話をしたり。夕方には友人を出待ちして軽く話してはまた違う人の所に向かった。林は常に笑顔だった。
時刻は20時。林は再び自室に戻ってきた。フーッと息を吐き、缶ビールを開ける。カシュッと軽快な音。ゴクゴクと一気に飲む。プハッと豪快に息を吐いた。
「くっそうまいな!ビールってのは。」
「・・・もうやり残したことはないのか?」
「そうだな。ひとまずやりたいことはすべてやったよ。おれ結構人が好きみたい。一人でいるのが好きだと思ってたけど。」
「そうか・・・。」
「久しぶりにこんなに笑えたよ。グリムのおかげだ。ありがとう。」
時刻は20時20分。林はくも膜下出血でこの世を去った。
「平凡な人間ではなかったな。変わったやつだ。」
グリムが呟くと、林の横に綺麗な橙色の石が転がっていることに気付く。何かわからなかったが、それを持ち帰ってメタファへと帰還した。
住処に戻ると、昨日見つけた石板を手にする。喜びと彫られたところのくぼみ。なんとなく林の家にある石を嵌めてみた。すると石が光り出し、グリムは光に飲み込まれた。
「ここはどこだ。」
透き通る青空の元、グリムは花畑にいた。不快だ。こういうほのぼのとした穏やかなところは気質に合っていない。
あたりを見渡すと、花畑から少女がひょこっと出てきた。目のくりくりした栗色の髪をした女の子。その子が花を摘みグリムの所にやってくる。
「なんだ。このガキは。」
少女のあどけない顔を顔を歪めて見下ろす。すると少女は小さな花束をグリムに差し出した。しばらく無視していたが、一向に手を引かない。少女は依然としてグリムを見上げている。
グリムはチッと舌打ちをして、それに手を伸ばした時。自分の住処で目を覚ました。
「なんだったんださっきのは。あんなこと今まで一度もなかったが・・・。」
「心臓が痒い・・・。」
グリムは指先で胸をカリカリと掻いた。その横にある石板。喜びの文字の下にはめた石が鼓動を打つように小さく光っていた。