すべて夏のせいにして
「おはようございます…アレ?」
いつものように定時で出勤したルミ。いつものようにドアを開け編集部に入って来たのだが…
「誰も…いない…?」
日常と違う風景に、微かに緊張が走る。
これはデギールの陰謀か?
しかしその杞憂はルミが顔を右に向けただけで解決した。
「…皆さん、そこで何してるんです?」
編集部には部員各自のデスク以外に、部屋の片隅に幾つかの長机とホワイトボードを並べた、通称『会議室』がある。この会議室に、編集長を除く全員がうな垂れて座っていた。よく見ると
「八田さんまで?」
週間マンスリーにグラビア写真を入稿している八田カメラマンまでもがその一味に。
「あぁ…ルミさんか…おはようございます…」
「お、おはようございます、秋山さん…元気が無いというか…どうしたんです?」
「来週号のグラビアの件でね…ちょっとね…」
秋山は説明する気力もないようだ。
「夏本彩って知ってる?」
代わって小林が繋ぐ。
「いえ…あ、間も無くデビューってうちでも全力推し特集組んでたアイドルの子かしら?」
「そうそうその子。今日はニューシングルのPVの撮影があるのね。ついでにうちのグラビアも撮影しちゃうって話になっててね。撮影用の衣装が届いてるんだけど…」
「はい…え? そこで何が問題に?」
「うん、どうも彼女が忙しくて、まだ衣装に腕も通してないらしいのよ。しかもどういうミスなのか、その衣装がここに届いちゃって…」
「…はぁ」
力の込もらぬ返事のルミ。
「今日の撮影はうちの編集部も同行することにはなってたんだけど、なんでこっちに届いちゃうかなぁ… で、何が問題って、この衣装のサイズが合ってるのかどうか、衣装がこっちにあっちゃ確認できないじゃん、っていう…」
秋山が説明を繋げる。
「…はぁ…撮影現場で直したりはできないんですか?」
「そこがまた問題で、この撮影の後ハワイで撮影だってんですぐに飛行機乗らなきゃならんらしくて、スケジュールがかなりケツカッチンらしいのよ」
八田カメラマンが続ける。
「ケツ…カッチン?」
「スケジュールとスケジュールの間がキッツキツなことを指す業界用語ね。出版とは言え覚えておいた方がいいよ」
「あ、はい。ケ…ツ…カッ…チン…と」
「…ルミさん、ホント真面目だよね…メモするほどでもないような…」
と、秋山。
「あ、いえ、大事なことはちゃんとしておかないと。ああ、それで衣装のサイズが合ってるかどうか確認したい、ってことなんですよね?」
「まぁ、そういうこと」
と言って、秋山は背もたれに体を預けて天井を見る。
「誰か、他の人に着てみてもらうのはダメなんですか?」
「それができれば…あ!」
うな垂れていた者全員が、ガバッと首を上げる。
そして
「守人ルミ様! この衣装を着てみて頂けないでしょうかッ!」
全員がその衣装を両手で掲げ、ルミの前に跪く。
「夏本彩ちゃんは身長167cm! 上から順に89、58、87! 体重は58kg! 好きな食べ物はたこ焼き!」
渡辺が捲し立てると
「食べ物のくだり、要らなくね?」
秋山は突っ込み
「ルミさんのそれは、具体的な数値は存じませんが、近似値なハズ…胸以外は」
小林が続く。最後の一言は小声だったが。
「ルミさん、私からもお願いしますよ。円滑な仕事の運営のため!」
佐藤副編までもがルミに拝むように両手を合わせている。
「いや、でも、ちょっと…」
当然ルミは嫌がるのだが
「お願いしますッ!」
週刊マンスリー編集部究極奥義『全員土下座』が発動。
「うっ…ち…ちょっとだけですよ…?」
「ぅヨッシャアァァァァッ」
全員拳を振り上げ大歓喜。
しかし
「あ、でも…」
ルミは室内をキョロキョロ見回している。
「…これでドッキリ…とか看板…出てきませんよ…ねぇ?」
明らかに警戒している。無理もない話なのだが。
「いやぁ、ルミさん相手にドッキリ仕掛ける度胸のあるヤツなんか、この編集部にはいませんって!」
と、渡辺。
「…それってどういう…」
パカっ
「アイタッ」
「お前は余計なこと言うなッ!」
渡辺は佐藤副編に頭を叩かれ小声で釘を刺された。
「まぁまぁまぁ、ルミ様神様守人様。撮影の時間も迫っていることですし、ちゃちゃっと着替えちゃってくださいませませ」
小林が両手をすりすり媚びる。
「着替えるって、どこで?」
「ああ…そっか、うーん、女子トイレとかになっちゃうのかな?」
秋山が提案するが
「トイレからここまで歩いてくるんですかッ? この格好でッ! 他誌の編集だっているその廊下をッ⁈」
ルミ魔神、怒る。
「あ、それでしたらこれ、使いましょう」
先ほどからいるにはいたが、ムードに流され気配を消していた八田カメラマンの助手三ノ宮が助け舟を出す。
「普段はモデルさんとか、この中で着替えちゃってますけど、守人さんにそれをってのは無理だと思いますので、着替えたらこれを上から被って、頭を出してこちらへ戻ると言うのはどうでしょうか? もちろん私もサポートいたしますけど」
「さすが三ノ宮さん!」
「女性アシの鏡!」
もはやこの場では誰もがヒーローでヒロインだ。
「じ…じゃぁ、その線で…あの、三ノ宮さん、よろしくお願いします…」
先ほどの魔神は怒りをお鎮めになられたのか、しおらしルミが顔を出す。
「時間押してますからね、急ぎましょう!」
「はいぃ…」
三ノ宮の後についてルミは編集部のドアを静々と出て行った。
10分ほどのち。
『あの、これ、変じゃないでしょうか…?』
『大丈夫です。お似合いですよ?』
まるで婦人服売り場のやり取りのような声が廊下から聞こえてきた。
『じゃ、開けますよ』
『は、はいぃ。お願いします…』
ガチャッ
ドアが開く。
ドアの向こうには…更衣室から頭だけ出ているような謎の円盤生物が。
「はい、じゃあ守人さん、スクリーン、取りますね」
「は、はいぃ…お願いします」
先ほどからルミは同じセリフしか言ってないようだが、その通りである。
シャッ
着替え用のカーテンとそれを支えるレールが、今取り外された。
「お…」
「おおぉ…」
「すげぇ…」
モジモジしているルミ。しかし衣装はバッチリ決まっている。
「サイズ、ピッタリですね…」
カメラマンの八田も息を呑む。
「あの、あまり見られても、困るんですが…」
「いやいや、これを見ずして何を見ようか? いやー、ルミさん、このままステージ立っちゃってもOKですよ」
「…そんなに?」
「ホントホント。マジでマジで」
小林がヨイショヨイショと乗せまくる。
(…ロンメルドでは…と言うか人生過去も未来も含めてこんなヒラヒラで可愛い服着ることってないだろうなぁ…コスプレ?って言うの? アニメとかのキャラの衣装着ちゃったりするヤツ、アレやる人の気持ちが分かるわぁ…どうせこの星での日常はワストへの報告義務は無いし…ちょっとサービスしちゃおうかしら…?)
「こ、こんな感じでどうかしら?」
先日テレビで見たアイドルの振り付けを真似てみる。
「お、おおおおおおおっ!」
編集部員大歓喜。
まるでストリップ劇場最前列のおっさんのように大興奮。
「こんなのはいかが?」
「ぅおおおおおおおおおおっ!」
やんややんやの大喝采。
そこへ。
ガチャッ
「おはようございまーす」
タケシ登場。
「アレ? あ…うわっキツッ」
「な…」
固まるルミ。
「あ…」
固まる編集部員たち。
「アレ? あっ!」
自分が何を言っちゃったかやっと気が付いたタケシ。
ルミが震えている。
震えているのは寒いからではないと昔の歌にあったが、これは…恥辱か。果てまた憤怒か。
「着替えてきますッ!!!」
ツカツカツカ バタンッ
「タケシ君ッ!」
「何てことをーッ!」
「うわぁぁぁすみません、ついうっかり口が滑って」
「そんな滑りのいい口は灯油ぶっ掛けて脱脂してやる!」
「もー、ルミさんノリノリだったのにぃ」
「タケシっ!」
背後から声。
「は、はいぃ…」
タケシは恐る恐る振り返る。
そこには岩竹編集長の姿。
「よく言った」
「エエエエエエエエエェェェェェェェェ???」
タケシに対するルミからの風当たりの強さは自分が原因なところもある。
本編序盤、なぜタケシはルミに冷たくされるのか?の裏付けエピソード。
元々ルミはオンオフの落差が激しいキャラとして設定していたのですが、サイドストーリーズを書く毎にその落差がどんどんどんどん広がっていきました。
こういうお姉さん、いいよね、って言ってもなかなか賛同を得られないところがツライ。
もっと言えば、「お姉さんっていうか、もう娘って年齢差じゃね?」って言われるところがなおツライ。