タケシの昔話で候
〈話があるでござ候〉
…ズカズカズカ ガラン カランカラン…
「お、守人さん、いらっしゃい」
「Aランチ! パンとコーヒーで!」
「お、荒れてるねぇ」
ズカズカズカ ドスン
「またこんな本文で!」
バンッ
編集部近くの喫茶店ルーブル。着くなりテーブルを叩いてご機嫌斜めの威嚇行動をとる守人ルミ。
怒りの元凶たるメールを出した本人、風音タケシは虚を突かれたのか目を白黒させている。
「け、けど万が一ってことが」
「うーっ…まぁいいわ。で、何? 何か分かった?」
ルミはタケシの対面の席へドカッと腰を下ろした。
「まずはこれを」
タケシは喫茶店備え付けの新聞を広げ、ある記事を指差す。
「これ。この記事、おかしくないですか?」
「…これ、やけに肯定的な記事だけど、どっちがアレなのかしら。この活動家? 書いた記者?」
「どっちもって線も」
「確かに。警察組織にすら入り込んでるんですもの、報道くらいは容易いわよね」
「また戦闘になっちゃうのかな…」
「嫌なの?」
「ええ」
「デギールなんか嗅ぎ回ってるからてっきり。あ、そう言えば、この間ガイストとやり合ってたの見て思ったんだけど、タケシくんってブレイドの取り回しが上手よね。練習したの?」
「いや、オレ、昔剣道やってたんですよ」
「ケンドー?」
「ああ、分からないか、剣の取り扱いと戦い方を教わっていたんです」
「へぇ。私たちとはブレイドの取り回しが少し違うなと思ったら」
「自然にやってることなんでよく分からないですけどね。でも懐かしいな。昔のことですけど…」
◆
タケシは子供の頃から近所にある剣道場に通っていた。自分の意思ではなく、父親が通っていたからというのがその理由であったが、さりとて嫌だということもなく、むしろ週2回の稽古を楽しみにしているほどだった。
だがこの道場、少々風変わりなところがある。普通剣道と言えば、ツキはともかく、メン、コテ、ドウの攻撃で、しかもメンを除けばそれらは右コテ右ドウを狙うのが定石であり、スポーツとしての剣道ならそれで十分なのだが、この道場では左コテ左ドウもアリ、それどころか脚だろうと腕だろうと、おおよそ竹刀が当たれば有効としていた。道場主曰く、実戦で右コテ右ドウばかりを狙う者などいない。剣が当たれば斬られたものと思え、だそうだ。
そんな剣道場の主、タケシが『先生』と呼んでいる翁から電話があった。父親たちが行方不明になった出来事が少々落ち着いた頃だ。
「タケシ。今から道場へ来んか」
「…はい。参ります」
晩秋の剣道場ともなれば板貼りの床は冷たく、足裏がひんやりなんてもんじゃない。だが今のタケシにはそれがちょうどいい具合に思われた。ここ数日のごたごたに引っ張り回された頭がシャキッと引き締まる。
道場にはいつものように上座に先生が正座して待っていた。目を閉じ、丹田で呼吸をして落ち着いている。その姿、タケシは何度も何度も見てきているが、いつ見ても思う。まるで研ぎ澄まされた真剣のようだ、と。
その、正座した先生の前十二尺ほど離れたところでタケシは一礼をすると、スッとその場に正座した。
「道着を着てきた、と言うことは呼び出した用件は分かっておる、と言うことじゃな?」
「はい、と言いたいところですが、家のことでゴタついている私の気分転換に呼び出されたのか、くらいにしか」
「ふむ。あらかたその通りじゃが…タケシよ、ワシはもうこの道場を畳もうと思っちょる」
「え? どうしてまた…」
「一番大きい理由はワシもこの歳、流石に身体が弱っちょると言うことなのじゃが、やはりな…ノリオがいないと言うのが大きい」
「父が、ですか?」
「ふむ。彼奴、お主には語らなかっただろうから知らぬであろうが、ワシは彼奴がワシを倒すのを楽しみに待っちょった。弟子は数多く居れども、ワシを追い抜くほどのものは居らんでな。しかしヤツは仕事が忙しゅうなってからちっとも顔を出さんようになってのう。寂しい限りじゃ」
「はい」
「なんならこの道場を継いで貰おうと思っとったが、どうじゃタケシ。お主が継いではみんか?」
先生は子孫共あれど、みな女性ばかりと言うのはタケシも知っていた。
「せっかくのお申し出ですが、辞退させていただきたく」
「ほう。何故じゃ?」
「その…あまり儲かってなさそうなので…」
「ふおっふおっふお。言いおる。そんなことではあろうと思っていたゆえ、心残りはない。じゃが最後に」
「秘伝の剣技を教えていただける、とか?」
「マンガの読み過ぎじゃ、そんなものあってたまるか」
「は、はぁ…」
「タケシ。カタナをとれ」
流儀が破茶滅茶でも剣道である以上、使う得物は竹刀である。しかし先生曰く、常に真剣で斬り合うものと思えとのことで、ここでは竹刀もカタナと呼ばれる。だからいつも通り竹刀を取ろうとしたのだが
「竹刀ではない。木刀じゃ」
「木刀…」
緊張が走る。防具もなしで木刀でやり合う。いくら金属の刃ではないとはいえ、本気で入れば大怪我では済まないかもしれない。すなわち真剣勝負ということだ。
「木刀とて容赦は要らぬ。臆せずかかってくるが良い」
タケシは壁に掛けられた木刀の内の一つを選び掴んだ。
その刃渡り、奇しくものちに『愛剣』となるギャノンブレイドとほぼ同じ。
「では宜しいか。礼。始め!」
先生から号令が掛かると同時に道場の空気が鋭利なものに変わった。
全身にピリピリとした緊張を感じる。
両者動かず。
(おそらく先生はオレの攻撃を全て受けるハズだ。こちらから仕掛けなければ動かない。なら…)
ダッ
タケシが踏み込んだ。
右下、体で刀身を隠すように突っ込む。
刀の動きを読ませず一気に斬り上げ、なんなら相手の刀を力で弾き飛ばすつもりだった。
「ハァッ!」
確実に間合いを詰めたつもりだった。しかしタケシの刀は空を斬る。
「チッ!」
ブンッ
振り上がった刃を返し振り下ろすも、やはり空振りだ。
「どこを斬っておる。ワシはここじゃ」
「ヌオォォ!」
今一度踏み込み胴を薙ぎに行くがやはり躱された。
時に御大、タケシの攻撃を読んでいるかの如く躱している。
素早いかと思えばさにあらずと見えるが、動きに無駄がない上素早く動けば常人にはまるで止まっているかように見るのかもしれない。
(さすがだ…しかしっ!)
「ウオォォ!」
大上段から袈裟斬りに。やはり躱された…
と思った刹那、ヌルリとしたモーションからタケシの左顔面へ向けて刃が走った。
「クッ!」
寸でのところでそれをギリギリ躱した。
(これが…八十を超えたジイさんの剣筋なのか…?)
「お主、今失礼なことを思ったじゃろ」
「い、いえ、そんな…」
「ふっふっふ。そのような濁った剣筋では、ワシは斬れんぞ。邪念を捨て去り、全力でかかって参れ!」
「ハイっ!」
◆
「それでっ? それでどうなったのッ?」
タケシの話が上手かったのか、ルミのワクワクが止まらない。話の結末に興味津々だ。
「いや、そんなに前のめりで聞かれるとガッカリしちゃうかもしれないですけど」
◆
タケシは追い詰められていた。
攻めているのはタケシの方であるにも関わらず、だ。
仕掛けても仕掛けても躱される。微かにでもスキを見せれば鋭く刃が掠める。ピリピリとした緊張感などという生易しい言葉では、この空気感を説明することは出来まい。
しかし均衡が崩れる時が訪れる。
(このまま同じように攻め続けてもキリがない…行くぞっ)
「テヤァァァッ!」
右八相から体を全面に出し、突く刃を退げて体で隠して頭から突進。
先生がツキを払う迎撃モーションに移った瞬間。
タケシは舞った。
目前まで迫ると最後の右の踏み込みから体を右旋回、右手で左手持った木刀は弧を描き、相手の右脇腹へ吸い込まれるように入る。
ドゥッ
横殴りの剣を受け、先生は五尺ほど飛ばされた。
「ガハッ!」
バタッ
「あ! 先生っ!」
木刀を投げ出し、タケシは横たわる先生の元へ駆け寄り、抱き上げる。
「先生!」
「ウグ…タケシ…お主に教えられることはもう無いようじゃな…ふふ…あとは頼んだぞ…」
ガク
老師は静かに目を閉じた。
「先生! 先生っ!」
「なんてな」
パチリと目を開け舌を出す。
「はぁ?」
むくりと起き上がると
「この程度の剣で死んでたまるものかよ。ガッハッハッハ」
すっくと立ち上がり豪快な高笑い。
「は…はぁぁぁぁぁぁっ?」
◆
「さすがに脇腹が痛んだのか、病院には行きましたが、打撲と診断され、骨もなんともなかったそうです。お医者さん曰く『この人を木刀で倒せるなら、爪楊枝で猪を倒せるんじゃないか』って」
「…お茶目なおじいちゃんね…」
テンションMAXからの脱力MAX。ルミの顔からは呆れと疲れが読み取れる。
「だからガッカリしちゃうって…」
「ふふっ。あ、そろそろ戻らなきゃ。面白い話、ありがとうね。面白かったんで、情報部に送っとくわ。要観察対象の過去の証言として、ね」
「何ですかそれ。まぁ聞かれて困る話でもないけど」
「あ、その先生は? 今は?」
「ああ、それから4年ほど経って、亡くなりました。老衰だそうで。まぁ、大往生だって、家族の方皆さん言ってました。享年92歳ですし」
「92か…それはすごい…でも私も会ってみたかったな、その面白いおじいちゃん」
「まぁ、残念ですね」
「じゃ、私行くね。新聞社と活動家の『取材』の件はまた後ほど」
「はい。分かりました」
「じゃ」
「午後もがんばってください」
「うん、ありがと!」
◆
深夜0時、ルミ自室。
「タケシくん、面白いわよね」
メールを送信し、スマホをテーブルに置いた。
「さて、寝るか! んんーっ!」
〈送信先:ワステロフィ情報部〉
フッ…
〈メッセージを転送します〉
〈fwd:編集長〉
〈転送メッセージを消去しました〉
とりあえずタケシがブレイドを得意とするのは昔剣道をやっていたから、しかし剣道らしからぬ戦い方をする、という設定を盛ったときに作った話なんですが…
この話、一体どういうタイミングの話なのか、書いた本人が分かってません。
冒頭のタケシとルミのやり取りの中にそういう情報が入っているはずなのですが、本編がどんどん拡張されてしまって行き場所を失ってしまいました。
島津との戦闘中回想シーンが入りますが、あれはここから派生して後から盛った部分。
なのでこのエピソード自体の役目はすでに終わってはいます。