ギャノメシ③ ルミメシ② 「喫茶ルーブル」
「ここもかぁ…」
ルミはガックリとうな垂れる。
以前編集部で貰ったメモやクーポンを頼りに、本日もさすらいのランチ巡り。
しかし今日に限ってどこもかしこも満席どころか行列すらできている。
「早く戻らなくちゃイケナイのにぃ…」
焦っても行列が短くなるでなし。
さてどうするか?
メモを見直すと、まだ訪ねてない店があった。
「喫茶ルーブル、か。ちょっと行ってみよう」
果たしてそれは、案外と編集部から近かった。
さて、さっさと入ればいいのだが、地球の喫茶店は初体験のルミ。歴史が刻まれた重厚なドアが放つ圧に怯んでいる。
「ビビっても仕方ない。行くぞ!」
カランカラン…
「いらっしゃいませー」
店主が明るくあいさつをする。
「へぇぇぇぇぇぇ…」
思わず声が出た。
電球色で少し薄暗い店内には、使い込まれた感はあるもののしっかりとした作りのテーブルにイス、そのテーブルの上には、ルミには初お目見えの、十二星座のシンボルが描かれた球体がそれぞれ備えられていた。
「お好きなお席へどうぞ」
女性店員に着席を促される。
とりあえず窓側で外が見渡せる席へ着く。街の景観を楽しめることもあるが、そもそもルミはデギール探しが本職でもあるので、できれば常にさまざまな情報が得られる場に身を置いた方が良い。そのため、席を選べる状況ならば迷わず窓際を選ぶ。むしろそれが習慣となっていた。
店員がテーブルへやって来た。
「こちらメニューになります」
ランチセットもやっているらしい。メインメニュー以外にランチタイム専用のメニューも付帯している。
「ランチか…これで行こう。すみません」
「はい」
「Aランチを一つ」
「Aランチ…ですね。パンとライスがございますが」
「あ、そっか、選べるのか。えっと、パンで」
「お飲み物は?」
「そっか、それも選ぶのか。じゃぁ…ホットコーヒーで」
「お飲み物はいつお持ちしますか?」
「食後で」
「Aランチ、パンでホットコーヒーを食後で。以上でよろしいですか?」
「はい。お願いします」
言うなれば異世界で未知の食べ物を注文するのだ、ルミとてそれなりに気疲れはする。
「ふう」
とため息を一つ。
ところで、ルミの故郷であるロンメルドには外食の文化はないのか?と言えばそんなことはない。ただルミの場合、ロンメルドでは独身寮に入っていて、朝晩は寮で、昼はワステロフィ庁舎内の食堂で済ますので、外食する機会が滅多にないのだ。
自炊? 野暮なことを聞いてはいけない。
注文に集中していたせいで気が付かなかったが、店内には何やら音声が流れていた。どうにか注文を終えて安堵したルミの耳に、それは入ってきた。
♪[本来歌詞が入ってましたがなろうの方針に合わせ自主規制]♪
(あれっ? この歌、どこかで聴いた憶えが…)
♪[ここも本来歌詞が入ってましたが自主規制]♪
(なんだっけな……あ、そうだ! 思い出した! この星へ来る前の教育過程で見たヤツだ!)
ワステロフィでは、他星への派遣が決まると、派遣される者はその星の文化を学ぶことになる。ルミの場合、地球の、それも日本へ滞在することになっていたので日本の文化を学んだと言うことなのだが…
♪お送りした曲は『松本典子、青い風のビーチサイド』でした。1985年特集、続いての曲は♪
(ああ、マツモトノリコね、そうそう…って1985年っ??? なによ…ワステロフィの情報、古過ぎじゃない? 何十年前の情報で教育してるのよ、もう… 通りで事前情報と食い違うところだらけだと思ったわ…)
初めて地球に来て衣服を揃える際、肩パッドがガッツリ入った服が売ってないことに驚いたものだ。
「お待たせしました」
店内に流れるFMラジオから思いを巡らすうちに料理が運ばれて来た。
「ありがとうございます」
テーブルにはナイフとフォーク。これはルミにとって喜ばしかった。と言うのも編集部員オススメの店はラーメンや丼もの、すなわち箸で食べるものが多かった。ルミは異星人であるからして、日本へ旅行に来た異国人が箸に対して思うこととルミのそれは同じ。つまりは箸が苦手なのだ。
さて実食タイム。サラダに続き、メインディッシュのものをひと切れ、口に運ぶ。
(な…なんだこれ、おいしいッ!)
地球の食べ物はルミにとり初お目見えなものばかりなので今口に入ったモノが何なのかは分からない。分からないが、味は分かる。とはいえ食事に対する興味が薄いルミにすらそう思わせたのだ。それはさぞかしおいしかったのだろう。
ちなみにルーブルのランチは、Aが肉料理、Bが魚料理または仕入れの状況によりパスタとなっている。肉は鶏豚か豚肉で、本日は鶏胸肉のソテーにバターソースがかかったものだった。胸肉をソテーした後のフライパンにバターを溶かし、オリーブオイルを少々。塩ひとつまみと醤油を数滴入れ、火を止めたところで粒マスタードとレモン汁を溶かし混ぜたら出来上がり。これを胸肉にかける。パサつきがちな胸肉にバターがよく絡み、しかしマスタードとレモンの風味のおかげでしつこさはない。
「ふぅ。ごちそうさまでした」
料理の解説をしている間にルミは完食。食後のコーヒー待ちである。
落ち着いたところで店内を見回すと、壁には色んなものが飾ってあった。サックスを吹くジャズマンが描かれたポスター。音に合わせてウニウニ動くひまわり。年期の入ったペナント。小さな写真立て。
「結構昔からやってる店なのね…」
日本文化への造詣は浅くとも、それらが幾年もの時間の流れを経てきたものたちだということはルミにも肌感覚で分かった。そしてそんな時を重ねた店内、いやこの店そのものが、ルミには愛おしく思われた。
コーヒーも飲み終わり、ぼちぼち編集部へと戻らねばならない時間が迫っていた。居心地の良いこの空間にいつまでも身を置いていたいルミなのだが。
「お勘定お願いします」
「1100円になります」
「あの…」
「はい、なんでしょう?」
「料理、とてもおいしかったです」
「あら、そうですか。それは嬉しいです。ねぇお父さん! お客さんが料理美味しかったって!」
「ありがとうございまーす」
厨房からであろう、少し遠くからその声は聞こえて来た。
「またいらしてください」
「! ハイッ! また来ます! 絶対にっ!」
思いの外大きな声で返事をした。その素っ頓狂な大声にクスクス笑う客もいたが、ルミはお構いなしに店を出た。
「いい店、見つけちゃった!」
まるで宝物を見つけたように目を輝かしているルミであった。
編集部へ上機嫌で戻ったルミ。
「おや、守人クン、ずいぶん上機嫌だな」
編集長に声を掛けられる。
「あ、編集長。ルーブルって喫茶店がありましてですね」