"靭葛"
「今夜はボトル入れてくれたからね」
そう言ってバーの店主は色の付いた丸眼鏡を直すと、少年に視線を向けた
「あの子、好きにして良いよ」
言葉を喪いながら、少年を視る
春を売る金額としては信じられない程に安い
不安が過ったが、少年の美貌はそういった判断力を奪いかねない程に妖艶だった
眼が合うと、椅子に掛けた少年が上眼遣いに微笑む
付けている首輪から伸びた鎖が、彼が動くたびに着て居るシャツの上で、音を立てて揺れた
「えっ、だって……」
「『好きに』って……」
僕は店主を視る
酔いは覚めていた
店主は口の端を上げると、「そう」「好きにして良いんだよ」と続ける
「白桃といいます」
少年が、僕の瞳をいたづらに覗き込む視線で言う
『彼の名前のことなのだ』と解るのに、少し時間が掛かった
僕がどうして良いものかと困惑して居ると、少年は自らの透き通る色をした柔らかな左腕に、爪を立てて深く深く突き刺した
甘い、理性を叩き壊すような烈しい匂いと共に、どろりとした粘液が血の代わりに腕を伝っていく
少年は、それを全く意に介さない
粘液は腕を伝い肘へ
肘の先に溜まって、甘やかな雫の形を象りながら膨れ上がると、ついには重みに耐え切れず、床へと滴り落ちる
気付けば僕は、無意識にその滴りを我が物にする為に、恥も外聞も無く、少年の骨張った肘へと自分の唇を近付けてしまって居た
耐え難い甘さを放つ粘液が、床へと溢れ墜ちる
僕が「あっ」と吐息を吐くと、初めて少年は液体へと視線を巡らせて、床に広がった蜜液を一瞥した
───視線が、『嘗めなさい』と言っている
その事に気付いて
瞬間的に呼吸が出来なくなりながらも、僕は震える躰で這いつくばり、床に舌を近付けた
頭が破裂しそうだったが、自分が何の感情で身を震わせて居るのかが解らない
床に舌を這わせた事による『不可逆的に自分が穢れた』という強い感覚のあと、毛穴の一つ一つ総てから快楽が零れて来るような恐怖が脳裏を埋め尽くし、僕は躰を丸めた
少しして呼吸が整うと、僕は這いつくばったまま店主を視た
「『好きに』………ですか?」
店主が色眼鏡の奥で、優しい眼をして首肯する
僕はよろよろと立ち上がると、少年の腕に歯を立てた
美味しい
他の事なんて、もう何も考える事が出来ない
僕がごくごくと喉を鳴らす度に、少年は椅子に座したまま、耐えるように眼を閉じた
もしかすれば僕は、彼の腕を、強く噛み過ぎて居るのかも知れなかった
数分した頃だろうか
僕は立って居られなくなり、その場で倒れて床に頭をしたたかに打ち付けた
理由は解らない
全身が衰弱して、疲労し切って居た
視界が霞む
床の高さから視上げた少年は、最初よりも血色の良い溌剌とした顔で僕を視て、自分の薄い唇を舌でなぞって居た




