9.ランフォードの憂い
「ベルベット様が帰還なされたぞ!!!」
勇者サックスが活躍していた頃の大国サイラスは既に衰退し、その広大な領土には幾つもの国が興っていた。その最たるものがティルゼール王国であり、宗主国として衰退したサイラスやその他属国を支配した。
だがティルゼール王国自体も度重なる腐敗政治により力を落とし、その他有力な属国であったセフィア王国、バルカン王国などが領地を争う事態となる。
そんな中、隣国セフィア王国の侵攻を受けてその対処に向かっていたサイラス王国第一王子ベルベットが見事それらを退けて王城へ帰還した。
「ベルベット様ぁああ!!」
「きゃー、素敵~!!」
第一王子ベルベット・サイラス。肩まで伸びた真っ赤な髪に野性的な顔立ち。鋭い眼光は野獣のようで次男ランフォードとはまるで別人。愛用の大剣を背中に背負い、巨大な馬に乗り民の歓喜の中凱旋する。
「よく戻ったベルベット。見事な活躍、わしは嬉しいぞ……、ごほごほっ……」
ベルベットの父親である国王が城門に出て息子を迎える。サイラス王国の正統後継者ではあるが病気と高齢により衰弱。王子達への政権譲渡が近々あると噂されている。ベルベットが馬から降り片膝を付いて答える。
「恐れ多きこと、国王。我ベルベット、如何なる敵が現れようと壁となりサイラスを守ることを誓います」
国王、そして出迎えに現れた大臣や幹部、兵士達から大きな歓声と拍手が沸き起こる。立ち上がり国王と握手をするベルベット。その目に後方に立つ美しい亜麻色の髪の少女の姿が映る。ベルベットが彼女に歩み寄り声を掛ける。
「元気にしていたか、サーラ?」
「はい……」
次男ランフォードと三男リュードの剣術指南サーラ。小柄ながらその剣の腕は長兄ベルベットに引けを取らない。ベルベットが言う。
「また後で手合わせを頼むぜ。お前との打ち合いはいつも俺をゾクゾクさせる」
「はい、分かりました……」
王城内で数少ないベルベットの相手が務まるサーラ。身元不明であり、突然士官を申し出た彼女を真っ先に気に入ったのがベルベット。今のサーラの地位があるのはある意味ベルベットのお陰でもある。
(くそっ、いつも兄ばかり……)
そんな長兄の凱旋帰還。それを次男ランフォードだけは王城の小さな窓から不満そうな顔で見つめた。
「君はなんて美しいんだ。良ければ仕事が終わった後、いや今からでもいいんだけど僕と出掛けないかい?」
リュードは王都の散策の暇を見ては巨乳美女を口説いていた。カフェ店員が迷惑そうな顔で断る。
「いえ、結構です……」
リュードが顔を近付けて言う。
「恥ずかしがることはないよ。君の燃えるような美しい瞳に、僕の心はすっかり溶かされちゃってね。さあ、未知の扉を僕と一緒に……」
「リュード様」
「そう、このリュード様と一緒に扉を開いて……、え!?」
後ろから響く女性の声。恐る恐る振り向くと、そこには亜麻色の髪の巨乳美女サーラが腕組みして立っていた。
「わわっ!? サーラ!!」
カフェの店員は揉め事に巻き込まれないようササッとその場を離れる。サーラが言う。
「第三王子ともあろうお方が、い、一体何をしているのですか……」
怒ると言うよりは泣きそうな顔。慌ててリュードがサーラの腰に手を回し優しく言う。
「ち、違うんだ、サーラ。ほら、あの店員の女の子が困っていて仕方なく……」
「ううっ……」
涙が溢れるサーラ。皆の視線を浴び困った顔をしたリュードが、彼女を連れ店外へと連れて行く。
「どうしたんだい? サーラ」
泣かれるほどとは思えない。サーラが涙を拭い言う。
「ようやく、ようやくリュード様にお会いできました……」
サーラはリュードが城外に追い出された後、ずっと時間を作っては彼を探していた。ひとりでは何もできないヘタレの第三王子。彼女が心配をするのは無理もない。リュードが言う。
「ごめんよ、サーラ。心配させちゃったんだね」
そう言って彼女の腰に手を回すリュード。サーラはそれをさっと手で払い言う。
「こ、このようなことなされてはいけません! リュード様は第三王子で……」
「君がそれだけ魅力的だからだよ」
かあああ……
そんなこと言われたことのないサーラの顔が真っ赤になる。しかも相手はあの第三王子リュード。まるで人が変わってしまったかのような王子相手にサーラの戸惑いが止まらない。
「あ、あの、お伝えしたいことがあって……」
「何だい?」
リュードはサーラと歩きながら話をした。
サーラはあれから城内にリュードの痕跡を探したが、不思議なことに何ひとつそれらしきものは見つからなかった。消された第三王子。サーラは続いて現サイラス王国の状況についても説明した。リュードが言う。
「なるほど。言ってみれば群雄割拠ってことだな」
「はい、その通りでございます」
絶対的支配者が居ない世界。皆が相手の領土を虎視眈々と狙う。弱みを見せればやられる。サイラス王国はまさにその真っただ中にいた。
「俺も俺で王城復帰を目指して頑張っている。俺達を襲った相手も見つけ出さなきゃならないしな」
「は、はい」
戸惑うサーラ。リュードが尋ねる。
「どうした?」
「あ、いや、その、何と言うか……、リュード様は本当に頼もしくなられて……」
ヘタレ王子とは別人格。当然と言えば当然なのだがサーラにしてみれば驚き以外何者でもない。リュードがサーラの手を取り甘い声で言う。
「俺の王城復帰ができたらふたりで祝おう。付き合ってくれるね?」
「え? あ、はい……」
本当に別人のよう。サーラはリュードにされるがまま俯いて返事をした。
(いよいよだニャ……)
リュードが獣人族のネコ耳少女にサイラス王城の調査を依頼して三日目の夜。約束の街郊外の森に彼女はひとり立つ。
(もうすぐ時間だニャ……)
間もなくあの茶髪の男が来る。少女は手にした分厚い日記をしっかりと抱え、その男の到着を待った。